旅立ち
失望の中、諸悪の根源であるケイン討伐の話が出た時、心の渇きに潤いを感じたと話した。
「シャールちゃん、悪かったね。関係のない人間を一方的に殺してしまったパジャの罪は俺も背負う。代わりに、少佐だけは必ず取り返す。たぶん、魔術師の命で彼は回復するはずだから」
そして、それが言葉通りになろうとした時、再び大きな揺れに襲われた。
※※※
「シャール! ハンク! いるなら、返事をしなさい!」
シャールの意識が覚醒する。
聞き覚えのある声は、とても切羽詰まった、焦りが感じられる。
聞き覚えがあるということは、見知った人の声なのだ。
そんな人に、こんなつらい感情が滲み出る声をださせてはいけない。
シャールは重い瞼を必死にあけたが、そこは闇の中だった。
どこからともなく呻き声が聞こえてくる。
ギシギシと軋む音、何かがガラガラと落ちていく音。
それだけでただごとではないとわかった。
そんな状態でもシャールの身体に異変はない。
当然である。
ハンクが身を挺して庇っていたからだ。
「ハンクさん……ハンクさん!」
闇の中でも彼の姿がわかったのは、彼の白い体毛が闇の中で映えていたから。
「シャール? 無事か?」
「はい。ハンクさんのおかげです。でも、これはいったい?」
少しすき間があり、体を起こそうとしたが、ハンクに止められる。
「そのまま動くな。車体がこれ以上落ちたら、救出が困難になる」
「車体が……落ちる?」
そういえば、いつこっちに戻ってきたのだろうか、シャールは記憶の整理をしてみるが、戻ってきたという記憶はない。
「あの」
「ん?」
「私たち、少佐の身体が蔦に絡まって囚われていた部屋で、魔術師と対峙しましたよね? いつ戻ったんですか?」
「……? 夢でも見ていたのか?」
「え?」
「想定外の霧発生で汽車は緊急停止。直後、地盤の地響きがして、地中から出現した蔦に引きずられ、落下中だ。地響きの時にかなりの落下と揺れがあり、床に叩きつけられたお前はそのまま気を失った。で、いま、頭上で聞こえる声は……」
「ライザさん……ですよね?」
「ああ。時折、明かりが点滅しているのがわかる。近くまで来ているんだろう。大人しくあちらが来るまで待つんだ」
その後、ハンクの言った通り、救出に来ていた軍によりシャールを含め乗客が救出されるが、先頭車両は地中に落下し大破、そこにいた人たちは助からなかったらしい。
ハンクは擬神兵の力を使い、落下阻止などに尽力したことを理由に、監視付きの解除となった。
これでシャールとハンクは誰かに見張られることなく、旅を続けることができる。
ただひとつ違ったのは、ライザの同行だった。
もともと途中から合流することになっていたが、軍人が同行者にいた方が便宜が図れるし便利だからと押し切ったかたちになっているが、本音はただただシャールのことが気がかりなのだろう。
「あの……」
シャールたちは近くの町で治療を受け、そこから改めての旅立ちとなったのだが、シャールにとっては夢物語とは思えないほど、リアルな経験だったのだ。
夢ではないと二度ほど主張をしたが、そんなことがあるわけがない、それこそショックで混同しているのだと診察をされ、入院が長引いた。
だから口にしてはいけないのだと思いつつも、やはり気になる。
すると。
「シャールの気にしていることはわかる。霧のこと地盤の揺れ、これらは異常現象とかケインの仕業とか、擬神兵の仕業とかいろいろ憶測が飛んでるけど、どれも信ぴょう性がないの。でも、シャールが夢と現実が混同してしまっているのは、たぶん、地中で発生していたガスのせいかもしれないわね。実は、ほかにもいるのよ。シャールと同じようなことを言っている人が。そのひとりが少佐なのよ。軍管轄の病院で徹底的に検査されるみたいよ。でも、笑っちゃうのよ。率先して救出に向かった彼、途中で蔦に絡まって宙刷り状態。助けてともいえずに、半時ほどそのままぶら下がっていたのよ」
シャールにはその光景が最後に見た光景に似ていて、やはり夢ではないような気がしてならない。
そんなシャールにハンクは、
「安心しろ。俺もこの世のものとは思えない展開の夢を見た。中毒ガスで幻覚を見るというのは別に不思議ではない」
といい、軽く肩を叩いた。
詳しくは語らないが、ハンクもまた、わずかに気を失っている間に非現実的なものを見たのだろう。
それがシャールと同じとは限らないが。
そして思う。
人が神の域に達するようなことは決してしてはいけないし、できないだろう。
もしそれをしてしまえば、神の裁きを受けることになる。
ケインのしていることはそれに反するといってもいいのかもしれない。
そして願わくば、神の域を越えようとも、擬神兵となった者たちが狂ってしまうことのない治療薬、もしくは人に戻ることを赦してほしいと。
そんな願いを持っていたからだろう、あのような幻覚という名の夢を見てしまったのは……
霧が人型となり、旅立つ三人を見送っていたことなど、彼らは知らない。
完結
