第十話 パトカーはお好き?
モルガナは相棒を地獄の日々に落とした警官どもに、怒りを覚えている。たしかに、あの時、獅童だけの証言ではなく、被害にあった女性の意見を正確に聞き取ってくれていたら?
……自分は、傷害事件で有罪にされることは無かったのだ。
―――それを思えば、腹立たしくもあるが……だが、その結果、怪盗団を結成することが出来た。許す気はない。大人がどれほど正義ではなく権力を頼るのかを、雨宮蓮は知ってしまった。だから、そういう大人を彼は一生、認めることはないだろう。
しかし、それと同時にヒトの弱さも知っている。獅童のような権力者が、どれだけ社会をねじ曲げてしまうのかも……誰もが、強く生きられはしないのだ。正しい者も、悪に負ける時だってあるのが世の中だった。
「……やめてやれ、モルガナ」
『…………おう。なんか、そう言われるような気がしていたぜ』
モルガナが大人しくなるのを、城ヶ崎シャーロットは見下ろしていた。
「レンレン、何を話したの?」
「モルガナと、相棒同士の話をしたんだよ」
「……そっか、クールだねー……モルガナちゃんも、レンレンも。何だか分からないけど、とても大人なカンジがする」
「まあな」
「……それで。アンタたち、このまま遅刻するの?」
「えーとねー、たぶんー、お姉ちゃん次第ー」
「……職権濫用はいけないのよ?」
「いいや。ちょっと、オレもこの男の子とも話があるし……パトロールのついでに、ミカエルの方にも行くんだ。同乗させても問題ないさ……」
「……それって、いいんですか、先輩?」
「冤罪事件の被害者の子だぜ?……そういうのに、謝るための機会って、警察は用意することはない。影でコソコソ謝るだけで、名誉回復なんてなされない。ちょっくら、個人的に詫びの一つぐらい、入れておきたくてね。うちの初動捜査が正しく機能していれば、この子の経歴に傷をつけることはなかったんだ」
『……なんだか、地味な顔の警官のくせに、色々といいこと言うじゃねえか。蓮、乗せてくれるってんだから、乗せてもらおうぜ!』
「そうだな。乗せてくれ」
「……ああ。シャーロットちゃんも、乗りな」
「やった!ラッキー!……これで、新学期早々、遅刻しなくてすみそーだー」
城ヶ崎シャーロットは、両手を春の青空に向けて万歳する。なんとも、天真爛漫な子だと蓮とモルガナは思った。太陽みたいに明るくて、自分たちとは住むべき世界が少しだけ違うような気がする。
「……ふう。とにかく、二人とも、早く乗って……って、シャーロット、自転車はどうしたの?」
「レンレンのお家に置いてるよ。今度、足が治ったら取りに行く!」
「そう……うちの妹が迷惑をかけたわね、ゴメンね……雨宮くん」
「問題はない」
「……たしかに、うちの妹が懐くぐらいだから、良い子なんだろうね……はあ、うちの署って、かなりドジなヤツばっかりなのね……善人と悪人の区別もつかない」
『……本当の『大悪人』ってのは、善人の皮をかぶるのが上手いもんだからな』
昨年、『お宝』を盗むことになった悪人どもの多くが、世間的には高い評価を受けていた者たちばかりだった……メダリスト、有名画家、果ては政治家……誰しもが社会的に高い評価をされ、高い地位にいた。
そういった者たちは、罪を免れるように社会は機能している。それは全くもって正しくない、理不尽なことがらであるが―――困ったことに真実でもあった。
そんな悪を裁くためには、けっきょく、超常的な力に頼るしかない……現実には、ヒーローはいない。それも、昨年を通じて学んだ教訓でもあった。
だが、無力だとしても、正しく生きようとする者たちは存在している。
それは小さな力しか持たないが、大きくて『正義の皮をかぶった大悪』から、逃げることなく反逆しようと抗っている……そういう力も、ヒトは持っているのだ。
アンサング・ヒーロー……謳われぬ英雄たちは数多く存在して、おそらく、雨宮蓮が目指すべき道も、そんな大人へと繋がっているのだろう。
「レンレン、送ってもらえてラッキーだね!」
「……ああ。ラッキーだ。今日は、いい日になるのかもしれない」
「へへへー。それって、きっと、この城ヶ崎シャーロットこと、シャーちゃんのおかげだと思わない?」
「ああ。きっと、城ヶ崎と出会えたからだな」
「……っ。う、うん……じ、自分で言い出しといて、何なんすけど……真剣な表情で、そう言われちゃうと、なんか、心に響く感じだー」
「朝からヒトの妹を、口説かないでくれる?」
城ヶ崎の姉は、妹とやけに仲が良さそうに見える蓮に対して、姉として釘を刺しておきたい気持ちになったらしい。蓮は意思表明しておくことにする。
「口説いてないぞ」
「ええ、そうなの?なんだか、残念だー!」
『……まったく。モテモテじゃないか……こんな勢いで、あちこちに女作って行くような人生を送るつもりじゃないだろうな……』
モルガナは相棒の人生に対して、わずかばかりの不安を覚えていた……。
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