ACT126 『シャアのなり損ない』
―――シャアのなり損ない。言い得て妙ではあるが、個人の人格というものを、どこまでも否定する言葉ではあるわね。
ヒトの命に対して、価値を認めていない者の発言のように思える。
ジオン公国最後の首相の息子……クリーンで洗練された政治家の、本当の貌の一つ。それは実に野心に対して、どこまでも貪欲なものであって、あまりにも冷徹でもある。彼は、生来の政治屋なのかもしれない。
ヒトの命さえも、権力や金に換算するということを……全くもって恐れてはいないようだ。罪深さを、そこに感じることないようであり、それゆえに残酷に物事を判断することが可能となる。
それは常人のモラルでは出来ないことだ。倫理観の欠如、それが政治家の鋭さの原動力だとするのならば、ヒトが気づいた民主主義社会というものには、大きな欠陥があるような気がする―――。
「―――でも。もしかしたら、偉大で冷徹な指導者を、気取ろうとしているのかしらね」
傲慢さは本物なのであろうが、果たして見せてくれている鋭さは、たんに格好だけのモノである可能性は否定することは出来ないだろう。彼は、ザビ家の人々のような鋭さを持ってはいない。
ザビ家の持つカリスマ性は、圧倒的な者がある。モナハン・バハロが、そのカリスマ性を持つことになる日は来るのだろうか?
政治屋らしい政治屋である……『フェネクス』を捕らえても、政治的なカードとして使おうとしている。しかも、本来は敵である、連邦の上層部に対して媚びを振るような形で。
それは硬度に計算された外交的なカードゲームなのかもしれないが、その交渉で得られるのは、けっきょくのところ、モナハン・バハロ自身の政治力に過ぎない。
共和国の国民全てが熱狂するような国家的な勝利、そういうものではないだろう。だが……ザビ家のカリスマも消えつつあるのかもしれない。
フルフロンタルが敗北したことにより、『袖付き』の勢力はほとんど壊滅状態に陥っている。あの組織が、機能することが出来なくなれば、ジオニズムは、コロニーの独立運動は衰退してゆくばかりだ。
平和な時代が訪れる可能性もある。そうなったとき、モナハン・バハロのような凡庸ではあるが、バランスの取れた、常識的で官僚的な政治屋は、それなりに社会を安定させることに機能するのかもしれない……。
……何であれ、私を評価してくれる権力者だ。あちらと同じように、こっちだって利用してやればいいだけのことね……。
……エリク・ユーゴ中尉は、そんなことを考えながら宇宙の無重力を漂う。宇宙戦艦の廊下の壁を走る、可動式の手すりを捕まえて、彼女はゆっくりとその通路を進んでいった。
行き先は……モナハン・バハロが言うところの、『シャアのなり損ない』である。
地球連邦がアムロ・レイの再来を恐れながらも、そのパイロットとしての能力に注目して、オーガスタ研究所により、強化人間の開発を進めた事実があるように―――ジオン側にも、最も偉大なニュータイプである、シャア・アズナブルを模倣しようとした過去がある。
『袖付き』の首魁として据えられた、フルフロンタル。
シャア・アズナブルのような戦闘能力とカリスマを持たされた、強化人間の最高傑作。精神科医によれば、自分を喪失し、シャア・アズナブルという仮面/ペルソナをつけた迷える存在かもしれないが、能力があればヒトは追随するのだ。勝手なまでの期待と共に……。
フルフロンタルは成功例とも言えるし、ジオン共和国からすれば、暴走した個体とも言えた。政治的にも……軍事的にも、強くし過ぎてしまったのだ。
ネオ・ジオンのタカ派や、共和国軍の若手パイロットまで、『袖付き』に吸い上げてしまったのは、誤算ではある。
だが、フルフロンタルの能力は完璧だった。シャア・アズナブルを完全にマネすることは、やってのけたのだから。十分とは言えるのだ。
「……さて。今夜はご機嫌ナナメじゃないと良いのだけれど……」
……その場所へとやって来た。
調整室……強化人間が、より高性能な能力を発揮するためには、薬剤と電気信号的な神経刺激による『調整』が欠かせない……。
ゼリータ・アッカネン大尉も、そんな存在であった。
「……失礼します」
名目上は部下であるから、彼女はそう言った。強化人間に大尉という地位まで与える必要が果たしてあるのか、エリク・ユーゴ中尉には理解することは出来ない……。
強化人間のような存在に、指揮権を与えるなんて……狂気の沙汰のように感じるが。ジオン・ズム・ダイクンの提唱するニュータイプ……ヒトの革新を信じるという国是ゆえなのか、強化人間の多くには高度な階級が付与されがちであった。
そして、その監視役の存在も……セットのようなものだということを、エリク・ユーゴ中尉は教えられた。たしかに、強化人間の精神は不安定だ。地球の強化人間もそうなのかは分からないけれど……性的にアレというか?性依存症気質なところがある。
エリク・ユーゴ中尉は軍人であり、軍務のためなら何でもこなす。
もちろん、肉体を性的に提供することだって、問題はない……29才なのだ。過去には、それなりの数の男がいた。軍隊は男だらけだから、女というだけでアイドル扱いでもあったから。
まあ……今回は、男ではなく……同性に貞操捧げるという仕事であった。
エリク・ユーゴ中尉は、有能な軍人であるゆえか、それともそういった性質を隠し持っていたのかは分からないが、ゼリータ・アッカネンと疑似的な恋人ゴッコをすることに対して、すっかりと慣れてしまっていた。
恋人らしく振る舞うために、彼女は声色を使うのだ。
「……ゼリータ、入るわよ?」
「……エリク!……待っていたぞ。さあ、早く私にお前の顔を見せてくれ」
「ええ。もちろん、すぐに見せてあげるわ、ゼリータ」
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