ACT003 『探し求める者』
「……その選択は……私には、ありません」
「だろうな。お前さんは、どこか浮き世離れしている。普段は地味に装っているが、ときおり……別人になる」
「……精神状態は、安定しています」
「薬のおかげでな。だが……抑圧されていない方が……本性なんじゃないかとワシは思うんだよ」
「……私は、危険人物ではありません」
「そうだ。危険ではない。おそらく、たんに勇敢なのだろう」
「……私が?」
「お前さんの『本性』の方だ。そいつは優等生のキャラクターとは、真逆だ。前に出る。おそらく、死の恐怖さえも感じることもなく。『英雄』のようだな……戦場には、向かないタイプだ。突出したがるのさ。だからよく死ぬ。だが……アレは……何かを、探し求めている者の特徴だろう」
「……っ!?」
漠然とした言葉だ。精密さを欠いた言葉に過ぎない。それでも、ジュナの心には響くものがあった。自分は……探しているのかもしれない。
軍隊を離れてしまえば、見つけることの出来ない何かを……その何かまでは、自分でさえも把握しちゃいないけど……。
「おそらくは名誉でもなく、出世欲でもなく……金でもなさそうだ……おそらくは……」
「……何ですか?」
ねだるように訊いてしまっていた。何も分からない、知りたがりの子供のように。
その仕草が存外、子供らしくて大佐の心の琴線に触れたのか。大佐は赤毛の若い部下のために、自分なりの考察を恥じらいなく口にすることを決めた。
「……過去ってものを、探しているんだろ」
「……過去を、探している?……私が、ですか?」
「どうにも臭いセリフを吐いちまったもんだがなぁ……違ってねぇんじゃないかな」
「……私は…………」
言葉にすることが出来ない。
探しているつもりはない。
探しているとは感じていなかった…………どちらかと言えば、私は……逃げたがっているような気がする。
責任からだ。軍人としての責任じゃない……私は……だって、あの子を…………ッ。
『生まれ変わったら……』
「……っ」
その言葉の先を聞くのが恐くて、ジュナは自分の唇を噛む。痛みで、記憶を遠ざけようとした。左側の唇の一部が切れて、血があふれる……その様子を見ていた大佐はドン引きしている。
「……おいおい、何をしているんだ、お前さんは」
「……すみません。取り乱したくなくて」
「いやいや。正直、取り乱してくれた方が、マシかもなぁ……いきなり、自分の唇を噛んじまうヤツがあるかよ?」
「……すみません。私は……自分は、情緒不安定なようであります」
「……ククク!……たしかに。たしかに、そうだろうよ。不安定な精神のパイロットってのは、危なくていけねえが……それでも、お前さんは軍に居たければ、黙ってオーストラリアに行くしかない」
「……そう、ですか」
「今日の正午。十二時には輸送機で運んでもらう予定だ」
「そんな……早すぎませんか?」
「早いな。メジャーリーガーみたいだろ?」
「え?」
「……ああ。脇が甘いったら、ねえなあ……」
「……っ」
北米生まれで無いことが、バレるような問答をしてしまったのだろうか?
……失態ではある。たしかに、自分は嘘を突き通せるほどの器用さはない。だからこそ、人付き合いを避けることでしか、自分を隠せなかったのだが……。
「……この命令がどこの誰から出ているのかさえ、ワシには分からない。一年戦争から戦い抜いて来ているワシの人脈ってモンが及ばない深さから出ているらしい。そして、そいつらは……『奇跡の子供たち』を探しているようだ」
「……私は……自分は、北米生まれの者なので、オーストラリアの都市伝説には興味がありません」
「……とりあえずは、それでいい。そういう態度でいろ。お前さんは、あまりにも嘘が下手だ」
無言を貫く。認めるわけにはいかない。自分が、そう呼ばれた存在の1人であることを……バレたら。バレたら?
…………今度は、私が頭を開かれるのだろうか?脳みそを観察されて、何かの観測装置でも埋め込まれる……?
「……イヤなら、逃げちまうのも手なんだぜ?……太平洋上の島国には、隠れようと思えば隠れられる場所もある。長らく続いた紛争のおかげで、モビルスーツ乗りなら、どこでだって暮らせる。脱走兵が大勢出るわけだ」
「……軍を離れるのは、イヤです」
「どうして?」
「…………多分、私は……自分は、大佐のおっしゃるとおり、『答え』というものを探しているんだと思います」
「答え、ね?自分探しをしている余裕があるほど、地球連邦軍ってのは、甘くてノンビリした職場じゃねぇはずだぜ?……とくに、モビルスーツ乗りで構成された、特殊部隊ってのはよ。おそらく、モビルスーツ同士の実戦もさせられるぞ」
「……っ」
「ワシの言いたい意味は分かるな?……ハッキリと言うが、死ぬかもしれんということだ。それでも、軍にいたいと考えているのか?」
「……はい。ここから、離れてしまえば………………本当に……」
……。
……そうだ。会えなくなる。会いたいと願っているヒトに、会えなくなる。
リタに……だから、私は……ここからも逃げられない。自分たちを壊した、ティターンズ。そんなモノを生み出した軍隊である、地球連邦軍からだって。
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