第九話 怪盗猫は警官が嫌い。
仲良しコンビの人間の方は、猫っぽいヤツを女子高生の元に残して自転車をこいだ。ジムでエアロバイクには乗っていたが、動く自転車は久しぶりだった。なかなかに、楽しい。
赤を基調としたシャーロット号は、並みの自転車の3倍速く……というワケには行かなかったが、すぐに自宅へと戻ることが出来た。
そのまま、ガレージの近くに自転車を置くと、やたらと姿勢のいい走り方でバス停へと向かう。陸上部のエース・ランナーであった、竜司から習った走り方だ。背筋を伸ばして、バランス良く。動きのムダを排除して、骨盤や背骨までも意識するように―――。
―――サクラの花片が風に舞う場所を、雨宮蓮は走り抜ける。心地よい運動だった。学生靴で走るのには、少しばかり足が痛むが……竜司が学校指定の靴を好まない理由が分かる気がする。
素早く道を駆け抜けて、蓮はモルガナと城ヶ崎シャーロットが待つバス停まで帰還する。
城ヶ崎シャーロットは、そのランに対して拍手を持って出迎える。
「おー。いい走りだったねー」
「……当然だ」
「あはは。レンレン、走るのに自信があるんだ?陸上部?」
「陸上部のエースに、習ったことがある」
「レンレンそのものは、陸上部では無いんだー」
「ああ、オレは帰宅部だ」
「では、その脚の速さは、より早く帰宅を成し遂げるためのモノ?」
『……そんなバカな帰宅部があるかよ?……競技じゃないか、それじゃあ……』
城ヶ崎シャーロットの感性についていけないモルガナは、彼女の腕に捕獲されたまま、猫らしくナーゴナーゴと文句がありそうな声で鳴いている。城ヶ崎シャーロットには、その言葉を理解することは出来ない。
「……んー。何を言っているのかな、モルガナちゃん?」
「城ヶ崎に、ツッコミを入れているぞ」
「へー。私、猫さんにツッコミ入れられたんだ!……なんか、新鮮な体験だよ!」
「だろうな」
『…………なあ。お前ら、どうでもいいけど学校はどうするんだ?……いや、どうでも良くはない。学生にしては、重大事だろう?大遅刻だぞ?』
「……今の、何て言ったの?」
「一人ボケツッコミだったぞ」
「おお。モルガナちゃん、高等な話術テクニックー!!偉い子だぞー、ヨシヨシ」
城ヶ崎シャーロットはモルガナの頭をナデナデする。モルガナはまんざらそうではない表情だが、やはり、このまま蓮とシャーロットを放置しては良くないと判断する。
『……学校に行けよ?』
「ん。そうだな。城ヶ崎、次のバスは?」
「あと、30分ぐらいかなー。ミカエルの方に行くバスって、数が少ないの。学生の半分ぐらいは寮生だし。私みたいな自転車通学の子も多いからね」
『なるほど。30分かよ……蓮、学校の方に連絡を入れておいた方が良いんじゃないか?……遅刻しますって』
「そうだな。モルガナの言う通りだ」
「何を言ったの、モルガナちゃーん?」
「遅刻するから、学校に連絡を入れておくことにする」
「そ、そだねー。3年生の初日から、遅刻しちゃうなんてー……まあ、別に授業とかは無いだろうし……休むとしたら、この日なカンジ?」
『計算高いな……だが、城ヶ崎にも、連絡を入れさせた方がいいぞ。遅刻は印象が悪いし……教師たちに目を付けられては、学生生活がまた暗黒だぞ?』
暗黒の学生生活……雨宮蓮は、その言葉が持つ響きに、少し心を惹かれてしまう。怪盗団のリーダー、『ジョーカー』としては、そういう生活も悪くはない気がする。
だが……誤解とはいえ、自分は『曰く付き』の存在ではある。少年院帰りでもあるわけだ。そんな自分と城ヶ崎が一緒に遅刻?……彼女の評判を下げることにつながりかねない。それは避けるべき行いだった。
「城ヶ崎は、近所なのか?……家族がいるなら、お前だけでも遅刻しないように送ってもらえばいい」
「いやいや。私だけ連れてってもらうワケには行かないでしょ?」
「……そうか」
「そうだよ。それに、私、お姉ちゃんと暮らしているんだけど、お姉ちゃんは仕事中だし……?」
キキキキイ!
バス停の前に、パトカーが停車する。それに良い思い出の少ない蓮とモルガナの表情が一瞬で険しくなるが―――城ヶ崎シャーロットは笑顔であった。
「わーい!!お姉ちゃん、ナイスなタイミングだよー!!」
『お姉ちゃん!?……城ヶ崎の姉は……警官かよ……』
モルガナはパトカーから降りてくる、若い男女の警官コンビを睨みつける。蓮は、社交的に振る舞うために、いつものポーカーフェイスを浮かべた。雨宮蓮にとっては、これが精一杯の社会への媚びであった。
女の警官が城ヶ崎シャーロットを見つけると、はあ、とため息を吐く。
「……アンタ、何をしているのよ、こんなところで?」
「自転車で転けて、足を捻挫して、治療してもらって……今、猫さんを抱いているの」
「……要点は分かったけど、所々に脈絡がない気がするんだけど……?」
「とにかく。今、学校に遅れそう。私の足首を手当してくれた、レンレンも、遅れそうなんだ。ダブル・ピンチ」
「……ん。この子、見ない顔だけど……?……いや、あれ?どこかで見たことがあるよーな……?」
「……君。ひょっとして、アレかい?……その……ウチの署で補導されて……色々あった子かな?」
男の警官は気まずそうにしている。蓮はうなずくのみであった。
「そ、そっかー……」
「え?先輩、その子のこと、知っているんですか?」
「お前も聞いたコトあるだろ?……獅童議員の事件だよ」
「……っ!!……ああ、そ、そっか。君が、あのときの学生だったのね……」
『……警官ども、気まずそうだな。まあ、正しいコトをしたお前を捕まえて、ちゃんとした捜査もしなかったヤツらだしな!……おい、城ヶ崎じゃない方を、引っ掻いてやろうか?』
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