ACT130 『シナンジュ・スタイン出撃』
モビルスーツ・デッキにやって来たゼリータ・アッカネン大尉は、自分のために用意されたモビルスーツ、シナンジュ・スタインを恍惚とした貌で見つめるのだ。やはり、この機体は美しい!!
……スタイリッシュでありながら、力強さも感じる。要らないモノがなく、洗練された形状。私をその胸に抱くには、相応しい殺戮機械だ。
満足げに笑うゼリータは、そのままコクピットへと乗り込んでいく。髪を素早くまとめると、いつもの位置に置いてあったヘルメットを頭にかぶるのだ。
パイロット・シートにその身を預けて、右目のサイコミュを起動させる。シナンジュ・スタインはサイコミュが放った感応波を受けて、すみやかな目覚めを完了させていた。
「……私が先陣を切るぞ。私を優先して、発艦させろ!!」
『了解!!シナンジュ・スタインの移動を開始します』
シナンジュ・スタインがモビルスーツ・デッキに備え付けられているエレベーターにより下がっていく。エアロックの門を三つ越えて、カタパルト・デッキへと辿り着いていた。
カタパルトにシナンジュ・スタインの足底を設置すると、ゼリータ・アッカネン大尉はニヤリと唇を大きく歪めていた。
「ああ、いいカンジだ。空気が無くなり、電流がそこら中を走っている!……この感覚、リニアレールに乗らされて、磁界を肌に感じる瞬間。ゾクゾクする……」
水に濡れた犬がするように、大げさな身震いをしながら、ゼリータ・アッカネン大尉は恍惚の表情を浮かべていた。
愛してやまない感覚が、彼女には幾つか存在している。女の肌。あえぐ声。敵の断末魔、モビルスーツが放つ、水素のピンク色の爆裂―――。
―――むろん、それらも大好きであるが……出撃前のこの感覚は、微細な金属粒子の粉塵が空気に混じり、それらが鉄臭く電流を帯電している空間に融け合うことは、最高に気分を昂ぶらせてくれるものだ。
「まったく、これだから、モビルスーツのパイロットは、やめられないよねェ!!……ゼリータ・アッカネン、シナンジュ・スタイン、出るぞッ!!」
シュイイイイイイイイイイイイインンンッ!!
金属が擦過する歌を放ちながら、灰色のサイコフレーム・モビルスーツ、シナンジュ・スタインが母艦から弾丸のような加速を与えながら解き放たれる。
「……くくく!……この五体を揺さぶり、破壊し尽くそうとしてくる、重力加速度っ!!これも、私は愛しているぞ、シナンジュ・スタイン!!……お前も、大好きだろう?狭い棺桶みたいな艦内から、どこまでも広い宇宙へと解き放たれるのはァ!!」
彼女の赤い右目が輝いて、シナンジュ・スタインは強力なブースターから青い高熱の火焔を噴射して―――高速の世界の住人へと至る。推進力に揺さぶられながら、ゼリータ・アッカネン大尉の赤い瞳は、HUDに映し出されたターゲットの影を睨みつけていた。
『フェネクス』。
ユニコーンガンダム3号機は、廃棄された資源採掘用ステーションがこびりついた直径250メートルほどの隕石に……小惑星に隠れているのだ。その態度は、機能停止。
死んだフリをしているのか?
あるいは、エネルギー切れなのか?
もしくは、小賢しくも何らかの手段でエネルギーを吸収しているのだろうか?
光速で飛翔することが出来る機体らしい。サイコフレームが発揮するらしい超常現象であるが、そのエネルギー源は何だ?パイロットのニュータイプとしての能力か?
あるいはサイコフレームそのものがエネルギーを放ちながら朽ちているのか?……それとも、より高次元の世界からエネルギーを引き出している……?
「どうであれ、その性能をこの物理法則に縛られている世界で使うのにはさァ……ちょっとやそっとじゃないムリがあるのって、当然のことだよねェ……?」
世界は、そんなに甘くはない。軌跡の力を、いつまでも許しているとは思えない。お前だって、限界があるんじゃないのか、『フェネクス』?……だからこそ、そうか……お前は待っているのか?
「……目的を達するための、条件がそろうタイミングを……可能な限りエネルギーを温存させながら、待っているわけだ。お前って子は……健気なヤツだなァ。だが……何が目的なんだ?……教えてくれよ、ユニコーンガンダムちゃんようッッッ!!!」
シナンジュ・スタインが、主武装兵器であるハイ・ビーム・ライフルを構える。
ミノフスキー粒子こそ無いものの、坑道だらけにされている小惑星は、その表面に張りついている採掘ステーションを始め、遮蔽物だらけである……通常なら、狙いをつけることは不可能だ。
「しかし、このゼリータ・アッカネンさまはなァ……ちょーっとだけ、スペシャルなんだよねェ!!……これで、終わりになんかならないでくれよ、『フェネクス』ちゃん!!」
バシュウウウウウウウウンンッ!!
大型ビーム・ライフルから、破壊のエネルギーに暴れる光の奔流が射出されていく。その光は、採掘ステーションの輸送機発着ベースの裏側に隠れていた『フェネクス』に対して、精確無比な軌道で迫っていた。
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