生じた変化の欠片
そうして、強い決意と諦観を滲ませる声で、この力を秘匿するように教えてくれた。本格的な指導が始まったのは、投影のおかげだった気がする。
結果として、あまり周りと関わらない人間になってしまったけれど。それ程気をつけなければいけないまでに、彼の魔術は異質らしい。
この投影魔術でさえ、士郎の全てではない。大元はもっと異質な力であろうと、そこまで推測してくれたのだが……。
「結局、何も掴めていないんだよな」
いまだ何も実らず。ただ漠然と続けているだけの鍛錬だ。
投影魔術を意識すると、何故か脳裏に黄金の剣が見える。だけど届かない。形を結べない。
無理に投影しても出来上がったのは、中身のないただのハリボテだった。
理想の剣の偽物だけ。そうして理想の剣をイメージし続けていると、不可思議な夢を見る事が増えた。
その度に、切嗣の手によって埋め込まれた神秘が疼く。
かつて、アーサー王が所有していたとされる。不老不死を約束する黄金の鞘の欠片が、妙に疼くんだ。
最近では毎日夢を見ている。何か運命を示すように夢を見ている。
理想を追い求める孤独な王の話と、その王の愛情を求めて足掻いた騎士の話を知っている。何故だろう。その姿を見ていると、志した理想に一つの翳りが生まれたんだ。
「…正しい道の果て」
名も知らぬ王はまさしく理想の王であった。極小の一を殺し多くの命を救う。理想の王様。夢の中で彼は願う。その重みは、あまりにも果てしなく。偽物でしかない己はやはり至れないのだと。
これが士郎に訪れた大きな変化だったのだろう。
養父から受け継いだ理想に翳りはなく。冬木の大火災で得てしまった願望は、自己の幸せを許せぬ英雄の資格は消えなくても。
「理想の偽物すら語れない俺は、どこに至るんだろうな」
理想の王の偽者として、生まれた誰かの嘆きを聞いた気がした。愛だけを求めて遂には反逆に至った、騎士の姿を夢想した。
こんな夢を見る。それでもいずれ至ろうと願って、土蔵に一本だけ残してあった。捨てきれぬ理想の残骸だった。
さあ、朝を始めよう。今日も良い天気だ。良い一日になるかもしれない。
「いただきます」
誰もいない居間で食事を摂る。適当に揃えただけの朝食だ。自分の為だけに、ちゃんとした料理をしようとは思わない。
まだ切嗣が生きていた時は頻繁に作ってたけど。今は、いっつも騒がしい姉代わりの人が来る時だけ。
それも今日はない。学校の仕事が忙しいと言っていた。最近、冬木市で行方不明者が増えているらしい。
他にこの家を訪れる人もいない。一人にも随分と慣れている。
食事を終えて、朝早くに登校した。高校で彼はお手伝い屋として動いていた。
正義の味方としての行動の一環だ。今日も頼まれ事がある。今回は生徒会からのお願いだ。
冬の寒さが厳しい早朝の内に、生徒会室につくと。
「ああ。衛宮か。来てくれたのだな」
「おはよう」
メガネ姿の真面目そうな男子生徒が迎えてくれた。彼は同学年の、柳洞 一成。あまり人付き合いの豊かではない士郎の、友達と言って良い人物である。
日々人助けに勤しむ中で、よく依頼をしてくれる相手だ。
今回は彼から、ストーブの修理を頼まれている。
「生徒会も些か予算が厳しくてな。相場通りの値段も出せんのだが、直りそうか?」
「試してみるさ。それで悪いんだが」
「ああ。邪魔をせんよう外に出ていよう」
一成が生徒会室から出たのを見てから、身体に眠る神秘を起動する。
「|同調開始《トレース・オン》」
特定のワードを呟くことで、自身に眠る魔術回路を起動する。
生命力を精製するイメージで、体内から魔力を構築し魔術を起動する。これが魔術の基本的な流れだ。
士郎が行っているのは物体の構造把握である。魔力で構造を把握するだけの術式だ。最早魔術とすら呼べない。本当に初歩的な力。彼が得意とする魔術の一つだった。
「|同調終了《トレース・オフ》」
この分だとヒューズが一本必要か。部品交換でなんとかなる範囲だ。
ドライバーなどで簡単に分解して、手早く修理を済ませた。随分と手慣れた作業である。かなりの練度を感じられる。普段から行っているのだろう。
そうして、生前の切嗣から口が酸っぱくなるほど注意されたので。意にそぐわないけれど。対価を受け取ろう。
「…ん?」
気がつけば左手から血が流れていた。修理の時にでも切ったのだろうか? 刃物は扱っていないし、引っかけた覚えもない。不可思議な出血だ。
「まあいい」
目立つので手早く処置を終えて、部屋の外で待っている一成を呼び出した。
「すまんな衛宮、対価を渡そう」
「まいど」
少なくても対価を受け取ること。これが切嗣から魔術を本格的に教わった時に、誓わされた約束事の一つ。
全てを救える正義の味方になりたい。見返りを求めることが、本当に正義の味方の行いなのだろうか。
行動が、とても現実的な在り方に変貌していた。少なからず彼の生き方に影響を与えている。
いつだって自問しながら、それでも行動は止められなかった。
