第三十話 ボタン
やがてバスは蓮の家の近くにやって来る。
「そろそろだねー……ボタン、私が押したげるね!」
『城ヶ崎はボタンとか押しちゃうの好きそうだな……』
子供らしいというか、アホっぽいというか……少女はその体をしなやかに伸ばして、ニコニコしながらボタンを押した。『降ります』のランプが点灯する。
「むふー。バス通学者じゃないから、このボタンには憧れがあります!」
「そうなのか」
「レンレンは、こういうのワクワクしちゃわないタイプ?」
「少しぐらいは、ワクワクするかもしれない」
「だよねー。なんか、ボタンって語ってくるよね、押してー!押してー!ってさ?」
『ホラーテイストだな……『押して欲しがるボタン』?……絶対に押しちゃダメなパターンのヤツだぜ、そいつはよ……』
都市伝説とかにありそうだなぁ……モルガナはバッグのなかでブルリと一度だけ身震いをした。
「あー。でも、今日もほとんど一日が終わっているよねー……何だか、濃密な一日だったよ」
「そうだな」
「うん。レンレンに出会って、自転車で転けちゃって、足を捻挫しちゃって、パトカーに乗せられて、七不思議に遭遇しちゃって……」
『ネガティブなのオンパレードだな。呪われているようなレベルだぜ……』
自分はやはり疫病神の属性があるのだろうか……?雨宮蓮はそんなことを考えてしまう。だが、彼女は少年のことを、そんな風には受け止めてはいなかったようだ。
「とっても楽しい日だったねー」
「……色々と、酷い目に遭ったのにか?」
「うん。良いこともたくさんあったもん。レンレンと仲良くなれたし、モルガナとも確かな絆を築いたし」
『……え?そうだっけ……?』
「ほら。そうだそうだーって、言ってるね!」
「ああ」
『……また、勝手に?……まあ、いいけどな』
「レンレンがゴハンを作るの上手だってことも、そこそこモテモテでやさしい子だってことも分かったし……何だかね、レンレンのことを知ることが出来て、シャーさんは幸せなのだ!」
城ヶ崎シャーロットはニコニコしている。とても嬉しうそうに。その笑顔を見ていると、蓮もつられて笑顔になれるような気がした。いや、その口もとは、たしかに微笑みを浮かべている。
「オレも、城ヶ崎のことを知れて嬉しいよ」
「そうだよね。お友だちのこと知れると、なんだか嬉しいよね?」
「……ああ」
『……いい雰囲気じゃないか―――ん。バスが停まったな、降りようぜ』
「ああ。降りるぞ、城ヶ崎」
「りょーかいでありまーす」
三人はバスを降りて、蓮の家を目指すのだ。城ヶ崎シャーロットの足首は好調なようだ。さすがは武見の特製品だなと、蓮は納得する。
「レンレンは、毎日、バス通学の予定?」
「……今のところはな。でも、モルガナが自転車を直してくれているから、もしかしたら自転車で通学することになるかもしれない」
「モルガナ、自転車も直せるの!?」
『まあな。猫の体だからと言って、何も出来ないってワケじゃないんだぞ?』
通学バッグから頭を突き出して、モルガナはドヤ顔を城ヶ崎シャーロットに見せつけるのであった。城ヶ崎シャーロットは羨望の眼差しをモルガナに向けている……。
「す、スゴいね、モルガナ……私、人間さんなのに……猫さんに……負けたっ。外れたチェーンも直せないんだけどなぁ……っ」
「落ち込むな。モルガナがスゴいだけだ」
「そ、そーだよね。モルガナ、スゴすぎるよ!!」
『たしかに、我が輩もスゴいが。外れたチェーンぐらい直せるようにはしておけ。自転車通学なら、いつそういうトラブルに巻き込まれるかも分からないワケだしな……?』
城ヶ崎シャーロットがモルガナに手を差し向けた。モルガナは行動の理由を察して、バッグから抜け出すと、彼女の白い手に抱かれる……。
「良い子のモルガナを、ぎゅーっと抱きしめてあげるねー…………モルガナ、少しホコリっぽいや」
「さっきまで、掃除を手伝ってくれていたからな」
「そだねー……ほーんと、モルガナは万能な猫さんだー……未来から来たのかな?」
『ヒトの深層心理の共通点にある領域から来たらしいが……我が輩自体にも、よく分からんから、きっと城ヶ崎には理解してもらえないと思う。だが、それでもいい。どこから来ようとも、我が輩は我が輩、モルガナでしかないのだ』
モルガナは瞳を細めながら、そんな言葉を城ヶ崎シャーロットに聞かせる。城ヶ崎シャーロットは、にゃーにゃーと長く語る猫語に対して、その小さな頭をコクリコクリと何度もうなずかせていた。
きっと意味は通じていないのだろうけれど……こんなにも『モルガナが喋れる』ということを疑わないのだ―――その認識が深まれば、もしかしたら近いうちにモルガナの言葉を聞けるようになるかもしれない……。
……そうなれば、モルガナのハナシ相手が増えて良いことだろう。モルガナも、他の誰かとコミュニケーションを取りたがっているはずだから……。
「……城ヶ崎」
「なーに、レンレン?」
「バッグを持ってやる。モルガナを抱っこしながらだと、バッグまで持つのは大変だろうから」
「ホント?……でも、重たいよ?」
「いいさ。かまわない」
「んー。それじゃあ、たくましい男の子のレンレンに、甘えちゃうねっ!!シャーさんってば、可憐な乙女な女子高生だから!」
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