9話 ロベリアの蛹
僕は喉が切れてしまうほどの勢いで呼号した。
しかし、それは単なる錯覚であり、実際には力なく声を張り上げていただけに過ぎなかった。
喉に意識を移してもほとんど痛みはないし、声もそれほど反響していない。
ここは――、自分の部屋だ。
人の気配を感じて辺りを見回すと、幼馴染みであるジョルノ・フェッド、先ほど緊迫の聴取を行っていたテッラシーナという若い衛兵、その衛兵越しにいる恋人のティノ・カルネヴァルが目を丸くして僕に視線を注いでいた。
「おいグロム、大丈夫か?」
ベッドのすぐそばに立つフェッドが僕を見下ろしながら尋ねる。
「あ、あぁ、僕はいったい? ……どうしてジョルノやティノ、それに衛兵さんがここに?」
僕は不安に駆られ、部屋に足を踏み入れている者たち一人一人に視線を散りばめる。
「突然お前が倒れたんだよ。玄関の扉をバンッと開けてながらな」
「体温が急上昇しており、呼吸も荒くなっていたため、私とフェッド君で君をこの部屋に運びました。そして、容体が落ち着くまで介抱したのです」
フェッドと衛兵テッラシーナが僕の身に何があったのかを順次説明してくれる。
つまり、先ほどまで見ていたのは“本当の夢”だったということか。
すると、話を聞いたカルネヴァルが大きく息を吸いながら眉を上げた。
「すみません! 私ったら、グロムを助けてくれたことを知らずに……」
「いえ、いいんですよ」
カルネヴァルがテッラシーナに深々と頭を下げる。
彼女は僕の部屋から出てくる衛兵と鉢合わせになり、僕が横暴な調査をされていると勘違いしてしまったらしい。
ダビルにナンパされていたころのか弱い彼女はどこへ行ってしまったのだろうか?
――いや、もともとカルネヴァルはか弱くなんかないのだ。
不意に不快なイメージが脳裏に浮かび、思わず切歯扼腕する。
抑えろ、今は抑えるんだ!
「あぁ、助けてくださりありがとうございます……」
僕はこみ上げる怒りと強い不安と闘いながらテッラシーナに礼を言う。
非常にまずい――!
衛兵の目と鼻の先にはベッドサイドテーブルがある。
その一番下の棚には例の血濡れた写真が入っているのだ。
これがやつに見られれば、僕は投獄される!
「おいおいグロム、僕も一緒にお前を助けてやったんだぜ? 僕に礼はないのかよ」
フェッドの気さくな語りかけによって現実に引き戻される。
「はは……、ジョルノもありがとうな」
僕は無理やり笑おうとした。
胸の鼓動は夢の中よりもはるかに早くなっている。
とっととみんなこの部屋から出て行け――。
少なくとも、衛兵だけは今すぐに消え去れ!
すると、なぜかテッラシーナがこらえ笑いを始めた。
いったい何がおかしいんだ!
まさか、気づいたのか!?
再び息が苦しくなる。
しかし、テッラシーナが僕を詰問するようなことはなかった。
「それでは、今度こそ本当に失礼いたします」
衛兵がそう言うと、やや忙しない様子でくるりと背を向ける。
帰るのか? さっきの笑いは何だったんだ!?
僕はさらに不安になる。
だが、それ以上に最大の脅威が立ち去ることに安堵した。
思わず笑みをこぼしてしまう。
フェッドもカルネヴァルもテッラシーナを見ていたことが幸いだった。
「衛兵さん」
僕は無意識のうちにテッラシーナを呼び止めていた。
そうすべきでないことはわかっている。
しかし、僕は何か大きなものに勝利した気になっていた。
そして、僕はそれを誇らずにはいられなくなっていたのだ。
醜き敗者が間抜けな面持ちでこちらを振り返る。
「ありがとうございました」
僕の口から発せられた言葉は感謝の言葉だった。
けれども、包含する意味はまったく異なるものだ。
もうここに来るな。もう会わないぞ。
そんな意志が最後の言葉に含んでやった。
同時に、僕が昨日までの自分とは完全に違っていることに気づいた。
今の僕は一切が悪に染まっている。
「いいえ、お体に気をつけてくださいね」
鈍臭い衛兵は不要な助言だけを与えて部屋を出て行った。
横目でベッドサイドテーブルに置かれている一輪のホタルブクロを見やる。
この哀れな花は今までの自分だ。
僕のもっていた良さや美しさはすべて失われた。
今僕が有しているのは悪だ、混沌だ。
つまり僕は蛹なのだ。
蛹の中身では、体の構造を作り直すために、体のほとんどをどろどろに溶かしているらしい。
僕はまさしく罪を隠ぺいする蛹なのだ。
僕は一生蛹のままでいるのだ。
僕が成虫に羽化するということは、僕の卑劣な犯罪が明らかにされ、誰にも顔向けできなくなり、死ぬまで孤独に生きるということなのだから。
絶対に真っ黒な羽を外界に晒しはしない。
僕の秘密と緋色の写真は蛹の中に隠して墓場まで持っていってやる。
僕は堅い蛹のまま生涯を終えるのだ。
僕にはもう、愛も、友情も、正義もない。
だから僕には凡人にはできないことができる。
それは欺瞞だ。
僕はその資格をありがたく行使させてもらう。
欺いてやるのだ。
気さくな友人も、裏切りの恋人も、正義の衛兵も、愚かなる全員をだ!
