ACT127 『ゼリータ・アッカネン』
それは22才の若い女だった。黒髪であり、右目は……赤い瞳。地球連邦軍……というか、そのタカ派組織、ティターンズから亡命してきた、地球のニュータイプ研究機関の研究者は、視神経の強化に重きを置いていたようだ。
シャア・アズナブルの動体視力を再現するために、眼球から毎日、高密度な情報を注ぎ続けた。
その結果が、あの赤い瞳だ。ゼリータ・アッカネン大尉の脳内には、高速で動き回る敵機を捕捉するための神経ネットワークが後天的に構築されたが……。
右目の眼球はその作業によるダメージを浴びて、失明してしまった。今はサイコミュを内装した義眼が、彼女の端的な顔には埋まり込んでいた。
それを見ると、エリク・ユーゴ中尉は痛ましく思うが……当人であるゼリータ・アッカネン大尉は、その右目を気に入っているようなフシが多々見られている。
カッコいいだろう?……あの独特の壊れた笑顔で、自慢気にあの右目のことを語られたことだってあるのだ。それは、彼女にとってジオンに貢献して来たことの証ではあるのだ。
それに、パイロットとしては、あの右目の圧倒的な視力と、右目の内部にあるサイコミュが送受信する情報伝達は、モビルスーツを操縦する上で、その性能を大きく向上させることにもつながるのだ。飾りではない、あの威圧的な義眼は……。
……ジオン共和国軍の現役パイロットたちの中でも、ゼリータは上位1%の操縦能力を持ち、短時間ならば、サイコミュ兵器を操縦することも可能であった。
最強のニュータイプ、シャア・アズナブルの再来とまでは言えないかもしれないが、十分な能力はあった。その精神的な未熟さが無ければ……彼女のモチーフである、ハマーン・カーンのレベルは再現することが可能なのではないかという評価もあった。
ハマーン・カーンの信奉者たちからすればれ、真のニュータイプの一人である、ハマーン・カーンと、ゼリータ・アッカネン大尉を同等に扱うことは屈辱的に映るかもしれないが……。
真のニュータイプと、人工的な模倣品である強化人間は、人工物に囲まれて暮らすほかのない、スペースノイドたちの間でも、やはり『違う存在』として認識されているのであった。
だが、エリク・ユーゴ中尉からすれば……ゼリータ・アッカネン大尉は、十分な道具であるのだ。
最強クラスのモビルスーツ・パイロットとしての強化人間。宇宙空間では、使い方次第では、絶対的な力を発揮する存在なのである。
エリクの魔法の杖は、調整装置であるヘルメットを被せられたまま、座禅を組んでいた。
もちろん、いつものように空中に浮かびながら。特殊な能力ではない。ただの無重力が成せる技であったが……。
「落ち着いたぞ。だから、そろそろ取ってくれないか、私のエリク。このヘルメットをなー!」
「いきなり語尾を大声にするのは、悪い癖ですよ、大尉?」
「……ああ。そうだった。でも……こうすると、モヤモヤした気持ちが、少しは楽になってくれるんだから、良いと思う。エリクも、そういう特徴的な語尾を使うといい!……イライラしている時、気持ちが楽になるぞ……」
「……私は、いつでも冷静なのが売りの、貴方の副官なんですからね。さあ、外しますよ……そのアタマの装置」
「そうしてくれ。これを私が取ろうとすると、プログラムのバカが怒りやがる。電流を流すんだよ。知っているか、アレは……かなり痛いんだぁ!……はははは!!」
強化人間らしいのかもしれない。この不安定な情緒は……だが、問題はない。今回も調整装置の結果は、グリーンだった。ここ最近は安定している。
だから、まったくいもって問題はない。実戦投入しても、ゼリータ・アッカネン大尉は暴走したりはしないはずよ。
エリク・ユーゴ中尉は、その白い手を使って、彼女のヘルメットを外してやった。宇宙空間に、大輪の花が咲いたかのように、黒くてつややかな髪が広がっていく……そして、愛らしく小さな顔に、強気な瞳……赤い右目、まともな左。
アンバランスで、狂っている者のみが宿すことの出来る美があるとすれば、彼女には確実にそれが存在していると、エリク・ユーゴ中尉は認識する。
美しい。恋人役にされて、恋人にしかしないことをされたとしても、許容することが叶うぐらいには……。
美しき強化人間は、ゆっくりと宇宙空間を飛んで、エリクの唇を当然のように奪う。
舌を挿入して、歯の裏を舐めて、舌を絡められる。蜘蛛が捕らえた獲物に糸を巻き付けるかのように、ゼリータは長い手脚を絡めてくる。
その舌による陵辱はしばらく続き、やがてエリクは開放された。
「……た、大尉」
「このまま、浮かびながらするぞ、エリク。私は、あの調整装置に苦しめられた。だから、今度は、愉しむべき時だろう?不死鳥狩りの前に……お前を狩るんだ」
黒い髪を振り乱しながら、狂気の戦士はそう語り、美貌を歪めるほどに笑うのだ。
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