ACT200 『覚悟』
「場合によれば、リタ・ベルナル少尉ごと撃破させる……そのためのバージョンか」
「ええ。この三番目のオプションは使いたくはないわね……でも、用意しているわ。神の領域にさえも等しい世界に在るモビルスーツに、挑むことになる。技術的な限界を超えた存在よ。取り逃すことになれば、損失は大きい。撃墜して、その残骸を漁ることになったとしても、構わない」
「……リタ・ベルナル少尉は?」
「……もちろん死ぬでしょう。生死不明という現状に、判断を下すことになるわね」
「……キツいな」
「そうよ。でも、フェネクスを止める必要性は、私以上に貴方のほうが理解しているのではなくて?」
イアゴ・ハーカナ少佐は眉間にしわを寄せたまま、同意のために首を縦に振るのだ。理解している。当然のことだ、リタ・ベルナル少尉の意志が反映されているのかいないのかは分からないままだが……あの機体は民間の宙域に出現している。
「―――民間のコロニーに、大きな被害を与える可能性だって存在しているんだ。そんなことになれば、何百万、何千万人の命が危険に晒されることになる……新たな紛争の火種にすらなりかねん……そうでなくとも、コロニーの人命が失われる可能性は、あまりにも重大なリスクだ」
「そうね。リタに大量虐殺者の汚名を着せるつもりはないわ……ジオンのコロニー落としみたいなことを、これ以上していれば……地球も終わりを早める」
「……コロニー落としで、核の冬を呼べば……人類は寒冷化した地球に住めなくなりますが……生態系も滅びてしまうでしょうからね」
工場長は端末をいじり、破滅的な映像を大型スクリーンに映し出す。
「天体危機学会というマイナー組織が作った映像です。高度な試算に基づいたシミュレーション映像ですね……地球に対して、落ちてはならない場所に、中型規模のコロニーがあと三つ落ちるだけで、地球の生態系は破綻を来します……もちろん、このまま人類が経済活動を続けるだけでも、50年の内に生態系の75%は失われることになる……」
「……そして、ニュータイプ能力を持ったミュータントでも産まれるっていうのかしらね?」
「……宇宙線を浴びたり、無重力に晒された遺伝子に変異が強制されるということも、十分に考えられますけどね……地球の化学的、放射線学的な汚染量を考えれば、地球の生態系を保全することは不可能ですよ。遺伝的な変異は世代を重ねるごとに蓄積される。ヒトは自然淘汰を受け付けることもありませんからね。100年前と、現代のヒトの遺伝子は、もうずいぶんと違って来ていますよ」
「遺伝子の変異がニュータイプ能力の根拠なのか?」
「どうでしょうねえ。それならば、もっと容易く根拠を見つけられるし、編集することも出来ると思うんですよね、ニュータイプ能力をもたらされたモルモットとか……」
「ネズミのニュータイプ?……面白そうね、それ」
「どこの箱にチーズが入っているのかを、勘で当てちゃうんですよ……そういう存在を作れていない以上、遺伝学的なアプローチは、今のところ失敗している。素養がありそうな人物に対して、脳内の精神活動を活性化させたり……あるいは、神経のシナプス構築を促すモビルスーツの操縦なんかをやらせると、ニュータイプとしての能力が上がるということが証明されているだけ。研究なんて、ほとんど進歩しちゃいませんよ」
「サイコミュの装置は?」
「あちらはそれなりの進歩が見られました。まあ、感受性を上げるだけのことですからね。技術的な躍進というよりは、錬磨といった形です。より高感度の感応波用の受信と送信の機能を深めただけです……感応波と呼べる領域ですらない脳波でも、読み取って、パイロットの操縦技術をモビルスーツにフィードバックするだけ……」
「ニュータイプ能力そのものは、神秘のヴェールに包まれているというわけか」
「解明されて欲しいのかしら、少佐は?」
「……さあな。分からんよ。興味はある。無いと言えば、嘘になるだろう。しかし……払う犠牲が大きくなりそうだ」
「……ニュータイプ能力者は形見が狭い思いをして来ましたからな。スペースノイドとして産まれようが、地球人として産まれようが……どちらも兵器の一部として利用されて来ただけのことです…………私、個人的な意見ですけど、この三番目の兵装が使われることなく、リタ・ベルナル少尉が回収されることを祈っています」
「回収ね」
「……生きていることを、祈っていますよ。それで、少佐、スペックについての質問はありますか?」
「そうだな。AMBACについて知りたいことがある。ジェガン、ジェスタと同系統なのは重量配分で分かるが……現実に起きえる、マニューバ上の障害となるトラブルの種類が気になっているんだ」
「ええ。古い機体ですからね。現行機よりも、若干、宇宙空間でのマニューバに癖が出ます。乗りこなすことで、馴染む範囲ではありますので、問題は少ないでしょうがね」
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