ACT154 『瞑想』
―――野心や欲望や愛やらが、ごちゃ混ぜになっていくニューホンコンの片隅で、ジュナ・バシュタは、欲望から距離を保った人物でいられた。ニュージーランドで習った、ヨガの一つを実践していた。
座禅を組み、ただひたすらに心を落ち着かせるのだ。その方が、体の回復は早くなり―――心や集中力の回復も同じように早くなってくれる。
……体力は回復する。
だが、興奮している脳を冷ますのは、かなり難しい。集中力は、消耗品なのだ。脳内の神経伝達物質の消耗は早い……強化人間だろうが、ニュータイプだろうが、同じコトだった。
脳を回復するために、呼吸や体の動きを用いることで、無理やりにリラックスさせるのだ。心が体を動かすように、体も心を動かすことが出来るという価値観を、ジュナ・バシュタ少尉は理解している。
呼吸をゆっくりと行い。座禅を組む。床の上に座ったまま、それを行う。頭のなかに君臨して、離れることのないヴィジョンを戦うために。
……『フェネクス』。とんでもない動きだった……光速の89%の速度?燃料では出せない。サイコフレームにモノを言わせて、物理現象を発生させている。とんでもない力だ。νガンダムもかなりのムチャだったが、光速?……これもまた、脅威的な力に他ならない。
科学が未踏の領域のスピードを、リタ・ベルナルとユニコーンガンダム3号機、『フェネクス』は獲得している。本物のニュータイプと、フル・サイコフレーム・モビルスーツのガンダムだから、あんなレベルに至れるのだろうか……。
……まあ、それはいい。本物のニュータイプとガンダムというのは、それぐらいの力を出せるものなのだろう。問題は―――それと良い勝負したようなヤツがいて、ヤツもまた『フェネクス』を狙っているという事実だった。
パイロットとしての本能が疼いてしょうがない。だから、座禅と瞑想とヨガで、その衝動を殺そうと必死になっているのだ。それは困難な作業であるが、すればするほどに、わずかずつでも確実に衝動の勢いを削いでくれる作業でもあった。
こういう地道な行いは、ジュナ・バシュタ少尉の性格には向いている。大きな才能に愛された人物ではなく、積み重ねと練度で、人並み以上を出せること……努力型という冴えない人物ではあるのだ。
しかし、モビルスーツの操縦技術の歴史は20年しかない。ジュナ・バシュタ少尉よりも若いほどなのだ。20年分の技術を学び取ることは、ジュナのような努力家には困難なことでもなかった。
オーストラリアでも模擬戦闘に、実戦……それらは、確実にジュナ・バシュタ少尉のパイロットとしての技術を向上させてもいるし、ニュータイプとしての能力も磨くことにはつながっていた。
すべきことは、すでにやってはいる。十分な下地に、突貫工事だが仮想現実を用いたハイテクニックの伝授。ニュータイプとしての能力も、これ以上は磨けない。ミシェル・ルオに会ったが、やはり、自分たちはニュータイプもどきでしかないのだ。
『ストレガ・ユニット』並みの感応波も出すことはない。お互いからニュータイプを学ぶことは、ムリなのだと、双方が理解しただろう―――あとは、宇宙という空間に出て、意識と感覚の拡張に期待するほかない。
多くのニュータイプたちが、宇宙でのモビルスーツ戦により才能を開花させていった。いや、正確には、開花させられてしまったと言った方が適切だろう。
望んだ力の使い方ではない。そうだったのだろう、アムロ・レイ?……許すつもりはないし、実際のところ、許しはしないのだが―――お前が、一年戦争の後に、引退して、ティターンズをのさばらせてしまったのは……ニュータイプとしての能力を戦争に利用するという行いに、反吐が出たからだろう。お前は……やさしいヤツだよ。やっぱりな。
……だからといって、許すことはないのだがな。無条件にヒトを許せるほどには、私は甘くはないのだ。
……出来ることは、一つだけだ。眠ること。心を落ち着かせること。そうすることで、次の戦いに備えること。あるいは、宇宙を学ぶために集中力を取っておくのだ。
少しは、ニュータイプとしての感覚を鍛えられるかもしれない、ニセモノの私は、本物よりも努力する必要が大きくなるのだろうが……。
「…………まだ、強くなる必要はある。リタよ、お前の『フェネクス』はムチャクチャだったが……そんなお前の『フェネクス』と互角の勝負をした敵がいる……そいつを、私は許してはおかない。そいつを殺さなければ……私や、私の仲間や……何より、リタ。お前のことを、そいつは殺す気がするんだ」
ニュータイプとしての勘なのか。それとも、ただの女の勘に過ぎないものなのか。判別こそ不能ではあるが……予感はするし、確信を抱ける。アレを、イアゴ・ハーカナ少佐たちは止めようとするだろう。
私しか、ナラティブガンダムのサイコキャプチャーを操れるヤツはいないのだ。私がマッチアップされるのは、どう考えてもリタの『フェネクス』なのだ。すでに決まっている―――だが、それを……あの『ガンダムもどき』は読まないのだろうか?……そんなに甘い敵ではないような気がしてならない。
あの機体とパイロットは、私の行動を即座に把握して……私を撃墜しようと動く気がするんだよ、リタ。私は、お前とヤツの二人を同時に、ナラティブガンダムを操縦することになりそうだな。
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