「シャールちゃん、悪かったね。関係のない人間を一方的に殺してしまったパジャの罪は俺も背負う。代わりに、少佐だけは必ず取り返す。たぶん、魔術師の命で彼は回復するはずだから」
そして、それが言葉通りになろうとした時、再び大きな揺れに襲われた。
※※※
「シャール! ハンク! いるなら、返事をしなさい!」
シャールの意識が覚醒する。
聞き覚えのある声は、とても切羽詰まった、焦りが感じられる。
聞き覚えがあるということは、見知った人の声なのだ。
そんな人に、こんなつらい感情が滲み出る声をださせてはいけない。
シャールは重い瞼を必死にあけたが、そこは闇の中だった。
どこからともなく呻き声が聞こえてくる。
ギシギシと軋む音、何かがガラガラと落ちていく音。
それだけでただごとではないとわかった。
そんな状態でもシャールの身体に異変はない。
当然である。
ハンクが身を挺して庇っていたからだ。
「ハンクさん……ハンクさん!」
闇の中でも彼の姿がわかったのは、彼の白い体毛が闇の中で映えていたから。
「シャール? 無事か?」
「はい。ハンクさんのおかげです。でも、これはいったい?」
少しすき間があり、体を起こそうとしたが、ハンクに止められる。
「そのまま動くな。車体がこれ以上落ちたら、救出が困難になる」
「車体が……落ちる?」
そういえば、いつこっちに戻ってきたのだろうか、シャールは記憶の整理をしてみるが、戻ってきたという記憶はない。
「あの」
「ん?」
「私たち、少佐の身体が蔦に絡まって囚われていた部屋で、魔術師と対峙しましたよね? いつ戻ったんですか?」
「……? 夢でも見ていたのか?」
「え?」
「想定外の霧発生で汽車は緊急停止。直後、地盤の地響きがして、地中から出現した蔦に引きずられ、落下中だ。地響きの時にかなりの落下と揺れがあり、床に叩きつけられたお前はそのまま気を失った。で、いま、頭上で聞こえる声は……」
「ライザさん……ですよね?」
「ああ。時折、明かりが点滅しているのがわかる。近くまで来ているんだろう。大人しくあちらが来るまで待つんだ」
その後、ハンクの言った通り、救出に来ていた軍によりシャールを含め乗客が救出されるが、先頭車両は地中に落下し大破、そこにいた人たちは助からなかったらしい。
ハンクは擬神兵の力を使い、落下阻止などに尽力したことを理由に、監視付きの解除となった。
これでシャールとハンクは誰かに見張られることなく、旅を続けることができる。
ただひとつ違ったのは、ライザの同行だった。
もともと途中から合流することになっていたが、軍人が同行者にいた方が便宜が図れるし便利だからと押し切ったかたちになっているが、本音はただただシャールのことが気がかりなのだろう。
「あの……」
シャールたちは近くの町で治療を受け、そこから改めての旅立ちとなったのだが、シャールにとっては夢物語とは思えないほど、リアルな経験だったのだ。
夢ではないと二度ほど主張をしたが、そんなことがあるわけがない、それこそショックで混同しているのだと診察をされ、入院が長引いた。
だから口にしてはいけないのだと思いつつも、やはり気になる。
すると。
「シャールの気にしていることはわかる。霧のこと地盤の揺れ、これらは異常現象とかケインの仕業とか、擬神兵の仕業とかいろいろ憶測が飛んでるけど、どれも信ぴょう性がないの。でも、シャールが夢と現実が混同してしまっているのは、たぶん、地中で発生していたガスのせいかもしれないわね。実は、ほかにもいるのよ。シャールと同じようなことを言っている人が。そのひとりが少佐なのよ。軍管轄の病院で徹底的に検査されるみたいよ。でも、笑っちゃうのよ。率先して救出に向かった彼、途中で蔦に絡まって宙刷り状態。助けてともいえずに、半時ほどそのままぶら下がっていたのよ」
シャールにはその光景が最後に見た光景に似ていて、やはり夢ではないような気がしてならない。
そんなシャールにハンクは、
「安心しろ。俺もこの世のものとは思えない展開の夢を見た。中毒ガスで幻覚を見るというのは別に不思議ではない」
といい、軽く肩を叩いた。
詳しくは語らないが、ハンクもまた、わずかに気を失っている間に非現実的なものを見たのだろう。
それがシャールと同じとは限らないが。
そして思う。
人が神の域に達するようなことは決してしてはいけないし、できないだろう。
もしそれをしてしまえば、神の裁きを受けることになる。
ケインのしていることはそれに反するといってもいいのかもしれない。
そして願わくば、神の域を越えようとも、擬神兵となった者たちが狂ってしまうことのない治療薬、もしくは人に戻ることを赦してほしいと。
そんな願いを持っていたからだろう、あのような幻覚という名の夢を見てしまったのは……
霧が人型となり、旅立つ三人を見送っていたことなど、彼らは知らない。
完結
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