ACT217 『業』
……オーガスタ研究所の被害者たちからすれば、ティターンズも、それを倒したエゥーゴやカラバも、今のロンド・ベルだって、どいつもこいつも憎しみ深い地球連邦軍でしかない。それが真実だった。
ミシェル・ルオが自分たちを用済みだと判断してしまえば、容赦なく殺しにかかるかもしれない…………まあ、ジュナ・バシュタ少尉がいれば、そこまではしないか?……オレちゃんは楽天的だから、そこに期待しておくとしようか……。
「ともかく、仲間同士でもめちまってもしょうがない。オレちゃんの意見は、そうなんだけどよ、どうだい、ミシェル・ルオさん?」
「……そうね。私としたことが、つい感情的になっちゃった。セックスのとき以外は、冷静になるのが私なのにね」
……セックスっていっても、レズビアンらしいから…………大尉はなんとなく対応に困り、スケベな笑顔を浮かべて状況を誤魔化していた。
「とにかく、仲良くいこうよ」
「大尉が珍しく大人だー」
「本当だな。調子に乗ってやがるんだ」
「……うるせえよ。お前らも死にたくなければ、空気読んでちゃんとチームの結束を高めておけっつーの……ダマスカスの合流まで、あと3時間だ……生存者を探しつつも、敵の襲撃に備えろ」
「生存者を探すっつーのは、分かるんすけどー」
「敵ってのは、『どっち』を指す言葉なんですかね?」
「……ちったあ、頭を使うようになったじゃねえかよ。そうだ、『敵』は二ついる。一つはターゲットであるフェネクスだ。そして、もう一つは……オレたちの競合相手である、『袖付き』……いや、ネオ・ジオンか、それともジオン共和国軍か?……とにかく、ジオン系で、ガンダムもどきに乗っているヤツだ」
「……シナンジュさ。フルフロンタルの乗っていたモビルスーツと同じような性能を持ったモビルスーツだよ。そもそもシナンジュ自体が試験機だったんだ。スペックは、同型機が存在していたとしても、かなり違って来る」
スワンソン大尉が、そう説明している。宇宙は骨折の治癒を早めるどころか遅めてしまうのだが……彼は痛み止めを多用することで肋骨の痛みを誤魔化している。無重力に浮かびながら、肩をすくめて感情を表現していた。それでも痛みを表情には現さない。
……かなり強い薬を使っちゃってさ、スワンソンくんてば。大尉はスワンソン大尉の行動に対して、そんな印象を持つが、否定的なロジックが頭のなかに浮上することはない。今となっては、少しでも使える戦力があればいい。スワンソンくんだって、死にたくはないだろうからな……。
……スワンソンの言葉につづくように、シェザール1が動いていた。ミシェル・ルオに絡まれて心に深い傷を負わされたばかりだが……それでも長年の戦場暮らしは彼に絶望に耐える力を獲得させていたのである。
イアゴ・ハーカナ少佐は語るのだ―――。
「―――我々は、フェネクスとシナンジュ、厄介な戦闘能力を有する部隊がいる宙域に入っている……ダマスカスとの合流は、遅れてはいるが……合流よりも、救助と情報収集を実行するぞ」
「乗組員は、全員死亡したのではなくて?……彼らのバイタルのモニターは途絶えているのでしょう?」
「そうだな。しかし、ここらのコロニーは、密航者も多くいるんだよ、ミシェル・ルオ」
「……密航者。なるほどね、イレギュラーな乗組員には、バイタル・サインを周囲に伝えてくれる装置なんてつけていないのね」
「……学生コロニーの抱える、社会問題の一つさ。学位は取れたが、好みの仕事があるコロニーへと渡る資金がない。そういう時は、密航をするもんだよ」
「スペースノイドならではの大冒険ね。アースノイドなんて、嵐の夜の海に、壊れかけのエンジンを積んだボートに、50人ばかし詰め込まれて、沿岸警備隊に銃撃されながら国境を越えるチャレンジしかしないもの」
「……それはそれで、壮絶そうだねえ」
「スワンソンくん、地球では、そんな経験があることは、ザラにいるんだよ。連邦軍ってのは、そういう不法移民を、モビルスーツで撃ち殺せと命じることもある。アフリカなんかでは、そんな命令もあった。人類ってのは……増えすぎているところには、増え過ぎちゃっているからね」
「……どうあれ、もしも、そんなヤツらがいるとすれば、助けてやるとしよう。宇宙での作業は、私たちにとって貴重な実戦の時間だ。行くぞ、バカ・ツインズ」
「……バカ・ツインズー」
「双子はオレたちしかいないから、すぐに分かっちまうのが辛いよな」
ジュナ・バシュタ少尉はノーマルスーツにヘルメットを被りながら、輸送船のなかを移動していく……目指すのは、格納庫だ。そこにいる、ナラティブガンダム……宇宙では、実機を動かすのは初めてになる。
シミュレーターで得た技術を、自分の心身と馴染ませるチャンスではある……救助任務は、繊細かつ重要な任務である。緊張感を有したままで、宇宙空間で作業し、経験値を獲得することが出来るのだ。いい仕事だし、やり甲斐がある。
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