結果として、あまり周りと関わらない人間になってしまったけれど。それ程気をつけなければいけないまでに、彼の魔術は異質らしい。
この投影魔術でさえ、士郎の全てではない。大元はもっと異質な力であろうと、そこまで推測してくれたのだが……。
「結局、何も掴めていないんだよな」
いまだ何も実らず。ただ漠然と続けているだけの鍛錬だ。
投影魔術を意識すると、何故か脳裏に黄金の剣が見える。だけど届かない。形を結べない。
無理に投影しても出来上がったのは、中身のないただのハリボテだった。
理想の剣の偽物だけ。そうして理想の剣をイメージし続けていると、不可思議な夢を見る事が増えた。
その度に、切嗣の手によって埋め込まれた神秘が疼く。
かつて、アーサー王が所有していたとされる。不老不死を約束する黄金の鞘の欠片が、妙に疼くんだ。
最近では毎日夢を見ている。何か運命を示すように夢を見ている。
理想を追い求める孤独な王の話と、その王の愛情を求めて足掻いた騎士の話を知っている。何故だろう。その姿を見ていると、志した理想に一つの翳りが生まれたんだ。
「…正しい道の果て」
名も知らぬ王はまさしく理想の王であった。極小の一を殺し多くの命を救う。理想の王様。夢の中で彼は願う。その重みは、あまりにも果てしなく。偽物でしかない己はやはり至れないのだと。
これが士郎に訪れた大きな変化だったのだろう。
養父から受け継いだ理想に翳りはなく。冬木の大火災で得てしまった願望は、自己の幸せを許せぬ英雄の資格は消えなくても。
「理想の偽物すら語れない俺は、どこに至るんだろうな」
理想の王の偽者として、生まれた誰かの嘆きを聞いた気がした。愛だけを求めて遂には反逆に至った、騎士の姿を夢想した。
こんな夢を見る。それでもいずれ至ろうと願って、土蔵に一本だけ残してあった。捨てきれぬ理想の残骸だった。
さあ、朝を始めよう。今日も良い天気だ。良い一日になるかもしれない。
「いただきます」
誰もいない居間で食事を摂る。適当に揃えただけの朝食だ。自分の為だけに、ちゃんとした料理をしようとは思わない。
まだ切嗣が生きていた時は頻繁に作ってたけど。今は、いっつも騒がしい姉代わりの人が来る時だけ。
それも今日はない。学校の仕事が忙しいと言っていた。最近、冬木市で行方不明者が増えているらしい。
他にこの家を訪れる人もいない。一人にも随分と慣れている。
食事を終えて、朝早くに登校した。高校で彼はお手伝い屋として動いていた。
正義の味方としての行動の一環だ。今日も頼まれ事がある。今回は生徒会からのお願いだ。
冬の寒さが厳しい早朝の内に、生徒会室につくと。
「ああ。衛宮か。来てくれたのだな」
「おはよう」
メガネ姿の真面目そうな男子生徒が迎えてくれた。彼は同学年の、柳洞 一成。あまり人付き合いの豊かではない士郎の、友達と言って良い人物である。
日々人助けに勤しむ中で、よく依頼をしてくれる相手だ。
今回は彼から、ストーブの修理を頼まれている。
「生徒会も些か予算が厳しくてな。相場通りの値段も出せんのだが、直りそうか?」
「試してみるさ。それで悪いんだが」
「ああ。邪魔をせんよう外に出ていよう」
一成が生徒会室から出たのを見てから、身体に眠る神秘を起動する。
「|同調開始《トレース・オン》」
特定のワードを呟くことで、自身に眠る魔術回路を起動する。
生命力を精製するイメージで、体内から魔力を構築し魔術を起動する。これが魔術の基本的な流れだ。
士郎が行っているのは物体の構造把握である。魔力で構造を把握するだけの術式だ。最早魔術とすら呼べない。本当に初歩的な力。彼が得意とする魔術の一つだった。
「|同調終了《トレース・オフ》」
この分だとヒューズが一本必要か。部品交換でなんとかなる範囲だ。
ドライバーなどで簡単に分解して、手早く修理を済ませた。随分と手慣れた作業である。かなりの練度を感じられる。普段から行っているのだろう。
そうして、生前の切嗣から口が酸っぱくなるほど注意されたので。意にそぐわないけれど。対価を受け取ろう。
「…ん?」
気がつけば左手から血が流れていた。修理の時にでも切ったのだろうか? 刃物は扱っていないし、引っかけた覚えもない。不可思議な出血だ。
「まあいい」
目立つので手早く処置を終えて、部屋の外で待っている一成を呼び出した。
「すまんな衛宮、対価を渡そう」
「まいど」
少なくても対価を受け取ること。これが切嗣から魔術を本格的に教わった時に、誓わされた約束事の一つ。
全てを救える正義の味方になりたい。見返りを求めることが、本当に正義の味方の行いなのだろうか。
行動が、とても現実的な在り方に変貌していた。少なからず彼の生き方に影響を与えている。
いつだって自問しながら、それでも行動は止められなかった。
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