ACT070 『蛇の道は蛇』
大尉はジェガンを走らせて、古びた電波中継施設へと向ける。この周囲の地図はすでに入手済み。
アフリカから逃げて来るときに、下調べはしていたのだ。彼はあまり頭が悪いわけではない。ただ、真っ当な人生を送るために必要な倫理観が、いくつか欠落しているだけだった。
有能なパイロットではある大尉は、中継施設に近づくと、モビルスーツから降りて、その施設に不法侵入する。
ドアは拳銃で鍵を壊して開けた。双子たちも面白がって、ドアを蹴り飛ばし、大尉のための道を作ってくれる。デカくてバカなガキの保護者になった気持ちだが、イライラはしない。コイツらがバカなことは、ずいぶん前から理解しているのだから。
大尉は早速仕事に取りかかるのだ。
中継施設に配置されたサーバーの一つに、泥棒仲間が作ってくれた特殊な端末をコードで接続する。
端末の画面に、愛らしいマスコットに抱かれたテンキーが表示されると、大尉の指が手慣れた動きでキーを叩いていく。
「はえー。猫踏んじゃったとか、弾いてるみたいすねー」
「大尉は器用だ。悪事にかけちゃ、何事も」
「……はあ、お前ら、見張りに戻れ。ジェスタを警戒するんだ。通信施設の電波にこちらの機体が放つ信号をカムフラージュさせておけよ?」
「了解っすー」
「やってますよ。さっき、言われた通りには」
「……じゃあ、今、言われたこともやりにいけ。見張ってろ。不意に遭遇した敵に奇襲されるってことも、十分にありえるんだからな」
「ラジャー」
「分かりました」
そっくりな顔と脳みそに生まれてしまったバカな双子どもは、大尉の命令には忠実だ。
『アレら』を育て上げた母親は、本当に苦労しただろう。不発弾でサッカーを始めるようなバカどもに、上司の命令を聞けるほどの知性を与えたもうた。
「女神のような行いだ。あるいは、暴力を伴う露骨な躾けでもしていたのかもしれないな……地球には素晴らしい女性が五万といるもんだよ」
無駄口を叩きながらも、指は動いていた。『彼』に連絡を入れる―――かつての敵、かてつの友、今は……何だろうか?
……友人だったこともあるし、殺し合ったこともあるから……親友だな!!
『―――オレだ。誰だ?』
バカみたいな返事が端末から聞こえて来た。そんな受け答えなんて、まともなビジネスマンとしては失格モンだが……まあ、素早くこの暗号通信に出てくれたことは感謝したいもんだ。
ヤツは、何だかんだ言っても、ジオン軍の暗号を忘れちゃいない。少しは未練があるのだろうか、ジオニズムに?
まあ、今はそんなことはどうでも良かった。必要なのは、ヤツの政治観についての議論じゃなくて、単純な手助けだ。
「……オレよ、オレ」
『……アホみたいな返事をしやがる』
「ハハハ!……お互いサマだ。まあ、オレが誰かなんてことは、想像ぐらいついているだろ?」
『アフリカのアホか』
「そうだよ、ニューホンコンのマヌケ」
『死ね』
「いつかな。ヒトは死亡率100%の生き物なんだってこと、知ってるか?」
『……それを乗り越えるヤツも、科学は生み出すかもしれんぞ』
「ハハハ。マジかよ。お前も冗談を覚えたんだな」
『……地球人はユーモアあふれるヤツが多くてな。貴様のように見ているだけで笑える男も少なくない』
「そいつは良かったじゃないか。良き出会いにあふれる日々を過ごしているようで、本当に嬉しいよ、親友」
『誰と誰がだ』
「お前とオレだろ?……楽しかっただろ、オレと殺し合っていたの。陸戦型ガンダムを壊した時、背筋に快感が走ったんじゃないか?」
『ガンダムもどきを壊したぐらいでは、大した感動を得られんな。その直後に、オレは愛機をどこかのバカの罠にハメられて失った』
「素敵な思い出だな。セピア色の青春ってヤツ?ヒロインはいないが、モビルスーツと厳ついパイロットで一杯。ほんと、サイテーの場所だぜ、戦場ってのはよ?」
『……そろそろ切っていいか。オレは忙しいんだ』
「おいおい、待てよ。オレだって、忙しいんだよ」
『ふん。今度は、一体、何をやらかしたんだ』
「いい勘しているなー。オレちゃんみたいな善良な男が、トラブルに巻き込まれているって分かるなんて?強化人間にでもされちまったのかい、ホンコン人に?」
『……トラブルに巻き込まれなければ、オレになど連絡を入れたりはしないだろう』
ああ、なんとも友だちの少なそうなヤツの発想だな。モビルスーツで殺し合うのが大好きっていう、奇特な性癖のオッサンが、豊かな社交性を持っているわけないか。当然のことだな。
『何故、黙る』
「……ちょっと、お前の私生活を想像して、笑えて来てな―――」
―――通信が途絶した。
ヤツめ、ちょっとしたユーモアを理解しないヤツだ。再び、通信を試みる。今度は一分ぐらいかかって、通信は再び両者をつないだ。
『……何だ?殺されたいのか?』
「お前にならな。でも、オレみたいな腕のいいパイロットを、他のヤツに殺されたくないだろ?オレとお前なら、アムロ・レイも殺せるぐらいには、腕がいいだろ?」
『……どういう状況だ』
「アフリカでの小遣い稼ぎがバレちまってな。オーストラリアに逃げたんだよ」
『夜逃げか。クズ野郎だな』
「マフィアの襲撃部隊なんてやっている男に言われたくはないぞ?」
『ルオ商会は一流企業だ。地球の支配者だよ。社会の広範に経済的な豊かさと、秩序を与えている』
「……そうかもしれないが……」
『オレはちゃんとした上流階級で、責任ある仕事をしている。お前みたいな夜逃げ野郎とは、天と地の差だな』
「うるせえ!!いいか?お前みたいな殺人鬼に、オレのちょっとした小遣い稼ぎを非難される覚えはないからな!!」
『……切るぞ』
「ああああ、ちょっと待て!?……まったく、お前が絡んでくるから、ついつい無駄口叩いちまう」
『オレのせいではない。お前がバカで愚かで、おしゃべりクソ野郎なのはな……』
「たしかになー……って、いい加減、ハナシが進まねえだろ?」
『……用件を言え』
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