ACT145 『評価すべき敵』
「……ふむ。このパイロット、かなりの凄腕だな……かなり、狂っていやがるようだが」
「……ああ、そうだね、イアゴ・ハーカナ少佐。オレは……このムチャするヤツに、劣った性能の機体では、勝てないだろう」
大尉は敗北を認めた。モビルスーツのパイロットには、相性というものがある。その質は、長年の研究と鍛錬の果てに体が選び取るものなのだ。おいそれとは変更することは出来ない。
ベテランである彼は理解しているのだ。自分は、アレと相性があまりにも悪い。自分のスタイルの多くが、おそらくは有効に機能してはくれないだろう……。
頭のなかで、四度ほど、仮想の戦いを繰り広げていったが……全てのパターンで負けていた。大尉は自分も相手も過小にも過大にも評価することはない。
分かっている。間違いなく、あれとは相性が、どうしても悪い……。
「こういう駆け引きを無視して、自爆めいたマネも許容するようなヤツは……オレの策にかかってくれないんだよなぁ……アホみたいな反射速度をしている。奇襲や奇策に、気づけちまうようなヤツだ」
「……ムチャをするパイロットだからな。この機体のパイロットは……仲間に自分を撃たせてでも、敵を倒そうとしている……怪物だな。機体のスペックも、高性能機だ。まるで、この機体は―――」
「―――ガンダムみたいだな」
ジュナは印象のままに語っていた。ナラティブガンダムに適合するための特訓と、シミュレーション上ではあるがνガンダムとの接触を果たした彼女は、ガンダムについては詳しくなっている。
数字上のスペックも、過去に開発された幾つかのガンダムの資料も読んでいる。そうすることで、ガンダム・シリーズに共通する設計哲学を理解しようとしたのだ。
彼女は、かなりマジメなパイロットなのである。
「スピードに、出力。そして、タフさ……それらのどれもが、ガンダムっぽい」
「ええ?……じゃあ、ギラ・ズールとガンダムが、一緒にいるってことすかー?」
「それは、ありえないだろ、さすがに……?」
「ガンダムっぽいと言っただけで、ガンダムとは限らない。何か、それに近しい高性能な機体だ。強さだけじゃなく……たぶん、系譜もな」
「アナハイム・エレクトロニクス製品か」
「……ガンダリウム合金もな。オレたちのジェスタよりも、格闘戦でいい動きをしている。きっと……ジェスタよりも、かなりそれを使っている比率が多いんだろうよ」
「アナハイム・エレクトロニクスが絡んだ、高性能のモビルスーツが『袖付き』と一緒にいるか……そんなことが公になれば、マーサ・ビスト・カーバインにも、アナハイム・エレクトロニクスにも不利になるな。よく、こんな情報を入手できたもんだ」
「それなりの対価を払っているのよ。私には、『フェネクス』に近づくために、アナハイム・エレクトロニクスの力は必要なの」
「……ナラティブガンダムを、借りるためにか?」
「……ええ。それだけじゃない。ナラティブのオプション装備は、月で製造が完了している。それを、シェザール隊の母艦に運び込む手はずよ」
「……オレたちの艦にか」
「不満かしら?」
「いや。それは構わんが……手はずが、良すぎるな」
「私は、この計画に本気なのよ。リタを取り戻すことも、『フェネクス』を手に入れることもね」
……それもまた、サイコフレームが実現させる、『永遠の命』のためか。共感してやれそうにはないが―――どうあれ、『フェネクス』は狩らねばならない。
『ガンダムもどき』と、それに乗る凄腕もとんでもない戦闘力を発揮していたが、けっきょく、それでも『フェネクス』を倒すことは出来なかった。狭い資源惑星の坑道のなかに追い込んでおきながらも、逃がしてしまったのだから……。
……これを、『生け捕り』にするのは、困難かもしれない。
「……ミシェル・ルオ」
「何かしら、イアゴ・ハーカナ少佐?」
「……オレは、作戦には忠実に従うつもりだが、それは、あくまでも地球連邦軍から出ている命令にだ。言いたいことは、分かるな?……アンタは、賢いんだ」
「……ええ。もしもの時には、『フェネクス』を撃墜すると言いたいのね?」
「……そうだ」
「……っ」
ジュナ・バシュタ少尉は示された痛ましいケースに対しても、顔色一つ変えることはない。だが、磨り減りが早い奥歯を、ガリリ!と鳴らしてしまっていた。
理解していたことだ。『フェネクス』は……危険過ぎる。結果論として、『フェネクス』は民間コロニーの近くで戦闘を繰り広げたのだ。もしも、その戦いがコロニーを巻き込んでいたら、どうなっていたことか……。
間違いなく、大惨事が起きていただろう―――あのガンダムもどきに乗って、ムチャしてあばれるヤツは……たぶん、民間コロニーにいる何百万の人間の命なんて、気にしてはいない気がする。
自分の命さえも、そう慎重に扱わないようなヤツだからだ。そんなヤツが、律儀に他人の命を、自分の戦いに巻き込まないように動く?……そんなことしないだろ、お前はさ。
ジュナ・バシュタ少尉は、『フェネクス』を追い詰めた存在に対して、何か因縁めいたものを感じている。お互いにリタを追いかけているのなら、そのうち、道が交わってしまう予感がした。
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