ACT043 『サバイバル』
ミシェル・ルオが暗躍する一方、ジュナ・バシュタ少尉の猛特訓は続いていた。リタ・ベルナルに逢う。そのために、彼女は己の全てを費やす覚悟であった。
宇宙戦闘に適応するための訓練装置に、日毎5時間は入り続けている。史上最大の混戦であった、第二次ネオ・ジオン抗争―――アクシズ攻防戦を模した、凶悪極まりのないシナリオに己と貧弱なナラティブを放り込んで、撃墜することとされることを山のように繰り返していく。
「……よくやりますよ、少尉は」
モニタールームのエンジニアの一人が、ジュナ・バシュタ少尉の執念を数値化しながら呟いた。幾つかの関数で分解されたジュナの能力は……ここでもやはり中の上というものだ。
「宇宙戦のエキスパートしかいないというシチュエーションですからね。その設定で、宇宙戦の初心者だった少尉が、ここまでの戦績でいられるなんて……かなりのモンですよ」
「……どれだけ敵を倒したというのですか?」
ブリック・テクラートはミシェル・ルオへの報告書を端末上に用意しながら、エンジニアへと話しかける。エンジニアは壁一面に広がっている、メインのモニターにジュナ・バシュタ少尉の戦績を表示していた。
「今日は52機撃墜し、20機を撃退し、自分は30回ほど撃墜されて、22回ほど半壊状態でも母艦に帰投しています」
「……それが、優れた成績なのですか?」
「並以上ですよ。不慣れなナラティブのネイキッド装備で、これだけやれれば上等です。この戦闘に投入されているモビルスーツたちは、基本的にナラティブよりも設計が一世代は新しい」
「第二次ネオ・ジオン抗争の時点のモビルスーツに、ナラティブガンダムは性能で下我回っているというわけですか……」
……そんなことで、『不死鳥狩り』など可能なのだろうか?……ブリック・テクラートはときおり人前でも出してしまう悪癖を疲労する。
鋭い表情を浮かべてしまっていた。それは部下や周囲の人間のストレスとプレッシャーになると、彼も理解してはいるが。悪癖というものは、なかなか治ってくれないものだ。
「……あくまでも、ネイキッドな状態ですよ。これから三つの強化装備を施されることになりますから。とくに、高機動用オプションと大型兵装群を装着したパッケージなら、少尉の脅威的な生還能力に磨きがかかるはずです」
「脅威的な生還能力?」
「ええ。22回も、絶対的な窮地から生き残りましたからね。この数字は、本当に歴代の名だたるエースパイロットたちでは、狙えない数字です」
「……中の上の成績に、低い性能のナラティブでそれを出したと?ありえないのでは?」
エリートってのはヒトを素直に褒めることに、抵抗でも持っているようだなあ。エンジニアはインカムの端を指でこすりながら、そんな印象を抱いた。
だが、たしかに少尉の能力ではあり得ないことではある。
「詳細を、説明してもらえますか?」
そう来るとは思っていた。だから、頭のなかには色々と用意をしておいた上での発言である。
「基本的にエースって呼ばれる人たちは、攻撃的すぎるんですよね」
「戦闘は敵を排除してこそ評価されるのでは?」
「たしかに、その通りです。ですが、エース・パイロットたちだって、毎度の出撃で何十機も撃墜なんて出来やしませんよ。軍隊ってのは、チームで戦うんですから。一対多のシチュエーションをパイロットに渡すようであれば、その時点で指揮官として失格ですね」
「そうでしょうね。それでは、戦術的なアドバンテージが取れていない」
「そう!……でも、エースの撃墜数は他よりはるかに効率がいい。それは前述の通りに、攻撃的過ぎるから」
「攻撃的なスタイルが強調された状態では、撤退を成功させる確率が低いと言いたいワケですね」
「……言いたいところ取られちゃいました。まあ、そうです。エースは前に出すぎなんですよね。だからこそ倒すことが出来ますが、一度、窮地に陥れば……そこから生き延びるのは難しい。エース・パイロットの死亡率が高いのは、前に出過ぎているからです。有能な者の宿命的なリスクと言いますかな」
「……では、エースでない者は?」
「実力が足りなさすぎて、帰還出来ません。パイロットを母艦に戻せば、モビルスーツを交換して戦場に戻ります。第二次ネオ・ジオン抗争では、パイロットの方が足りていないんです」
「……パイロットの育成には、数年を見込むと言いますね」
「一人前に育てるには、7年ぐらいはかけたいところでしょう」
「グリプス戦役から続いた第一次ネオ・ジオン抗争から、その5年後に起きた第二次ネオ・ジオン抗争……パイロットが育つための期間としては短すぎるわけですか」
「そういうことです。第一次ネオ・ジオン抗争では、もうベテランが減りすぎていて、若手に頼っていた……その若手も、大勢死んじまって……生き延びたヤツらが一人前になったかと思いきや……第二次ネオ・ジオン抗争っすもん」
「シャア・アズナブルの暴挙のせいで、せっかく回復して来たベテランが大量に死んだと……」
「……はい。ついで、昨年のラプラス事変。フルフロンタル率いる、『袖付き』……こいつには腕っこきが集まってはいました。テロリストどもですが、実力は十分だった。そいつらが連邦とも殺し合い……壊滅しちまったわけです」
「……パイロットの質は下がる一方というわけですね」
「そうですよ。技術を伝授してくれる先達が少ないわけです。『育ち方』は、かつてよりもずっと悪い。でも……少尉は、中の上。ベテランたちを納得させるパイロットに育っている。おそらく、環境次第では、もっと伸びるんでしょう」
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