第五話 落ち着いて行動しよう。
ブブブブ。
スマホが振動した。蓮は制服のポケットから、それを取り出す。画面には『佐倉双葉』の名前が表示されていた。
通学バッグから、頭だけ突き出したモルガナが、それを見た。
『お。双葉から電話か……出てやれよ。双葉も、今日、学校が初日のハズだぞ。きっと、間違いなく緊張しているだろうからな……』
目に浮かぶようであった。蓮は黙ったままうなずき、スマホの通話ボタンを指でつついた。
「もしもし」
『あ、あ、あ、あああ。お、お、おはよう、蓮!!久しぶりだー!!』
裏返った声に、双葉らしさを感じる。学校初日の緊張のあまりに、テンパっているのだろう。連は、いつものように声にやさしさを込めてつぶやくのだ。
「……落ち着け」
『う、う、うん……あー……いつもの蓮だー……ちょーっと、落ち着いて来たなー』
「そうか」
『うん』
「今日は電話なんだな」
『そーだぞー。だってさ。電話のほうが、良いときもあるんだ。なんていうか。その、声が……えーとね、聞きたくて……』
「昨日の夜も話しただろ」
『アレはアレ、コレはコレ。昨日と今日は一緒に出来ない』
なんだか哲学を感じる言葉だなと、蓮とモルガナは考えてしまう。
「それで。学校はどうした?」
『もう、ついてる。惣治郎に送ってもらって……ま、まあ。今というか、けっこう前から着いてはいるんだけどさ』
「竜司や杏はどうした?」
『うん。さっきまで、一緒にいてくれたんだけど。今は、ちょっと別行動』
「学年が違うからな」
『そういうことだー。だから、ちょーっとテンパってた。かなり機動兵器になって来てたんだけど……』
「機動兵器?」
『双葉なりのギャグのつもりだろ……アニメオタクだからな』
『ん。モナもいる?』
「ああ。いるぞ。いつもみたいに、通学バッグの中だ」
『そかそか。定位置だな。安定のポジショニング』
『……おい。双葉。パニクるなよ?』
『お、おう。どんと来いだ』
「やさしく来てもらえ」
『そ、そーだな。そんなだと、たしかに助かる…………何だか、こっちのコトばかり話しているな。そっちは、どんなカンジだ?』
「元々の地元だからな。そんなに物珍しさはない。違う学校に転校するだけのことだ」
『でもでも、それってニューゲーム感覚ありありじゃん……よく落ち着いてるよね』
「慣れたからな」
『そかー。たしかに、蓮は慣れてるよなあ。世渡り上手だもん。きっと、保護司とかになれるよ』
「それも面白そうだ」
『あはは。惣治郎は苦労してるっぽいけどねー。でも、たまには素敵なヤツが来たりするぞ』
「照れるな」
『おう。照れてろ!……って。ああ、そろそろ、数年ぶりの朝礼だー……ああ、緊張するなあ。先生とか、私のこといきなり黒板の前に立たせたりしないだろうな……』
「そんなことはしないさ。オレたちの元・担任だから……よく言い聞かせてある」
『うお。蓮……フィクサー感があるぞ!?裏番長だったのか!?』
『フフフ!!コイツは大人物になる。なにせ、『ザ・ファントム』のリーダーなんだからな!』
モルガナは通学バッグから身を乗り出しながら、スマホにそう宣告する。
『知ってるって。でも、なんでモナが偉そう?』
『相棒だからだ!』
『なる……って、先生キターっ!!じゃ、じゃあ、切るからな。蓮も、急げよ?転校初日からやらかすと、壮絶な学生生活のデビューだぞ!?』
「気をつけるとするよ」
『そーしろ。じゃあな。健闘を祈る、サラダバー』
相変わらず慌ただしい会話であったが、双葉はかつての極端な人見知りからは立ち直りつつある……。
『元々、良い子だしな。勉強も出来るし…………って、まあ、勉強出来すぎて孤立した子なんだよなあ』
孤立するほどの天才児。それが佐倉双葉という少女であった。あまりにも賢すぎて、周囲から浮いてしまったのでる。
しかし、彼女はその仕組みを自分で分析していて、蓮にも話してくれたのだ。辛い過去を自分で分析し、把握する。双葉には、そんな力もある。
「双葉は、大丈夫だ。上手くやる」
『……うむ。信じてやる。それもまた仲間としての正しい行いだな』
「ああ」
そう確信しながら蓮はスマホをポケットにしまう。そして、家の近くのバス停に、路線バスが停車していることに気がつく。
『おい、アレ……オレたちが乗るべきバスなんじゃないか?』
「……そんな気がするな」
そのバスは、ゆっくりと走り始めてしまう。
「っ!!」
『な、ま、マズい!!は、走れ、蓮!!バスの本数が、このあたりは東京ほど多くないんだぞっ!!』
バスに追いつけるだろうか?……まあ、ムリだろうな。そう思いながらも、走ってみる。
竜司と共に鍛えていただけはあり、平均よりはかなり速く走れるようにはなったが。もちろん、路線バスと勝負して勝つことは、あの竜司にだって出来やしないのだ。
……バスは、どんどん加速していく。追いつくどころか、するすると離されてしまい、はるか彼方に行ってしまった……。
『どぅわーッッ!!……や、やってしまったな……ッ。こりゃ、朝からノンビリし過ぎちまった……』
「…………まあ、こんな日もある」
『うお。さすがに落ち着いているな。でも、ちょっとは、焦れよ……?』
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