第十八話 専属保健委員
伝統的な……悪く言えば古くさい校舎の中を歩いて、蓮と城ヶ崎シャーロット、そしてバッグの中のモルガナは3のBの教室に辿り着いていた。
ガラガラと音を鳴らしてドアを開く。そこには三十人分の机とイスだけがあった。
なんともさみしげだなと、蓮は感じていた。いつもは大勢の生徒たちがいるはずの場所だけに、その姿がないと、しっくりこなかった。
学校というのは、生徒という存在がいてからこそ、完成するものなのだろう……蓮はそんなことを考えていた。
……しかし、城ヶ崎シャーロットは、蓮とは異なる完成の持ち主であるようだった。
「誰もいない教室って、ホラーとかエロスを感じるよね……?」
「……エロス?」
「い、いやその!?……なんでもないよー!!」
ニコニコとした笑顔で誤魔化そうとする城ヶ崎シャーロットがそこにいた。こういう要所での発言が、城ヶ崎シャーロットの美少女力を下げていくのかもしれない。
そんなことをモルガナは考えていた。
『……黙っていたら美人とか、言われているんじゃないか?』
「モルガナが何か言ったよ?」
「……城ヶ崎は美人だと言っている」
余計な部分は伝えないようにしておいてやろう。城ヶ崎とモルガナの友好的な関係のためにも。
「えへへ。モルガナ、賢くて、いい子……」
『……はあ。まあ、いいけどな。それじゃあ、さっさと治療してやれよ。他の連中が来る前にさ?』
「わかった」
モルガナをバッグから出して、机の引き出しスペースに入れる。モルガナはするすると慣れた動きで、その空間に潜り込む。
『……にゃはは。いいカンジだぜ、蓮』
「それは良かったな」
「あはは。モルガナ、よろこんでいるんだ?」
「城ヶ崎、分かるのか?」
「うん。それは分かるよ。言葉は聞こえないけどさ、雰囲気で伝わることって、色々とあるじゃない?……モルガナ、喜んだ声を上げていた。そうだよね?」
『にゃー』
イエス。たしかに、言葉が通じなくても気持ちぐらいは伝わるものだな。
「じゃあ、さっさと治療しておこう。アイシングは、捻挫にはかなり有効なんだ」
「そうみたいだね。でも、そのスプレー缶……あんまり見かけないものだよね?……メーカー名が……ドイツ語?」
「ドイツ語が読めるのか?」
「ちょーっとね。帰国子女だけあって、語学力はそれなりにあるんだよー……他は、まったくアレだけど」
『どこかの高巻さんちの杏殿にそっくりなプロフィールだな……』
杏もたしかに勉強が不得手だ。英語だけは、かなりの成績ではあるが……元々、帰国子女だから、地元の言葉のようなものだ。
少しだけズルいような気もしなくはないが、それもまた個人の得た経験による、紛れもない実力の差であった。蓮にも、かつて歩んだ道が培った力が幾つもある。
「……これは、ある医者からもらったんだ。知人のな」
「へー。お医者さんレベルのコールドスプレーなんだね?」
「そういうことだ。だから、よく効くんだよ。さあて、脱げ、城ヶ崎」
「……う、うん。や、やさしくしてね……っ」
『……なーにをバカな遊びしているんだか?靴下を脱ぐだけじゃないか……』
ノリのいい城ヶ崎の言動にそんなツッコミを入れながら、モルガナは新しい『部屋』の形状を確かめるためにモゾモゾと動いていた。
ふむふむ。なかなか、良さそうな具合ではないか。これなら、朝から夕方までの時間を快適に過ごせそうだ。
『みゃーごー……』
「なんて言ったの?」
靴下を脱ぎ捨てながら、城ヶ崎シャーロットは質問する。
「みゃーごーっと言っている。言葉じゃなくて、ただの歓声だ」
「歓声!よっぽど、その場所が気に入ったんだね、モルガナ。良かったねー」
白くて小さな手が伸びて、モルガナの頭をナデナデするのだ。
『……歓声ってのは、言いすぎなんじゃないか?……まあ、思わず出ちまった声で、意味はないというか……ああ、うん。気に入ったぜ、たしかにな』
「……じゃあ、冷やすぞ、城ヶ崎」
「う、うん。ひゃあ……ん……ぅッ。や、やさしくしてえ……っ」
『おいおい、変な声を出すなよ。誤解の元だぞ、お前ら……ッ』
ガラガラガラ!!
