ACT033 『赤い彗星の不在』
「シャア・アズナブルと会ったことがある?」
『いいえ。まあ、戦場で、敵艦を……ああ、地球連邦の船を、立て続けに沈めている姿を見て、感動したことはありますがね。会ったことはないです』
「……彼が、もしも生きていて、ネオ・ジオンにいたら。今、何をしていたと思う?」
『ニュータイプの考え方なんて、オレには分かりませんがね。もっと派手に暴れていたでしょうよ。コロニーレーザーを奪うか、コロニー落としを再びやったんじゃないですかね。アクシズよりも、小さいが……より簡単に地球を打撃することが出来る』
「地球を襲うのは、何が目的なの?」
『地球から人類を決別させるためでしょうな。地球人とスペースノイドの差を無くす。ジオンにいた頃は、オレもそれが正しいコトだと考えていました』
「今は違うんだ?」
『どっちも似たようなもんですからね。人間ってのは、変わりません。どこにでもクズはいますし、いいヤツもそれなりにあちこちいますよ。同じです。宇宙に生きていても、地球に生きていても。人間ってのが、人間である限り、変わらない』
「変わらないから、変えようとしたのではなくて?シャア・アズナブルは?」
『そうでしょうな。人間に絶望したら、進化した人間に頼ろうとした。それって、現実逃避ってヤツですよ。シャア・アズナブルってのは、きっと……甘え腐った男だったんだろうなと、最近は考えています』
「……伝説のカリスマの悪口を言ってもいいの?」
『ええ。オレはもうジオンでもないですから。ただの傭兵なので、好きに言わせてもらいますよ』
「ジオン・ダイクンの独立への希望は、もう消えた?」
『……今の若い世代には、そんなもの、とっくに受け継がれちゃいませんよ』
「ウフフ。そうよね。私も、そう感じているわ」
日々、ジオンの残党どもの抵抗運動は消えて行く。
そうだ。隊長の言う通り、若い世代は革命に疲れ果てて、革命に夢中な中年男どもも、戦士としての能力を失おうとしている。
もしも、『袖付き』どもに『シャア3号』がいたら、すでにアクションを起こしているだろう。そうでなければ、平和な時代の訪れを、防ぐことは出来ないのだ。
『袖付き』の求める武力をもっての独立運動なんて発想は、企画することも困難になっている。
誰もが戦いに疲れて、ヒトの革新を求めるとかほざいているのは少数派だ。
地球も宇宙も、それなりに富裕層が生まれて来たし、産業の発展は、着実に貧しい者たちを減らしてはいる―――それに。思想家じゃなく、宗教家たちも力を強め始めているものね。現実じゃなく、神さまがくれる死後の約束に、現実に疲れた老年世代も再び回帰しているのだ。
……あげく、この戦乱の時代をモビルスーツと共に歩んで来た、アナハイムさえも翳りが見える。
一つの時代が終わる。
モビルスーツの戦いで、世界を変えられる時代じゃなくなろうとしているのよ。『袖付き』たちは、それを止めたいと願っていたのかもしれないけど、もうダメだ。
『シャア3号』は、いない。カリスマと軍事的手腕を兼ね揃えた、真の意味での武闘派は、ジオンからはいなくなる。
残るのは腑抜けの政治家と、常識的な軍人。そして、産業の成長を目指す真っ当な市民活動がそこにある。思想による革命ではなく、宗教の癒やしをヒトは見直そうとしている……きっと、シャア・アズナブルの功績の一つ。
彼とアムロ・レイが招いたアクシズ・ショックは……人々に神を思い出させている。
「次の世紀は、信仰が復活するだろうって、私は予想しているのだけど……隊長は、そんな考え、嫌いかしら?」
『いいえ。ありえるんじゃないですかね?……ミシェルお嬢さまの八卦に、どいつもこいつも夢中ってハナシですから』
「私は宗教家じゃないのよ?」
『似たようなものに、オレには映りますよ』
「……まあ。ルオ商会の『巫女』みたいな存在じゃあるけれどね」
スペースノイドたちのあいだには、宗教活動への回帰が見られる。そんな報告があるのだけれど、地球人もある意味では同じなのね。
むしろ……地球の方が、オリジナルの宗教施設が多く存在している。
そういう場所を、ジオンの兵士たちは破壊することもあったし、地球連邦政府も宗教活動には否定的だったけれど……聖地に対する敬意は守られ、人々のあいだから信仰が消え去る日は来ていない。
地球人もスペースノイドも、宗教への期待を取り戻し始めているのだ。ニュータイプどもが失敗したからでしょうね。
人類の総意に対する器になるほどの力は、彼らには無かった。例外だったのは、アクシズをはね飛ばした、あの一瞬ぐらいのものね……。
でも……ニュータイプたちは、サイコフレームを育ててくれたものね。シャア・アズナブル。貴方の遺したあの発明は……もうすぐ、人類から死の恐怖を取り去ってくれるわ。そうなれば……神さまさえも、要らなくなる。
そんな日が来たら、きっと、人類は貴方のことを再評価するでしょう。サイコフレームを、この世界にもたらしたのは……間違いなく貴方なのだから。
『……ミシェルお嬢さま』
思考を深めて、未来予測に笑みを浮かべていたミシェルに対して、隊長の声が現実へと無粋に引き戻していた。
「なに?」
『そろそろ、作戦地域ですよ。こっちに来てもらえますか?一気に強襲して、蹴りをつけちまおうと思っています』
「もう、着くのね」
『ええ。ルオ商会の識別信号を放つ輸送機に、このアジア圏でちょっかい出すような勇気を持つジオンの残党は、いやしませんからね。飛行にリスクのある地域も、貫いて飛べますんでね』
「……我が社が順調に地球の支配者で、嬉しくなっちゃうわ」
『あとは、残虐ショーを最前線でお楽しみ下さい』
「誤解があるわね、隊長。これは私の訓練でもあるのよ。戦場に出向くことになるし……可能ななら……」
ニュータイプとしての能力が、先天的なものでないのなら。モビルスーツに乗り、実戦を肌で感じることで、私の能力だって磨かれるかもしれない。
ミシェルは、その考えを語ることは無かった。
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