ACT023 『フル・サイコフレーム・モビルスーツ』
……ユニコーン・タイプとやらは、機密事項の海に潜む存在なのだろう。饒舌なサイコフレーム・フォロワーの言葉は、すぐには出て来なかった。知っているだろうに。でも、ジュナには分かっている。イーサンは、そのうちに話し始める。
色々と話し込んでいても、ブリック・テクラートが止めに来ないことが、彼を安心させてしまっている。それに……ジュナが、ミシェル・ルオと『親しい存在』だという事実も、彼の心のセキュリティを緩めてしまうと考えていた。
そして、彼女の考えは当たる。予知能力ではなく、モビルスーツに取り憑かれたエンジニアたちを観察して来た、彼女の経験値による予測の通りに。
「……ユニコーン・タイプは……どれもが皆、フル・サイコフレーム・モビルスーツと呼ぶべき存在のようです」
「フル・サイコフレーム?……つまり、全身が、それだってこと?」
「そうです。豪華な装備ですよね」
「『豪華』っていうか……サイコフレームって、そんなに量産が利く存在なの?」
「いいえ。金属の内部に、高性能のサイコミュを破壊することなく封入するなんてこと、どう考えたって手間暇かかっちゃいますよ。慎重な作業をしても、サイコミュを壊す確率は少なからずあります。ボクは作っちゃいませんけど……こんな精密過ぎるもの、どれだけのリソースを消費してしまうことやら……」
「希少なそれを、ガッツリと投入したってことね」
「そうですね。だから、おそらく数機の試作機しか作られなかったはず……」
「ユニコーン・タイプは、何機あるの?」
「……元々は、アナハイムの裏側……ビスト財団が一機。連邦軍に二機ありました。ですが、1号機と2号機は、サイコフレームの研究凍結が宣言されると同時に、封印されています」
「……だから、3号機に接触しようとしているの?」
「……ええ。そうみたいですね――――」
「―――そこから先は、私からお伝えしましょう」
「ブリックか……」
「て、テクラートさん!?あの……その……すみません!!」
エンジニアのイーサンは、ブリック・テクラートに謝罪の言葉と共にアタマを深々と下げていた。
ジュナ・バシュタはそれを細くした横目の視界の端に捉えながらも、顔そのものはブリック・テクラートへと向けていた。
「ブリック。私が言わせたんだ。彼を責めるな」
「……責めたりはしませんよ。ただ、そろそろ……私からも貴方にお伝えしておきたいことがありましてね」
「だってよ。良かったな、イーサン」
「え、ええ……それじゃあ、ボクは、そろそろ……」
「ああ。下がっておけ。ミシェル・ルオの秘書に、顔を覚えられるものじゃないぞ」
その言葉にはイーサンも、そしてミシェル・ルオの秘書である彼も表情を曇らせてしまっていた。
足早に立ち去っていくエンジニアを見送った後で、翡翠色の双眸は、ブリック・テクラートを睨みつける。
「それで。色々と無知な私に、何を教えてくれるっていうんだ、ブリック・テクラートよ?」
「……先ほどのハナシの続きですよ。まずは、そこから説明しておきたい」
「ユニコーン・タイプの三機か」
「そうです。気になるでしょうし、気にして頂かなければならないことです」
「……『不死鳥狩り』の『ターゲット』か」
「勘が鋭いようで」
「バカにするな。25年も生きて来たら、色々なことを学んでいるものだ」
「そうでしょうね……では、お伝えします。ユニコーン・タイプと言われるガンダムは、三機存在しています。高性能なフル・サイコフレーム・モビルスーツとして開発されたガンダムたちです。もちろん、試験機ですがね」
「大金かかりすぎて、量産すれば地球連邦軍も破産しかねなさそうだからな」
「……ええ。量産などすれば、そのような事態になりえますし……あんな機体が巷にあふれるようになれば、あまりにも危険でしょう」
ずいぶんと印象の悪い一角獣どもらしい。ブリック・テクラートは、おそらく自分が思っている程には、表情が顔に出るタイプだと考えてはいないようだ。眼鏡の下で瞳を嫌悪の感情に細めている美青年を見物しながら、ジュナはそんなことを考えていた。
興味はわいてくる。
ブリック・テクラートにではない。
このポーカーフェイス気取りのミシェル・ルオの秘書に、あんな嫌悪を誘発させるユニコーンどもにだ。
「ユニコーンどもは、どんな悪さをしやがったっていうんだ……?」
「……ラプラス事変の中心に、その機体は存在していました」
「……ラプラス事変ね。『袖付き』と連邦があちこちでモメていたアレか」
「そうです。ラプラスの箱が開かれ……」
「ユニコーン信者を喜ばせそうな『怪電波』が放送された。それに影響を受けたヤツは、私の知ってる限りじゃ、誰もいないけどな」
「ええ。政治的には、少しばかり影響はあるでしょうが……世界は、あんな放送があったぐらいでは変わりません」
「で?……そのモメごとに、ユニコーンが?」
「絡んでいました。ユニコーン・ガンダム。ユニコーン・タイプの一号機ですね」
「二号機と三号機もか」
「いいえ。二号機は関わりましたが……三号機は、既にロストしていました」
「既に……ロスト?」
「模擬戦闘訓練の最中に、暴走し……行方不明となっていました」
「…………っ」
ジュナ・バシュタの表情に獣の様相が浮かぶのを、ブリック・テクラートは認識する。ニュータイプの感応能力などなかったとしても、十分に伝わる。
ジュナ・バシュタは、彼が伝えにくい真実を伝える前に……真実の一端を嗅ぎ取ったのだろう。
唇が開き、獣みたいな犬歯が唇のあいだから露出する……ジュナは、怒りを帯びたような低い声で問いかけていた。
「―――誰が、その三号機に乗っていたんだよ……ッ」
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