ドアが勢いよく開き、眼鏡をかけた女子生徒がそこに立っていた。彼女は、何故だか顔を赤らめている。
「あ、あの……その……なんていうか……お、お、お邪魔しましたーッッッ!!!」
女生徒はそう叫びながら、どこかへと走り去っていった。
「……あれれ。どーしたんだろ?」
「さなあ」
『……いや、分かっているだろ?蓮も城ヶ崎も、分かってるだろ?……間違いなく、何かあらぬ誤解を受けたんだって?……いいのか、放っておいても?』
「城ヶ崎の治療が先だ。テーピングを締め直しておこう。歩いたから、緩んでる」
「わーい。レンレンは、私専属の保健委員さんだねー」
「そういうことだ」
『そうじゃねえだろ?』
ガラガラと音を鳴らしてドアを開く。そこには三十人分の机とイスだけがあった。
なんともさみしげだなと、蓮は感じていた。いつもは大勢の生徒たちがいるはずの場所だけに、その姿がないと、しっくりこなかった。
学校というのは、生徒という存在がいてからこそ、完成するものなのだろう……蓮はそんなことを考えていた。
……しかし、城ヶ崎シャーロットは、蓮とは異なる完成の持ち主であるようだった。
「誰もいない教室って、ホラーとかエロスを感じるよね……?」
「……エロス?」
「い、いやその!?……なんでもないよー!!」
ニコニコとした笑顔で誤魔化そうとする城ヶ崎シャーロットがそこにいた。こういう要所での発言が、城ヶ崎シャーロットの美少女力を下げていくのかもしれない。
そんなことをモルガナは考えていた。
『……黙っていたら美人とか、言われているんじゃないか?』
「モルガナが何か言ったよ?」
「……城ヶ崎は美人だと言っている」
余計な部分は伝えないようにしておいてやろう。城ヶ崎とモルガナの友好的な関係のためにも。
「えへへ。モルガナ、賢くて、いい子……」
『……はあ。まあ、いいけどな。それじゃあ、さっさと治療してやれよ。他の連中が来る前にさ?』
「わかった」
モルガナをバッグから出して、机の引き出しスペースに入れる。モルガナはするすると慣れた動きで、その空間に潜り込む。
『……にゃはは。いいカンジだぜ、蓮』
「それは良かったな」
「あはは。モルガナ、よろこんでいるんだ?」
「城ヶ崎、分かるのか?」
「うん。それは分かるよ。言葉は聞こえないけどさ、雰囲気で伝わることって、色々とあるじゃない?……モルガナ、喜んだ声を上げていた。そうだよね?」
『にゃー』
イエス。たしかに、言葉が通じなくても気持ちぐらいは伝わるものだな。
「じゃあ、さっさと治療しておこう。アイシングは、捻挫にはかなり有効なんだ」
「そうみたいだね。でも、そのスプレー缶……あんまり見かけないものだよね?……メーカー名が……ドイツ語?」
「ドイツ語が読めるのか?」
「ちょーっとね。帰国子女だけあって、語学力はそれなりにあるんだよー……他は、まったくアレだけど」
『どこかの高巻さんちの杏殿にそっくりなプロフィールだな……』
杏もたしかに勉強が不得手だ。英語だけは、かなりの成績ではあるが……元々、帰国子女だから、地元の言葉のようなものだ。
少しだけズルいような気もしなくはないが、それもまた個人の得た経験による、紛れもない実力の差であった。蓮にも、かつて歩んだ道が培った力が幾つもある。
「……これは、ある医者からもらったんだ。知人のな」
「へー。お医者さんレベルのコールドスプレーなんだね?」
「そういうことだ。だから、よく効くんだよ。さあて、脱げ、城ヶ崎」
「……う、うん。や、やさしくしてね……っ」
『……なーにをバカな遊びしているんだか?靴下を脱ぐだけじゃないか……』
ノリのいい城ヶ崎の言動にそんなツッコミを入れながら、モルガナは新しい『部屋』の形状を確かめるためにモゾモゾと動いていた。
ふむふむ。なかなか、良さそうな具合ではないか。これなら、朝から夕方までの時間を快適に過ごせそうだ。
『みゃーごー……』
「なんて言ったの?」
靴下を脱ぎ捨てながら、城ヶ崎シャーロットは質問する。
「みゃーごーっと言っている。言葉じゃなくて、ただの歓声だ」
「歓声!よっぽど、その場所が気に入ったんだね、モルガナ。良かったねー」
白くて小さな手が伸びて、モルガナの頭をナデナデするのだ。
『……歓声ってのは、言いすぎなんじゃないか?……まあ、思わず出ちまった声で、意味はないというか……ああ、うん。気に入ったぜ、たしかにな』
「……じゃあ、冷やすぞ、城ヶ崎」
「う、うん。ひゃあ……ん……ぅッ。や、やさしくしてえ……っ」
『おいおい、変な声を出すなよ。誤解の元だぞ、お前ら……ッ』
ガラガラガラ!!
ドアが勢いよく開き、眼鏡をかけた女子生徒がそこに立っていた。彼女は、何故だか顔を赤らめている。
「あ、あの……その……なんていうか……お、お、お邪魔しましたーッッッ!!!」
女生徒はそう叫びながら、どこかへと走り去っていった。
「……あれれ。どーしたんだろ?」
「さなあ」
『……いや、分かっているだろ?蓮も城ヶ崎も、分かってるだろ?……間違いなく、何かあらぬ誤解を受けたんだって?……いいのか、放っておいても?』
「城ヶ崎の治療が先だ。テーピングを締め直しておこう。歩いたから、緩んでる」
「わーい。レンレンは、私専属の保健委員さんだねー」
「そういうことだ」
『そうじゃねえだろ?』
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。