しかし、それは単なる錯覚であり、実際には力なく声を張り上げていただけに過ぎなかった。
喉に意識を移してもほとんど痛みはないし、声もそれほど反響していない。
ここは――、自分の部屋だ。
人の気配を感じて辺りを見回すと、幼馴染みであるジョルノ・フェッド、先ほど緊迫の聴取を行っていたテッラシーナという若い衛兵、その衛兵越しにいる恋人のティノ・カルネヴァルが目を丸くして僕に視線を注いでいた。
「おいグロム、大丈夫か?」
ベッドのすぐそばに立つフェッドが僕を見下ろしながら尋ねる。
「あ、あぁ、僕はいったい? ……どうしてジョルノやティノ、それに衛兵さんがここに?」
僕は不安に駆られ、部屋に足を踏み入れている者たち一人一人に視線を散りばめる。
「突然お前が倒れたんだよ。玄関の扉をバンッと開けてながらな」
「体温が急上昇しており、呼吸も荒くなっていたため、私とフェッド君で君をこの部屋に運びました。そして、容体が落ち着くまで介抱したのです」
フェッドと衛兵テッラシーナが僕の身に何があったのかを順次説明してくれる。
つまり、先ほどまで見ていたのは“本当の夢”だったということか。
すると、話を聞いたカルネヴァルが大きく息を吸いながら眉を上げた。
「すみません! 私ったら、グロムを助けてくれたことを知らずに……」
「いえ、いいんですよ」
カルネヴァルがテッラシーナに深々と頭を下げる。
彼女は僕の部屋から出てくる衛兵と鉢合わせになり、僕が横暴な調査をされていると勘違いしてしまったらしい。
ダビルにナンパされていたころのか弱い彼女はどこへ行ってしまったのだろうか?
――いや、もともとカルネヴァルはか弱くなんかないのだ。
不意に不快なイメージが脳裏に浮かび、思わず切歯扼腕する。
抑えろ、今は抑えるんだ!
「あぁ、助けてくださりありがとうございます……」
僕はこみ上げる怒りと強い不安と闘いながらテッラシーナに礼を言う。
非常にまずい――!
衛兵の目と鼻の先にはベッドサイドテーブルがある。
その一番下の棚には例の血濡れた写真が入っているのだ。
これがやつに見られれば、僕は投獄される!
「おいおいグロム、僕も一緒にお前を助けてやったんだぜ? 僕に礼はないのかよ」
フェッドの気さくな語りかけによって現実に引き戻される。
「はは……、ジョルノもありがとうな」
僕は無理やり笑おうとした。
胸の鼓動は夢の中よりもはるかに早くなっている。
とっととみんなこの部屋から出て行け――。
少なくとも、衛兵だけは今すぐに消え去れ!
すると、なぜかテッラシーナがこらえ笑いを始めた。
いったい何がおかしいんだ!
まさか、気づいたのか!?
再び息が苦しくなる。
しかし、テッラシーナが僕を詰問するようなことはなかった。
「それでは、今度こそ本当に失礼いたします」
衛兵がそう言うと、やや忙しない様子でくるりと背を向ける。
帰るのか? さっきの笑いは何だったんだ!?
僕はさらに不安になる。
だが、それ以上に最大の脅威が立ち去ることに安堵した。
思わず笑みをこぼしてしまう。
フェッドもカルネヴァルもテッラシーナを見ていたことが幸いだった。
「衛兵さん」
僕は無意識のうちにテッラシーナを呼び止めていた。
そうすべきでないことはわかっている。
しかし、僕は何か大きなものに勝利した気になっていた。
そして、僕はそれを誇らずにはいられなくなっていたのだ。
醜き敗者が間抜けな面持ちでこちらを振り返る。
「ありがとうございました」
僕の口から発せられた言葉は感謝の言葉だった。
けれども、包含する意味はまったく異なるものだ。
もうここに来るな。もう会わないぞ。
そんな意志が最後の言葉に含んでやった。
同時に、僕が昨日までの自分とは完全に違っていることに気づいた。
今の僕は一切が悪に染まっている。
「いいえ、お体に気をつけてくださいね」
鈍臭い衛兵は不要な助言だけを与えて部屋を出て行った。
横目でベッドサイドテーブルに置かれている一輪のホタルブクロを見やる。
この哀れな花は今までの自分だ。
僕のもっていた良さや美しさはすべて失われた。
今僕が有しているのは悪だ、混沌だ。
つまり僕は蛹なのだ。
蛹の中身では、体の構造を作り直すために、体のほとんどをどろどろに溶かしているらしい。
僕はまさしく罪を隠ぺいする蛹なのだ。
僕は一生蛹のままでいるのだ。
僕が成虫に羽化するということは、僕の卑劣な犯罪が明らかにされ、誰にも顔向けできなくなり、死ぬまで孤独に生きるということなのだから。
絶対に真っ黒な羽を外界に晒しはしない。
僕の秘密と緋色の写真は蛹の中に隠して墓場まで持っていってやる。
僕は堅い蛹のまま生涯を終えるのだ。
僕にはもう、愛も、友情も、正義もない。
だから僕には凡人にはできないことができる。
それは欺瞞だ。
僕はその資格をありがたく行使させてもらう。
欺いてやるのだ。
気さくな友人も、裏切りの恋人も、正義の衛兵も、愚かなる全員をだ!
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