ACT056 『やさしいヒトの遺言・その2』
ジュナ・バシュタ少尉は、疲れ切った体をシャワーで冷ましていた。
訓練のし過ぎなのは明白で、体重が3キロも落ちている。元々が絞られた体だが、さらにその肉体は筋肉の起伏をハッキリと浮かばせるようになっていた。
「……また女にモテちまうな。女って、女の筋肉も好きだよな……とくに、女が好きな女の半分ぐらいは……」
自分の求愛に答えてくれる女は、そういう存在ばかりだった。ジュナのような女戦士然として姿をしていれば、それも当然のことではあるが……。
だが、女を抱く気にはならなかった。レズってる場合じゃない。今は……より己をパイロットとして高めなければならない時期だ。
強くなっている。確実に、強くなった。中の上の強さから、少しだけ上昇に修正してもらってもいいぐらいには……。
それでも。アムロ・レイには遠く及ばなかった。訓練は途中で終了させてもらったが、あのままでは自分が負けていたことを、彼女は理解している。
νガンダムのバリア的なフィールドを発生させたファンネル……あれは、全てではなかったのだ。
他のファンネルは、守りではなく、攻撃のために動いていた。ナラティブガンダムを取り囲むように、コッソリといつの間にか位置取っていたのである。
あのまま戦いを続けたとしても、ファンネルによる攻撃を浴びた。そのまま沈められたかもしれないし、それで沈めなかったとしても、至近距離でアムロ・レイの乗るνガンダムに襲われることになった。
勝てるワケがない。ナラティブ本体は、基本的には貧弱な装備なのだ。νガンダムと格闘戦をすれば、同じ能力の乗り手でも絶対に勝てない。
それが、はるかに向こうが格上だというのなら?……どうあっても、勝てる見込みはゼロだった。
それでも。口惜しさを感じていない。男に負けるのは嫌いだったが……アムロ・レイはさすがに男女のべつなく、バケモノ過ぎた。
ムチャクチャだ。ニュータイプ能力を使わなかったとしても、凄まじい強さを発揮している……。
「…………それに。意外と、やさしい声をしていやがったよな…………」
アレは、自分の妄想や願望なのだろうか?……しばらく考えているが、判断はつかない。
だが、彼は……謝ってくれたので。自分の魂が、少しだけその行為で救われているような気がする。
いや、自分だけではない。オーガスタ研究所……あそこと、あそこ以外のニュータイプ研究機関。
ティターンズは、ヒトをヒトとも思わないような人体実験をしていたのだろう。日本にもムラサメ研究所だとかいうのがあった気がする。
いや、あんなのは、どこでも同じコトだろう。子供たちを対象にして、非道な実験が繰り返されていた。世界のあちことで!!
アムロ・レイが子供ながらに、ガンダムなんていうモビルスーツを乗り回して、大きな軍事的成果を上げたからだ。
『力』に固執していたティターンズのクズどもは、アムロ・レイの代わりを、幼い子供たちの中から見出そうとしたのだ。
「……全ての元凶ってのは、言いすぎかも知れないけどよ、アムロ・レイさん……アンタの存在は……私たちの人生を歪めたんだ。おそらく……ジオン側の連中も、アンタのあり得ない強さを知らなければ……ニュータイプや強化人間なんかを、今ほど求めなかったんじゃないのかな…………アンタがさ…………アンタが、悪いワケじゃ……ないけどね」
冷たいシャワーを浴びながら、言いたかったのか、それとも言いたくなかったのかも分からないセリフを口にしていた。
アムロ・レイを許すための言葉。
自分たちの災いの原因ではあった男。神さまみたいな力で、地球を救ってくれたのに―――私たちは救ってくれなかった、ホンモノのニュータイプ……。
許すための言葉を口にしながらも、目の端からは熱い涙が湧いてくる。冷たいシャワーの流れでも、その熱さを消し去ることは出来ないでいるのだ。
何故、泣いているのだろうか?
いや、この涙の理由は分かるさ……アムロ・レイ。お前に対する弔いの感情が、コレになっている。
そして、一種の口惜し涙ってヤツさ。なあ、いいかい、アムロ・レイ?生きているお前に会って……疑問をぶつけてみたかったよ。
お前には酷な質問になるが、訊いてみたかった。
お前の『代わり』を作るために、大勢の子供たちが消費された。頭を開かれ、脳をいじくられ。インプラントを突っ込まれて、薬物で細胞レベルで汚染され、肉体と精神の変異を強制されて来たわけだけど……。
それについて、どう思う……?
……そんな、残酷極まる質問をしたとしてさ―――もしも、さっきの幻聴みたいな言葉を、答えを、アンタがくれたとすれば……。
私は、きっと……アンタを今よりもっと許せる気持ちになっていたよ。
私はそうなりたいと願っているんだ。
それなのにさ?……アンタは、アクシズと一緒になって、何処か遠くへ行ってしまったんだ。私は、長年の疑問を、幻想のアンタにしか問いかけられない。
そして、幻想ではね……偽物の『奇跡の子供たち』でしかない、私なんかではさ?
……たとえ、そんなやさしげな言葉を聞いたとしたってね……信じてやれることが出来ない。
幻聴なのか、それとも自分の中に少しぐらいはあるのかもしれないニュータイプとしての力による、ホンモノのアンタの言葉なのか、区別がつけられやしないんだからさ……。
多分。アンタは、嘘をつかないだろう。
シャア・アズナブルは、どこか嘘っぽさを感じるけれど、アムロ・レイ。
アンタは、アレよりも、ずっとシンプルで、正直な生きざまをしていた男だもんな……。
「……とにかく。もっと、長生きして欲しかった……私と会って欲しかった。そして……亡くなっていった、みじめで悲しい子供たちに……言葉を、くれて欲しかったんだ。可能であれば……さっきみたいにさ……とても、やさしい言葉をくれないか?……アムロ・レイ……」
シャワールームの壁に、ジュナは額を押し付けながら……死した者たちへの祈りを、心のなかでつぶやいていた。
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