ACT175 『チーム・オーガその6』
ステファニー・ルオの避難は開始された。司令室から地下へと降りる階段を駆け下りて行く。
ヒールのある靴だから、その足音は高く反響してしまう。護衛をしてくれる二人の兵士たちに注意されるかと思ったが、足音を立てないようにしろとまでは言われなかった。
兵士たちはこの通路に対して、絶対の安心感を抱いているのだろう。
ステファニー・ルオはそう分析していた。だが、彼女は自主的な行動に移った。靴を脱ぎ捨てて、無音を選ぶのだ。少しでも、敵に情報を与えたくない。
この通路にだって、ルオ商会の……ミシェル・ルオの放った暗殺者がいたとしても、まったくもっておかしくはない。
この基地を『作った』のは……その作業員を派遣したのは、ルオ商会なのだ。作業員たちを買収していれば、そこからこの秘密のルートの存在だってバレている可能性はある。
気づかれないように、情報を遮断しながらの作業を行ったハズだが、専門的な知識のある者たちならば、彼ら作業員から事情を聴取するだけで、この基地の地下構造だって知り得てしまうだろう。この世に、真の秘密など、存在してはいないのだ。
ステファニー・ルオは懐から拳銃を抜く。護衛の兵士たちは、彼女の行動に驚いたが、それを止めることはなかった。
彼女の手つきが、熟練したものだと気づいたからだろう。ステファニー・ルオもまた護身術を習っている。
拳銃も使えるし、徒手格闘術も中年女性の割りには上等な動きを発揮する。ジムにも通っているのだ。
健康維持と、心臓病の発作に備えるためと……もしも、暗殺者に襲われた時に、少しでも命が助かる確率を高めるためにだ。
赤い誘導灯の光しかない、ほぼ暗黒の世界。その狭い地下通路をしばらく歩くと、一台の小型軍用車両が見えてくる。
なるほど、この長大な地下通路を歩いて脱出するというわけではないらしい。あの小さな車を使い、地下通路を抜けるのか……そうして、基地から離れた場所に飛び出して、何事もなかったように避難を完了させる。そういうプランか。
「さあ、乗って下さい、ミセス・ルオ。このまま、地下を走り抜けますから」
「……わかったわ。安全運転じゃなくてもいいから、飛ばしてくれるかしらね?……この暗闇に長くいるのは、怖いわ。いつ天井が崩れおちてくるか、分かったものじゃないもの」
「ここの天井は、少々のことでは崩落したりはしませんよ」
「モビルスーツの攻撃は、少々のことで済むのかしらね……?」
「……そうですね。分かりました。しっかりと、つかまっていて下さい。可能な限り、スピードを上げて、この坑道を脱出するといたしましょう」
「そうしてもらえると、助かります。私は、ニューホンコンで、ティターンズの大型モビルアーマーに襲われたのよ。サイコガンダム……街が簡単に崩されてしまう光景を、私の心は、いまだに覚えてしまっているの……」
「……お察しいたします。それでは、出します」
三人を乗せた小型車両は一気に加速して、狭い坑道のなかで時速80キロ近くを出して行く。
狭い通路だからこそ、スピードを出し切った方が、かえって走りやすいのかもしれない。暗闇のなかを高速で走ることは、ステファニー・ルオを不安にはさせたが……あのまま基地に長くいては危険だ。
ミシェル・ルオの手下どもなら、大型輸送機でもあの司令部に墜落させてくるかもしれない。
アレだけの騒ぎを部下が起こすことに許容した。どんな手段を使ってでも、私のことを殺そうと企んでいることの現れでもある…………まったく、とんでもない姉妹じゃあるわね。
ルオ・ウーミンの『子』らしくはあるか…………オーガスタ研究所から、貴方が我が家に引き取られたことは、運命だったのかもしれないわね。
貴方は、たしかに、ルオ商会の後継者候補には、相応しい存在なのかもね。私よりも、間違いなく、お父さまに……ルオ・ウーミンに近しい野心と、強大な『闇』をその心に抱えているのだから―――。
「―――まったくもって……忌々しいわね」
有能な頭脳に、カリスマ性……そして、もしかしたら人類の革新とかいう存在であるかもしれない……次の世紀を生きて行くには、あまりにも相応しい存在だと、期待したことも恐れたこともあるわ。
貴方は、ルオ商会の危機を救ってくれた。経済的なリスクを把握する……ニュータイプゆえの占いなのか、たんなる経営眼なのかは分からないけれど。それでも、世界の流れを読み切る能力は持っている。
嫉妬しちゃうわね。ミシェル・ルオ。可能ならば、その能力を私とルオ商会のために使って欲しかったけれど……まあ、最初に戦いを挑んだのは、私の方か……『不死鳥狩り』?
進化したサイコフレーム?
……『シンギュラリティ・ワン/技術的特異点』?……そんなモノのために、資金と人材を費やす理由が、私のようなオールドタイプには分からないけれど……私は、それを邪魔したかった。
世界は安定しつつあるようにしか、私には見えない。だからこそ、今は……宇宙でもめ事を起こすべきじゃない。
ルオ商会の勝利は、確定的なのよ?……ただ堅実に商業的な成長を重ねるだけで、地球圏の経済的リーダーとしての地位は、決定的なものになるというのに……何故、それ以上を欲するのかしらね……貴方も、お父さまも……。
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