ACT031 『ルオ商会の機動部隊』
地球連邦政府の法の下では、申請し許可を得た企業は『私設軍/プライベート・アーミー』を組織することが許されている。そこには、地球連邦軍の退役軍人を顧問として雇うことが義務づけられてもいた。
大企業の私設軍の存在は、退役軍人に豊かな生活を送らせるために許可された存在でもあるし……アナハイム・エレクトロニクスを始め、モビルスーツ・メーカーや、小銃などの対人兵器の販売を促進させるために、企業人たちが連邦政府議員に対して行って来たロビー活動の成果でもある。
メーカーは議員に金を渡して、議員はメーカーが儲けるための法律を作り……それに軍人どもが利益を目当てに合流して来たわけだ。
メーカー、議員、軍人……それらが手を組み、私設軍はそこらにあふれ、軍用・警備用のモビルスーツは地球にも宇宙にもあふれてしまっている。
「……でも。戦争が小規模化したおかげで、モビルスーツは余り始めてしまっているのよね」
ミシェル・ルオはそう呟いた。ミシェルの目の前には、旧式のモビルスーツが隊列を組むように並んでいる。ルオ商会の商品の一部である。中古のモビルスーツは山ほどあるが、中古だからといって舐めてはいけない。
骨……フレームそのものの頑丈さは十分だし、あとは装甲の板と、内臓や筋肉である精密部品を新たなモノに取り替えることが出来れば、現行モビルスーツよりも、その質は上回る。
「……けっきょくのところ、モビルスーツ戦の勝敗を決めるのは、パイロットの腕が七割ってことですよ。同じ頭数なら、腕のいいパイロットを雇った方が、99%勝ちますぜ」
ミシェルの目の前にいるモビルスーツ・パイロットは、無精ヒゲを指でかきながら、そう語る。ルオ商会の私設軍には、幾つものモビルスーツ・チームがいる。
ジオンの残党があちこちにいるせいで、物資の輸送を行う時にはモビルスーツの護衛がいるのだが……彼は、その護衛チームの一つを率いる隊長だった。
ミシェルも、何度か仕事を見せてもらったことがある。一年戦争の頃はひよっ子だったそうだが、色々な紛争を経た彼は、おそらく現役のモビルスーツ乗りの中では、上の上に入るだろう。
……中の上レベルのジュナでは、太刀打ちも出来ないでしょうね。そんなことを考えながら、ミシェルは彼にたずねるのだ。
「装備のスペックは、意味がないと?」
「意味はありますが、設計技師のデザイン通りに使いこなせるようになるのは、何年もかかります。ザクⅡの動きを完全にマスターしたのは、オレだって去年だと思います。兵器ってのは、熟練するまでに年数がいるもんすよ」
「アムロ・レイは?」
「ああいうのは例外でしょうね。後年は設計までこなすような頭があれば、モビルスーツ戦の理解も早い。それに……ニュータイプってのは、勘がいいんでしょうよ」
「アムロ・レイに勝つには?」
「ヤツがガンダムに乗っていなくて、オレたちのチームと単独で戦ってくれるなら、引き分けぐらいにはしてみせますよ」
「スゴい自信ね。連邦軍、最強のパイロットを相手にして、負けないの?」
「ええ。我々は、ヤツよりも長くパイロットとして生きて来ています。今、戦えばそんなものでしょう……異常なスペックのモビルスーツにでも、乗っていない限りは」
「……アムロ・レイにガンダムだから強い」
「そうです。いい機体に巡り会える運も、実力の内ってヤツなんでしょうけれど」
「……まあ。死んだヤツのことはどうでもいいの」
「ええ。アムロ・レイやシャア・アズナブルはもういません。例外は、いない。他のパイロットたちと、オレのチームなら、互角以上には戦えますよ」
「『アムロ・レイが異常なスペックのモビルスーツにさえ、乗っていなければ』……逆に言えば、ニュータイプが乗ったガンダム相手なら怯えてしまうのね、幾多の戦争を生き延びた貴方たちでも」
「……ええ。何事にも例外はありますから。例外は、滅多と遭遇することはありませんがね。プロは、例外に対して心構えはしていますが、過剰な準備はしませんよ。コストのムダですから」
「合理的で大変によろしい。そう思える答えだわ」
「ミシェルお嬢さまに褒めて頂き、光栄の極みですよ。しかし……ミシェルお嬢さま。もしや、ガンダムと我々を戦わせたいのですか?」
「……違うわ。そういう例外をしてもらうヒトたちは、すでに他のところで集めているのよ」
「……例外用の人選ですか。オレたちは、一般人を相手にすればいいわけですか?それならば、楽な仕事だと思いますよ」
「失敗は許されない。その任務には、私も同行する予定だから。貴方のモビルスーツのコックピットに乗せてもらうわ」
「構いません。今まで通りに、最高のエスコートをしてみせますよ」
「期待を裏切らないようにね?」
「ええ。信用問題になりかねませんから。ですが……」
「分かってるわよ。ターゲットの情報の詳細を伝えろって言いたいわけでしょ?」
「もちろん。我々はプロフェッショナルですから。ガンダムと戦えと言われるなら、それなりの用意をしたいものです」
「さっきも言ったけど、ガンダムは別件よ」
……出身が出身なものだから、どうにもガンダムと戦いたいのかしらね。『宇宙帰り』からすれば……ガンダムに抱く敵意は、かなりあるのかしら。
「……だとしても、どんな相手なのかについては知らされておくべきですな」
「……『袖付き』の残党よ。連邦軍のお偉方と、取引しちゃったの」
「ジオン狩りですか。元・ジオンの私からすると、少々、心が痛みますなぁ」
「お父さまに恩があるんでしょ、隊長さん?」
「ええ。ですが……『袖付き』の連中は、旧ネオ・ジオンの連中のなかでも、最もキツい連中です。敵の装備は、分かっていますか?」
「仕入れているわ。連邦軍も無能ってワケじゃないもの。旧ネオ・ジオンの連中らしく、古いモビルスーツを使っている。端末に送るわ」
ミシェルが端末を操作すると、隊長の端末が受信をバイブ機能で告げて来る。
「ふむ。来ましたな」
「でしょうね。確認して」
「……なるほど。かつての同胞ながら、悲惨な暮らしを想像させますな。こんなものに連邦のバカどもは負けるとでも?」
「いいえ。その『袖付き』の連中は、地球連邦軍の少佐を拉致しているの」
「救助作戦は苦手ですが?」
「いいの。最悪、殺しちゃっても問題ないわ。そいつ、地球連邦軍にとっては生きていてもらって欲しくないヒトなのよ」
「……きな臭いですな。何と引き替えにしたんですか?」
「最近、お騒がせの脱税ババアの身柄とね」
「ハハハハ!ああ、有名人はニューホンコンに集まるものですなあ」
「ここは地球経済の中心地だからね。平和な時代が来ちゃうから、もっと栄えてしまうわよ」
「オレたちとすれば、仕事が無くなりそうで困ったハナシですが」
「なら、お仕事がある内に、たっぷりと稼いでおくことね」
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