ACT016 『騎乗』
駆動実験用の球状フレームに吊られている、コア・ファイター……の中心部分。自力で飛行する必要が無いため、コクピットとそれを覆い隠すキャノピーしかない場所に、ジュナは入る。
ジェガンと比べて、全方位を見渡せるというわけではない。コア・ファイターのフレームが邪魔で、視界は思っていた以上に悪いものだった。それでもジュナは怯まない。リタ・ベルナルことを想う。
自分の……初恋の相手であり、自分とミシェルが見捨ててしまった少女。
15才。
最後に会ったあの時の姿のままでしか、彼女を知らない。十年間の時は、あっという間に過ぎていた。背は伸びて、顔つきは変わった……生きているのなら。いや、ミシェルに乗せられたら、会えるというのなら、視界の悪い旧型モビルスーツだって、十二分に操ってみせる。
操縦席のシートに背中を預ける。狭い。あちこちにフレームが出ていて邪魔だ。シミュレーター映像でさえコレなら、実機となった時、どれだけ扱いづらいだろう。
「……優等生じゃないわね、ナラティブ」
愚痴る。愚痴るが、それで何も状況が変わることなど無い。どんなに手がかかる機体であろうが、ナラティブを使いこなさなければならないのだ。
二時間かけて読み込んだマニュアルには、たしかに同じアナハイム・エレクトロニクスの系譜を感じる。ジェガンというのは、過去のアナハイム社製のモビルスーツの良いところを集めたような機体だ。
地味だが、素晴らしい設計哲学だった。
逆引きするように、ナラティブのマニュアルを把握することが出来た。とても似ているのだ、ジェガンはガンダム・シリーズの血を、少なからず受け継いでいる。
「相性は悪くないはずよ。さあ、始めましょうか……ナラティブ、行くわよ!!」
シミュレーターの中ではあるが、ジュナはそう叫んでいた。
映像が加速する。マニュアル通りの動きを操縦機器に叩き込んだから。思い描いていた通りの加速を果たした―――とは、言わない。やや、遅かった。ジェガンよりも、パワーが劣るというのは、本当らしい。
とはいえ。
フレームそのものは頑丈だ。複数の追加装備に対応するために削られてしまった細身のボディも、軽さという点では悪くない。推進力の低さは……追加装備で補うしかなさそうだ。
『……動きはどうですか?』
無線が聞こえた。エンジニアたちが、自分の操縦を観測していることを、ジュナは思い出す。有能極まるテストパイロットたちと、自分の中の上の腕前が比べられる?……それは、かなり勇気が要る行為だった。どう考えたって見劣りするに決まっている。
だが。やるしかない。
「悪くない。でも、ジェガンよりも遅いとは思わなかった」
『体感でそれを把握できるのなら、大したものだと思います』
「……私のコト、かなり下手だと思っていたのね」
『……あはは。それは、すみません。正直、そうです。15機も沈めたパイロットたちと比べると、経験値ってものがですね……?』
「……いいから。模擬戦闘を始めて」
『了解です。15秒後に、敵を投入します』
「わかったわ」
古典的な表示がモニターに表示される。カウントダウンされていく数字たちだ。それを見つめながら、ジュナは……反応していた。
カウント3。
エンジニアは嘘をついた。敵の投入は、予定よりも3秒早い。敵はギラ・ズール。『袖付き』たちの主力モビルスーツ……まずは一対一をやらせてくれるようだ。あちらは40メートル先にいきなり出現して、突撃してきていたけれど。
だが、少ない経験でも分かる。ズルいのはお互いサマだ。ジュナ・バシュタには読めていた。戦闘シミュレーターでは、こういうフライングはつきものだった。
肉薄するギラ・ズールは、ビーム・ホークを振り上げる。読んではいたが、こちらはビーム・サーベルでヤツの胴体を切り裂く……というエースの動きは出来なかった。
ジュナは後退させていた。
ナラティブで素早く後ろに下がり、ジオン伝統の破壊力を持つ、ビーム・ホークの一撃を躱していた。躱しながらも、ナラティブの頭部に備え付けられたバルカン砲を唸らせる。
砲弾の雨が、ヘルメットとガスマスクを装着している機械巨人に降り注ぐ。地味だが、ジュナの得意技ではある。ギラ・ズールの頭部が蜂の巣にされていく。
連邦軍モビルスーツ伝統の頭部バルカン、その威力を舐めてはいかない。近い距離から浴びせれば、十分にモビルスーツにダメージを与えることは出来る。
一撃必殺のビーム兵器たちみたいに、派手な一撃を与えることは出来ないが……それでも、牽制には十分だ。
マニュアルに従う。ギラ・ズールの装甲は右か左に寄っている。肩部の大きな盾は、宇宙ではともかく重力下では動きを制限するものだ。
目の前にいるギラ・ズールは右肩に盾がある。それで突撃をかますこともあるが、マニューバの入力は、こちらの方が先だ。
ナラティブガンダムは、軽量級で貧弱だが、それだけに、後退から前進に切り替えた時の敏捷性なら、肩幅の広いギラ・ズールには負けることはない。
ナラティブは前進し、ギラ・ズールの右側へと回り込む。ギラ・ズールの旋回速度は遅い。重量物を乗せすぎている。地上での戦いは、それでは勝てない……。
「遅い!!」
ナラティブがビームサーベルを抜き放ち、ギラ・ズールの右腕を斬り裂き、返す刀で右脚をも斬り捨てていた。
倒れていくギラ・ズールを見ながら……ジュナは舌打ちをしていた。警報が鳴る。左右から、ギラ・ズールが二機、ナラティブに向けて接近して来ている。
「慣らし運転じゃないの?」
『どこまで戦えるのか、見せてもらいます、少尉。この二機にやられるようであれば、エンジニア・チームは……少尉の作戦参加を無謀だと進言するつもりです』
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。