正義の味方の本懐
同レベルの破壊力が喰らい合って、相殺するも完全には及ばず。
偽者の贋作は砕け散って、最後に残るはバーサーカーの姿であった。
「…消し飛ばせると思っていたが、粘られたか」
小さな呟きは賞賛が乗っていた。モードレッドには届いていない。
「しかし、これで詰みだな。お前達は此処で落ちる」
満身創痍のモードレッドと、倒れ伏す彼女を抱きかかえる士郎。
距離を取っていたアーチャーもダメージが感じられる。なんたる反則級の力だ。この英霊を相手に、宝具を許すべきではなかった。
最強の聖剣の破壊力は凄まじい。偽物でも解放していなければ、言葉通り全てを消し飛ばしていただろう。
敗因は二つ。モードレッドの躊躇いと、単なる出力不足である。
「接近戦で粘られたのならば、我が首も落とせたかもしれんがな」
「…結局アンタは、モードレッドを認められないのか?」
小さな士郎の呟きを受けて、ただ本音で言葉を返した。
「私は王でなければならない。認められるわけがないでしょう」
騎士王としての本音だった。災いをもたらす不義の子を、認めるわけにはいかないんだ。
「違う。人として、貴女はこの子に何も思えないのか?」
「…既に済んだ話です。意味があるとは思えない」
最早、敗走は目前と化している。せっかく命を得られたのに、幸せを見つけられたのにさ。此処で殺されてしまう。何も残せない。
「さあ、終わらせましょう。抵抗は構いませんが、苦しみを長引かせるだけですよ」
他ならない父親が、彼女の幸せを閉じてしまうのか。不義の子は報われるべきではなかったのか。
「――ふっ」
アーチャーが嘲笑する。これから行う自らの行動を、己らしくないと笑っている。ただの一度も、その宣言を己に許した事はなかった。
それでも目の前の状況を鑑みる。
少女と青年が幸せを求めて戦って、理不尽な相手に押潰された場面だ。逃走も許されない。蹂躙されて死亡するだろう。ああなんて。なんて。
正義の味方が現れるべき場面なのだろう。良いだろう。たった一度だけ、馬鹿になる時が来たのかもしれない。
「小僧、モードレッドを連れて逃げろ」
弓を解いた。素手のままで白兵戦の構えを感じる。双剣を投影しないのは、様子を窺う相手を刺激しない為だ。狙い通り彼女が襲ってこない。
状況を窺う時間を利用して、短く別れの言葉を伝えよう。
「アーチャーは?」
問うまでもない。この男が逃げるわけもない。
「私は…オレは正義の味方ごっこをさせてもらおう」
子供のように恥ずかしそうな。今にも泣き出しそうな苦渋の表情で、彼は告げた。
「それは」
言葉を噤んだ。目の前の男から出された言葉の重みを、衛宮 士郎は正しく理解出来た。
心がすり切れても、なくさなかった思い出がアーチャーにはある。
「私も恥知らずながら、成長を見せつけたくてね」
「はは。そう、か。そうだな。きっと良いと思う」
月夜の出会い。運命の夜を、彼は永劫忘れないだろう。形は違えど目の前の相手は彼にとって。
「これだけでかくなったんだ。振るわねば心残りというもの」
ならば十分だ。意地を張るには十分すぎるだろうよ。
「だが、その為にも改めて問わねばなるまい」
改めての決別を告げよう。正義の味方は此処で終わる。先行く生を進むならば、人として在り続けてもらわなければいけない。
「衛宮 士郎。貴様は己の幸せを許せるか? 誰かを愛して生きられるのか」
それは煉獄の果てから投げかけられた問いだった。見送られた者が、違う道へ進む彼へと問いかけている。
多くの者を捨ててきた。友に託された子も守れなかった。
願いは遠く。星空に手は届かない。背負う重みは、いま此処で眠る彼女の命だけだ。偽者を見続けた彼は、彼女の幸せを許したい。
「誓おう。俺は幸せになる。なってみせるんだ」
抱き寄せるモードレッドの姿を見ながら、士郎は迷わずに断言した。
誰かに愛されて手を引かれたから、きっとこの道は歩んでも良いのだと思えた。
誓いは此処に果ても見えず。その道の先は、他ならぬアーチャーだからこそ見られない。好ましくて羨ましい。
だけど、至った己も同時に誇らしく。胸を張って戯言を実行出来る。
「…素晴らしい。ならば」
目の前には想像を絶する強敵が佇んでいる。万に一つも勝機は存在しない。何時だって、そんな強敵が相手だったろう!
