ACT138 『ニューホンコンに戦士は集う』
全長10キロメートルのシャトル打ち上げ用レール。一年戦争時、ジオン公国軍でさえ、その重要さから、ニューホンコンへの攻撃を躊躇わせた存在が、それである。
物資が慢性的に不足している宇宙に対して、このレールから打ち上げられるシャトルたちは、大量の物資を供給してくれているのだ。
ここが破壊されてしまえば、スペースノイド全体の生活が脅かされることにもなりかねない。
かつてのジオン公国軍は、同胞であるスペースノイドたちを敵に回さないためにも、このニューホンコンを攻撃することは出来なかったというわけだ。
そのため、ニューホンコンの経済的な発達は続き、今では地球最大の都市の一つとして規模を拡大しつつある……埋め立てられて増設された港にも、伝統的な意匠が反映されていて、アジアの歴史の継承者として、この土地は地球の経済的な中心地となっている……。
……そんな都市を表からも裏からも支配する存在が、ルオ商会であった。
表向きは地球最大の総合商社として、裏の顔は、ユーラシア大陸最大のマフィアとして、この土地を牛耳っている。
ミシェル・ルオはその裏の顔を象徴する存在として台頭し始めているが……表の顔、ステファニー・ルオは彼女の存在に対して、どんな評価をしているのか……。
密かなに緊張が張り詰めつつある、地球最大の都市、ニューホンコン。沿岸部にあるルオ商会専用の空港に、オーストラリアから巨大な輸送機が到着したのは、2時間前のことであった……。
ミシェル・ルオは、十年ぶりに再開した幼なじみに対して、満面の笑みで対応し、ジュナ・バシュタ少尉は、まったくの対極的な表情を顔に浮かべているのだ。
「……ウフフ。嫌われたものね」
「……フン」
二人は今、中世の中国の城をモチーフにした、七階建ての巨大なレストランの最上階にいた。『めでたい』とされる『赤』、それを基調に選ばれたその空間は、とても派手であるが、伝統的でもあった。
ジュナの目の前には、巨大な回転テーブルと、その上に、あふれんばかりに埋め尽くされた煌びやかな料理の数々が並んでいた……。
数時間前まで、灰色の輸送機のなかに座り、油と鉄の臭いにまみれていた自分からすれば、その色彩はあまりにも豊かで、酔っ払ってしまいそうだった。
「……さあさあ。ジュナは放っておいて、皆さん、お食事をどうぞ?……ホストの私が言うんだから、好きに始めていいのよ?」
「……そうかい。じゃあ、オレは喰わせてもらうよ」
「大尉、ずるーい!!」
「オレもだ、オレも!!姉ちゃんの不機嫌さに、合わせていたけど、腹減っちまって、もうダメだ!!喰うぜ!!」
アフリカから来た大尉と、その部下である双子たちは、目の前にある大量の料理に飛びついていた。どれから食べるべきなのか、分からない。
そもそも、伝統的な調理法で作られたご馳走の味を、彼らのような逃亡兵が知る由もなかった。
とにかく、何でもいいから食べるのだ。どうせ、どれも美味いに決まっている。高級料理店のシェフが全身全霊を尽くして、高級食材を美味いものに変えたのだから。
そう考えているだけでも、美味そうな気がしてくるし、実際、どの料理も大変に美味かった。
「……何て言うか、これほど大歓迎されると、怪しんでしまう」
「あら、イアゴ・ハーカナ少佐は、こういったアジアテイストの歓迎は嫌いなのかしらね?」
少佐は首を横に振る。
「いいや。たんに慣れていないんだ。戦場ばかりにいたからな、こんなことには、まったく慣れていない……」
「宇宙にもレストランはあるでしょうに?……それに、少佐にまで出世なされた。色々と軍閥のパーティーにも招かれたのではないかしら?」
「……いいや。招かれなかった。オレのような堅物は、世界の裏側を知るのには、きっと幼すぎて、融通が利かないと思われていたんだろう」
「いい視点ね。実際のところ、貴方の正義感は、地球連邦軍の腐敗を許さなかったでしょう。世界の裏側……嘘のない、残酷な真実の貌……そんなものを見てしまうには、貴方の心は清すぎるんでしょうね」
「よく他人であるオレのことが分かるな。それって……巫女の力かい?」
「そういうことよ。ルオ商会の特別顧問として、私の八卦は頼られているの」
「占いで……未来を知るというのか」
「『奇跡の子供たち』らしいでしょう?」
「……私たちは、ニセモノだろうが……」
ジュナ・バシュタ少尉は、ふてくされた顔でそう言った。そう言いながら、目の前に置かれていた鶏肉らしきものを、フォークで突き刺して口に運ぶ。
口惜しいけど、とても美味かった。風味もいいし、甘くて伸びるタレも、本当に美味いと来ている……鶏肉を知り尽くしたシェフの作品だろう。
でも、美味しいけど、何だかそれが返って腹立たしい。
「……食べてくれるのは歓迎ね。そうよ、ジュナ。貴方は食べなきゃならない。食べて、栄養をつけて……ナラティブガンダムに乗らなくちゃならない。それが、私たちがすべきことよ。今さらだとか、言わないでね。私にとっては、コレが最速の結果だったのよ」
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