ACT213 『共鳴の涙』
狙ってはいた副作用ではあるが……スペースノイドたちは、地球連邦体制への不満から来る、ジオン残党群への投資を始めたのだ。連邦軍も連邦政府も、それらの対応に、今後数年間は手一杯だろう。
……隊長は、期せずして古巣の戦友たちを助けたことになっていたのである。連邦体制は即座に崩壊することはないだろうが……その基盤を揺らして、自由に動くための隙間を作ってやることぐらいは、ルオ商会とミシェル・ルオには可能である……。
「世界の支配者ってほどじゃないけれど。私たちルオ商会は、色々と大きなコトをする力があるわ……」
「……だから、フェネクスの未知の力を、君が使用するということか?」
「研究するのよ。人類が、死の苦痛から解放されて、自由になれる……サイコフレームのなかに永遠の命と人格を宿らせることが出来たなら、精神だけの存在として永遠を生きながら、銀河旅行だって夢じゃないわ。そういうのって、ヒトの革新なんじゃないかしらね」
「サイコフレームを、箱船にでもしようというのか?……そんな状態を、ニュータイプと呼ぶのは、オレには抵抗があるよ、ミシェル・ルオよ……っ」
常識的なイアゴ・ハーカナ少佐には、ミシェル・ルオの価値観を正しく評価することは出来そうにない。狂っているような行動にさえも見える……サイコフレームに魂を保存する?……それが、永遠の命……果ては、ニュータイプだって?
「死者とさえも交流し、その力を借りることの出来る高次の精神活動を有する存在。それがニュータイプでしょう?……なれるわよ、サイコフレームがあれば、ヒトは誰しもがニュータイプになれる……しかも、死ぬこともないの。そんな状態のまま、銀河の果てまで飛んで行くのって、楽しそうなことだとは思わないかしら」
「……オールドタイプのオレには、どうにも想像することさえ適わんことだよ。君は……フェネクスを使い、ヒトを進化させたいのか?」
「……私は、死という概念からヒトを遠ざけたいだけよ。最優先は、私自身だけれど。誰しもが、少なからず願うのではなくて?……死からの解放なんてことは」
「生物としては、当然の願いだろうな…………」
「……ミシェル」
「なにかしら、ジュナ?」
「今は、これ以上の問答は無意味だ。イアゴ・ハーカナ少佐は、リタを私たちに戻してくれる気でいる。今は、それで十分だろう」
「……貴方がどれぐらいフェネクスを求めているのか、知りたくはあるけれどね」
「……リタが、そのサイコフレームに融けているというのなら……フェネクスごと取り戻すだけだ。サイコフレームから、リタが解放されているというのなら、フェネクスには興味がない。だが、お前の命令には従う」
「……軍を捨てるのね」
「戻れはしないからな。私の素性はバレている。戻れば……リタと同じ目に遭わされるだけだろう。それは、私だってイヤなんだ」
「……そうね。連邦軍なんて、けっきょくのところ、ティターンズと変わらないもの。方便を使って、嘘偽りの仮面をかぶり……本性を隠そうとしているだけ。ニュータイプなんて、強化人間なんて、そもそもヒトの命なんて……大事になんて思ってもいない組織だもの。いつまでも、いるべきじゃないわ、リタも……そして、ジュナも」
「……決めたぞ。私は、お前と組む。リタのために……そして、自分のためにだ」
「そうしなさいな。悪いようにはしない……この十年間、貴方とリタのことを迎えに行けなかった罪滅ぼしをさせてもらうわ」
「……そうしてくれ。可能なら……リタを……助けたいな」
「……ええ……それは、私たちの最優先事項であることは、絶対に変わらないことだもの…………悲しい予感は、しているのだけれどね……っ」
パイロットたちは、ニュータイプの女の流す涙を見ることになる。ミシェル・ルオも、そして、ジュナ・バシュタ少尉も涙をその瞳からあふれさせているのだ。彼女たちは、ニュータイプとしての能力を宇宙に来たことで、さらに開花させているのだろうと、パイロットたちは認識していたし、それは事実でもあった……。
宇宙にはニュータイプとしての能力を磨く力があるようだ……それは、この宇宙に、多くのニュータイプの素質ある者たちの命が飛び散っているからだろうか?……アクシズ・ショックの時……アムロ・レイが放った力は……人の意志や……いや、あるいは、死者たちの意志さえもかき集めた力だったのかもしれない。
……この宇宙とは、そういう奇跡が行われた場所である。もしかすれば、ニュータイプとしての覚醒を、アムロ・レイたちが促しているのかもしれないな……イアゴ・ハーカナ少佐は、根拠不明な確信を己の頭のなかに見つけていた。
ニュータイプは、ニュータイプに導かれているのかもしれない。そして、そんな彼女たちが、予測しているのは……リタ・ベルナルの……おそらく、死なのだろう。
サイコフレームに呑み込まれた……?それが、どういう形状を指す言葉なのかは、イアゴ・ハーカナ少佐の想像力の範疇を超えている。だが、そんな状態が自然な現象からは、遠くかけ離れていることぐらいなら、少佐にだって分かるのだ。
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