ACT136 『精神の対話』
『フェネクス』とシナンジュ・スタインは向かい合う。ゼリータは、いつでもマニューバを打ち込める。この狭い空間であるのなら、超スピードも意味はない。
速さが死ぬ空間だ。接近戦は、ゼリータ・アッカネン大尉と、シナンジュ・スタインに分がある。
だが、それでも斬りかかるために動く気にはなれない。対話をしてみたいと、ゼリータは考えていた。
このニュータイプに対して、どうにもこうにも興味がある。真似て、力を得るため?……それもある。それもあるのだが、それ以外の理由もあるのだ。それが何かを言語化できるほどには、きっと自分は素直ではなかろうな。ゼリータはそう考えてもいた。
「……姿を現したのは、私の心を読んだからか?……私の過去まで見えるか?おそらく、お前と似たような日々を送ってきた私の過去が……」
無言。沈黙。静寂。その場所に、それだけが小石に混じって漂っていた。ゼリータは、ふん、と鼻を鳴らしながら、右目のサイコミュに命令を送る。
シナンジュ・スタインのコクピットが開き、ゼリータ・アッカネン大尉は、無謀にもそのコクピットから身を乗り出していた。『フェネクス』は、その行動に驚いているようだった……ビクリと再び体を揺らしていたが、やはり、その挙動は女らしい。
「……お前は、きっと、そのモビルスーツと融け合い過ぎてしまったんだろうな。その力に見初められた者として、対価を支払ったというのか……?モビルスーツの……サイコフレームの意志に、呑み込まれたのか?あるいは……お前が、それを支配しているのか?」
無言。まあ、悪くはない。それでも構わない。問題はない。言葉など……そもそも、我々のような者のあいだには、要らないような気もする。
「黙っていてもいい。お前を、調べさせろ」
そんな言葉をつぶやきながら、ゼリータ・アッカネン大尉は、右目に命令を脳から伝えていた。
サイコミュが持つ、強制的な情報伝達により……彼女のヘルメットのバイザーがスライドして、ほぼ真空状態のその空間に、彼女の素顔が晒される。
『フェネクス』が、驚いたように震えていた。心配するように、その巨大な手をゼリータ・アッカネン大尉に伸ばそうとするが、止まる。
……それでいいさ。そう容易く触れるな。そんな軽い女では、落としがいがないというものだ。
そんなことを考えながら、目と鼻に激痛を感じていたゼリータは、バイザーを閉じさせる。ヘルメットのなかに、空気が戻る。酸素と窒素の合成気体が、ゼリータの痛めつけられた肺腑を癒やしてくれるのだ……。
「……強化人間だからな。私は、これぐらいでは壊れない。いや、これぐらいで壊れる部分は、もうとっくに壊れてしまっているのだろうなァ……世界ってのは、残酷だから。従順な実験体には、容赦がない……お前も、そうだろ?不死鳥の乗り手……リタ・ベルナル」
……そうだ。分かったのだ。リタ・ベルナル。それが、この不死鳥に囚われたか、あるいは主となることを受け入れた女の名前だ。見えた。わざわざ、バイザーを開放した甲斐があるというものだよ……。
「……くくく!……やはり、生身で触れ合うべきなのだ。それが、お互いを理解するためには、最も早くて、最も確かなことじゃないか……お前も、私が分かっただろう?真空に吸い出された、私の痛みが、お前にならば伝わった……お前は、私やフルフロンタルなどよりも、本物なのだから」
……言葉はない。言葉はないが、そこに漂っているのは無言などではないと、ゼリータ・アッカネン大尉は感じている。
伝えようとしている。不死鳥は……リタ・ベルナルは私に向けて、何かを伝えようとはしているのだ……。
角を一つに閉じたモードへと移行しているガンダムは、ゼリータに向けて何かを伝えようとしている。ゼリータは、その全てを理解することは出来なかったが……それでも、分かったことが幾つかあった。
「……オーガスタ研究所か……お前は……そこで……壊されたか。やっぱり、連邦にもあるんじゃないか。ククク!……奇跡を見せつけた。奇跡を見せつけたハズなのに……今も、昔も、オールドタイプは変わりゃしないなァ……」
シャア・アズナブルとアムロ・レイも……あのユニコーンガンダム1号機と2号機とやらも。
そして……それよりも、ずっと前に、人々を災厄から救おうとした子供たちが起こした奇跡さえも―――オールドタイプってのは、利用することしかしなかったわけだ。
「……お前も見て来たか。たくさんの、私たちみたいなものが、壊されて、消費されていく光景を?……そいつを見て来た。見てなかったとしても、お前ならば感じていただろ?壊されて死んでしまう瞬間、ジオンの強化人間たちは、魂の残滓を周囲に振りまくんだ」
……同意の感情が、伝わってくる。ああ、やはり、そうだ。そうか。分かったぞ。お前が、このクソみたいな世界に、わざわざ銀河の中心から戻って来た理由が……。
「……お前。復讐したいんだろう。自分たちを壊した、大人どもに。邪悪でクズな、オールドタイプどもに!!復讐して、壊して、全てを浄化してやりたいんだろ!?」
確信を込めて、笑顔をもって放った言葉であったが―――しかし、ゼリータ・アッカネン大尉は拒絶を感じ取っていた。
なんという落胆だったのか。
フルフロンタルに『選考』で破れた時みたいに、いや、それ以上に全身から力が抜けていくのが分かった……それゆえに、あの時よりも更に深く、絶望の底からわき上がる、怒りの衝動の強さにゼリータの美貌は歪んでいた。
ゼリータ・アッカネンと、リタ・ベルナル。彼女たちは、最も近しい立場でありながらも、分かり合うことは出来なかったのである……。
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