ACT176 『チーム・オーガその7』
ステファニー・ルオという女性には、それほど大きな欲は存在しなかった。
あるのは、与えれた富を確実に維持すること。大きな冒険をすることはなく、勝てる勝負だけを好む。大きな器の持ち主ではないが、官僚化した世界秩序とは、相性の良い存在ではあった。
面白くはない人物ではあるが、有能ではある。天才ではないが、確実さを好む。
大きな飛躍をもたらす存在ではないが、安定をルオ商会にもたらすだろう。
それが、ルオ・ウーミンが娘にした評価であり、実際のところ、ステファニー・ルオは彼の予言通りの存在だった。
私は14才で、限界を教えられた。いや、気づかされたのか。自分がどれほどの能力しか持たない存在なのか、自分がどれほどの野心しか抱けない存在なのか。
自分は……大きな変革よりも、安定を好むような性格であり、それは終生、変わることはないだろう。父親にそう告げられたのだ。
本当にそうだった。自分は与えられた道具を、それなりに使いこなすだけの存在だ。感情的な野心を抱くことは、希有だった。
復讐心を持ったことはあるが、それはルオ商会という自分が依存する絶対の権力に、ケンカを売られたからだったのだろう。
サイコガンダムがニューホンコンで暴れた時、私は……自分の中にある世界の中心が、ルオ商会の持つ絶対的な権力が揺らいだような気がして、本当にどうしようもなくティターンズが憎くなった。
あの恐怖は……自分の立場を保障してくれるルオ商会が攻撃されたからなのだろう。
もちろん、命の危険を覚えたからでもあるが…………今、ミシェルに命を狙われているというのに、あの時よりも、怖くはない。あの時は巻き込まれて死ぬことはあったとしても、狙われてはいなかったというのに。
……私は、私が死んだとしても、ルオ商会が安泰ならば、それほど怖くはないわけだ。
どれほど、ルオ商会に依存しているのかが、ハッキリと分かってしまう。自分は、本当に……なんて弱い人間なのだろう。逆らう意志も、大きな夢も野心もなく……ただ、流れのままに漂い、予想通りの行動しかすることが出来なかった存在。
それが、ステファニー・ルオという、何ともつまらない優等生だった。
金があるから、多くのヒトから羨まれるけれど。それが無ければ、私はただのつまらない女……ただのつまらない女でも、ルオ商会の、ルオ・ウーミンの子という立場ならば、世界の経済の中心に近づけるわけだ。
ヒトの作り上げたシステムの強さを感じ、個人の持っている価値を見失わせてしまう事実ね。
世界というのは、そんなものではある。
流れに従い無難に生きるか、流れに抗い苦労して生きるか。どちらを選んでも、得るものもあれば失うものもある。
完璧な生き方は、おそらく誰にも出来やしないけれど……それでも、選ぶしかない。でも……私は、選んだのだろうか?
私に、個人の意志など、存在したのだろうか?
常識的なだけで、野心をもたない、ただの人形。私の果たした役目は、他の誰かでもやれたのではないかしらな…………そう。いつも、そんな考えに行き着いてしまう。
私は、偉大な人物ではない。私は、AIと同じような、つまらなく空虚で、予想内の行動しか起こさないような女。
マーサ・ビスト・カーバインを軽蔑して生きて来たけれど。彼女ほどの野心を、彼女ほどの傲慢があれば……私のようなつまらない女でも、夢や野心が持てたのだろうか?
……ああなりたいとも思わないけれど。でも、彼女の十分の一ほどのワガママがあれば、妹に殺されかけている現状でも、もっと違うことが考えられたのではないかしらね。
私は……今、被害者になろうとしているのに。ルオ商会という権力に、文句の一つも出やしない。出るはずがないのだ。私は、最初から最後まで、ルオ商会の無難な部品であることを選ぶしかない女なのだから。
命を狙われているというのに、ニューホンコンを攻撃された時よりも、だんだん怖くなくなっている。納得しようとしている。というか……ミシェル・ルオとルオ商会の成した力に、どこか感動を覚えているのかもしれない。
連邦軍を堂々と敵に回したのだ。あの忠実なミシェルの下僕たちは、ミシェルとルオ商会のために死ぬことを厭わない存在。
そこまでさせた、ミシェル・ルオのカリスマ性に、私は一種の安心を覚えているのだろう。私が望む、未来とは、大きく異なる不安定な未来がやって来るのかもしれないが……。
その混沌のなかでも、ルオ商会は強く生き抜くだろう。ミシェル・ルオというカリスマを掲げた、地球経済の主として。
ルオ商会は、私が死んでも生き残る。だから……私は、あの時ほどの恐怖を感じられないのだ。
なんて……本当に、なんて……小さな人間なのだろう。今ほど、自分のことが歯車に思えた時はないわ……ミシェル……貴方は、私を見たら笑うかしら?……いいえ、貴方はきっと笑わないでしょうね。
貴方は、私なんかにも『家族』を求めていたもの。『家族』を奪われて、オーガスタ研究所に売り払われたから。
モルモットの戦災孤児でしかないから、貴方には『家族』が必要だった……私を、姉と呼ぶ時の貴方の瞳は、いつも媚びた犬みたいだった。
私は……それが、嫌いではなかったけれど。必要以上の家族ごっこは、不必要にしか感じられなかった。貴方は、私にとっては、それほど重要な存在ではなかったのよ。
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