ACT224 『運命の子』
そうだ。リタ・ベルナルが守った子を…………私たちみたいな運命なんかを背負わせるわけにはいかないわ。私たちは……守るべきなのよね、リタ。『奇跡の子供たち』なんて……オーガスタ研究所も、フラナガン機関も、この子に触れる権利など、ないのよ。
「きっと、この世界で最も、その子が安全に暮らしていける場所は、ルオ商会の庇護を受けられる、私の元だと思うわ」
『……そうでしょうね。宇宙でも地球でも……我々のような研究者は…………どうしたって、ニュータイプの胎児研究というテーマには惹かれてしまいますから』
「素直なのね。嫌いじゃないわ、私に有益な情報をくれるヒトは」
『はい。ミシェルさま。この『男の子』を守るためには……そういう措置がベストだと思います。この子の人権を守ろうと第一に考えられて、実際に守る力を持たれているのは、きっと……ミシェルさまだけだと思います』
「男の子ね……私のお腹の子は、なんとなく女の子だと思うの。兄妹にしてあげられたら……幸せなことかもしれないわ。リタがNTDに抗ってまで、守った子。きっと、ニュータイプとしての能力が高いのよ」
『胎児ながらに……フェネクスに干渉してみせたというのですか?』
「私やジュナにも感じさせた。この子は、きっと……極限状態に晒されたことで、ニュータイプとしての能力が、自我よりも先に目覚めたのかもしれない。あるいは……リタが持っている力の本質って、ヒトを覚醒に導く力なのかもね……」
『……フェネクスの……いえ、リタ・ベルナルと共振していたのでしょうか?……輸送船を攻撃している、高速機動のモビルスーツと……?』
「仮説よ。でも、私の勘はそう告げている」
『ニュータイプとしての、能力が、そうさせているのですか……?』
「いいえ。リタ・ベルナルの、幼なじみだからだと思うわ。リタは、守るわよ、NTDの支配に逆らったとしても……たとえ……その肉体が死んでいたとしても。あの子なら、彼女のお腹のなかにいる子供を、絶対に殺せない。その子が、悲鳴を上げたら……きっと、聞き届けてくれるのよ」
『……そうですね。ニュータイプの本質は、きっと……そういう能力のことでしょう。拡張された、共感性……自分の肉体や、生死の境界さえも越えて……あらゆる情報に感覚的に接続することが可能な存在……』
「ヒトの革新、ニュータイプ。宇宙に適応した、新しい人類の姿……サイコフレームの楽園に魂を委ねなくても……ニュータイプだらけの世界なら、今よりも平和になっているかもしれないわ。戦争に対しての心身の疲弊が招いた、枯れ果てた世界の平和じゃなく……もっと、建築的な平和のなかにあるかもしれない……きっと……100年後にも、訪れてはいないでしょうけれどね」
『人類の寿命は長いものですから。進化のための遺伝子変異が蓄積されるには、少なくとも、あと数世代は宇宙で暮らす必要があるのかもしれません……あるいは……リタ・ベルナルのような覚醒を促す存在が、リーダーとして君臨した社会構造を作るとか?』
「……どうあれ、今はそれよりも、母体の生命維持を優先して。機械でも何でも突っ込んでいいし、薬物だろうが生理食塩水だろうが、どんどん使いなさい。母親になって100時間ちょっとぐらいの私が断言してあげる。彼女は、子供のためなら、そういった行為を許諾する」
『……了解しました。どうあれ……子供を確実に救うには、母体を機械とより密接に接続することが必要不可欠です』
「抵抗があるのかしら、ドクター?」
『ありませんよ。助かる命を優先する。それが、私たちの職業倫理ですからね。仕事にかかります……』
「ドクター、金でコントロールが可能そうな『ハーベスト』の医者に心あたりがあるのなら、ブリックに伝えてね」
『いますよ。心あたりが。マジメで、変わった研究をしていて、天才だけど……それだけに仕事と資金に恵まれていないヤツがね。彼なら、飼い慣らせる。フラナガン機関に子供を売り渡す勇気は無いでしょう』
「いい人材を知っているのね」
『はい。いいヤツですよ、天才で、貧乏で、臆病です。悪いコトをしないですから。では……オペに入りますので』
「ええ。頼むわ。私の息子になる子に、大きな障害を残さないように」
『特殊な薬品を使い……神経の再生も促します。大丈夫。胎児の脳の回復能力なら、生まれるまでには、健常なレベルになりますから』
「……そうなることを、祈っている。お願いね、ドクター」
『はい』
……通信はそれで終わる。ミシェル・ルオは、受話器につけられた端末を操作して、操船幹部とパイロットたちのみに伝わる通信を放つ……。
「これから、この輸送船は『ハーベスト』に向かうわ。その理由は一つ。あの赤ちゃんをこの船に乗せている限り、リタ・ベルナルは絶対に近寄って来ない。あの子を守ろうとする……フェネクスのNTDは、総力戦仕様……民間人虐殺モードも仕込まれているのかもしれないけど、その基礎設計は、ニュータイプ殺しよ」
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