背に守るべき人の姿があるなら、彼はどこまでだって戦い続けられる。
永劫のその先まで、いずれ訪れる終りまで戦い続けられる。答えは得られず。やり直しも求められなかった。
あったのは、ちっぽけな少年の堪らない遊び心だけだった。
「此処は正義の味方が引き受けた。安心しろ。ヒーローは必ず勝利する者だからな」
錬鉄の英雄の背中は雄大で、その姿は確かに英雄に相応しい強さを備えている。戦い続けた男の果て。ヒーローの在り方が見られる。
「後は任せておけ」
一度だけ、自身が捨てた理想の果てを目に焼き付けて、モードレッドを抱えながら士郎が去っていた。
「さあ仕事をしよう。たった一度だけ――正義の味方を謳って戦おう」
偽者の贋作は砕け散って、最後に残るはバーサーカーの姿であった。
「…消し飛ばせると思っていたが、粘られたか」
小さな呟きは賞賛が乗っていた。モードレッドには届いていない。
「しかし、これで詰みだな。お前達は此処で落ちる」
満身創痍のモードレッドと、倒れ伏す彼女を抱きかかえる士郎。
距離を取っていたアーチャーもダメージが感じられる。なんたる反則級の力だ。この英霊を相手に、宝具を許すべきではなかった。
最強の聖剣の破壊力は凄まじい。偽物でも解放していなければ、言葉通り全てを消し飛ばしていただろう。
敗因は二つ。モードレッドの躊躇いと、単なる出力不足である。
「接近戦で粘られたのならば、我が首も落とせたかもしれんがな」
「…結局アンタは、モードレッドを認められないのか?」
小さな士郎の呟きを受けて、ただ本音で言葉を返した。
「私は王でなければならない。認められるわけがないでしょう」
騎士王としての本音だった。災いをもたらす不義の子を、認めるわけにはいかないんだ。
「違う。人として、貴女はこの子に何も思えないのか?」
「…既に済んだ話です。意味があるとは思えない」
最早、敗走は目前と化している。せっかく命を得られたのに、幸せを見つけられたのにさ。此処で殺されてしまう。何も残せない。
「さあ、終わらせましょう。抵抗は構いませんが、苦しみを長引かせるだけですよ」
他ならない父親が、彼女の幸せを閉じてしまうのか。不義の子は報われるべきではなかったのか。
「――ふっ」
アーチャーが嘲笑する。これから行う自らの行動を、己らしくないと笑っている。ただの一度も、その宣言を己に許した事はなかった。
それでも目の前の状況を鑑みる。
少女と青年が幸せを求めて戦って、理不尽な相手に押潰された場面だ。逃走も許されない。蹂躙されて死亡するだろう。ああなんて。なんて。
正義の味方が現れるべき場面なのだろう。良いだろう。たった一度だけ、馬鹿になる時が来たのかもしれない。
「小僧、モードレッドを連れて逃げろ」
弓を解いた。素手のままで白兵戦の構えを感じる。双剣を投影しないのは、様子を窺う相手を刺激しない為だ。狙い通り彼女が襲ってこない。
状況を窺う時間を利用して、短く別れの言葉を伝えよう。
「アーチャーは?」
問うまでもない。この男が逃げるわけもない。
「私は…オレは正義の味方ごっこをさせてもらおう」
子供のように恥ずかしそうな。今にも泣き出しそうな苦渋の表情で、彼は告げた。
「それは」
言葉を噤んだ。目の前の男から出された言葉の重みを、衛宮 士郎は正しく理解出来た。
心がすり切れても、なくさなかった思い出がアーチャーにはある。
「私も恥知らずながら、成長を見せつけたくてね」
「はは。そう、か。そうだな。きっと良いと思う」
月夜の出会い。運命の夜を、彼は永劫忘れないだろう。形は違えど目の前の相手は彼にとって。
「これだけでかくなったんだ。振るわねば心残りというもの」
ならば十分だ。意地を張るには十分すぎるだろうよ。
「だが、その為にも改めて問わねばなるまい」
改めての決別を告げよう。正義の味方は此処で終わる。先行く生を進むならば、人として在り続けてもらわなければいけない。
「衛宮 士郎。貴様は己の幸せを許せるか? 誰かを愛して生きられるのか」
それは煉獄の果てから投げかけられた問いだった。見送られた者が、違う道へ進む彼へと問いかけている。
多くの者を捨ててきた。友に託された子も守れなかった。
願いは遠く。星空に手は届かない。背負う重みは、いま此処で眠る彼女の命だけだ。偽者を見続けた彼は、彼女の幸せを許したい。
「誓おう。俺は幸せになる。なってみせるんだ」
抱き寄せるモードレッドの姿を見ながら、士郎は迷わずに断言した。
誰かに愛されて手を引かれたから、きっとこの道は歩んでも良いのだと思えた。
誓いは此処に果ても見えず。その道の先は、他ならぬアーチャーだからこそ見られない。好ましくて羨ましい。
だけど、至った己も同時に誇らしく。胸を張って戯言を実行出来る。
「…素晴らしい。ならば」
目の前には想像を絶する強敵が佇んでいる。万に一つも勝機は存在しない。何時だって、そんな強敵が相手だったろう!
背に守るべき人の姿があるなら、彼はどこまでだって戦い続けられる。
永劫のその先まで、いずれ訪れる終りまで戦い続けられる。答えは得られず。やり直しも求められなかった。
あったのは、ちっぽけな少年の堪らない遊び心だけだった。
「此処は正義の味方が引き受けた。安心しろ。ヒーローは必ず勝利する者だからな」
錬鉄の英雄の背中は雄大で、その姿は確かに英雄に相応しい強さを備えている。戦い続けた男の果て。ヒーローの在り方が見られる。
「後は任せておけ」
一度だけ、自身が捨てた理想の果てを目に焼き付けて、モードレッドを抱えながら士郎が去っていた。
「さあ仕事をしよう。たった一度だけ――正義の味方を謳って戦おう」
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