ACT114 『ストレガ・ユニット/ジュナの猛攻』
『ネームレス2』の体が、くの字に折れ曲がる。衝撃を感じる。
手応えを感じる。だから、これは幻覚じゃない。幻覚だったとしても……問題はない。サイコスーツのおかげで、関節角度の情報までもが、私の脳内にフィードバックされているんだ。
どういう意味か?……機体が、私のカラダの延長になっている。ナラティブの手は、私の手。ナラティブの脚は、私の脚。そんな風に、自分のカラダみたいに、全てを把握することが出来てしまう。
サンドバッグを殴る時、目をつぶっていたって、殴れるでしょう?
暗闇のなかでも、ヒトってのは戦えるように出来ているのよ。
さあ、『生体ユニット』、オーガスタの残した、邪悪な遺産。私にサイコ・ジャックでも何でも仕掛けてみなさいよ?サイコスーツのおかげで、私は……ニセモノの映像を目に見せられても、戦えるわ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
ナラティブのオーバーコートが蒸気を噴きながら、獣のごとき機動性を実現している。殴り返しているのだ、『ネームレス2』に対して、殴り続けている。
回避運動を行っている『ネームレス2』にも、追撃して間合いを詰めると同時に、パンチを命中させていた。
『……おいおい、なんて動きしているんだ、姉ちゃん?』
『機体が、壊れてしまうぜ……でも、あのサイコ・ジャックが効いていない?』
「……効いているわよ。目をつむっても、頭のなかにニセモノの姿が浮かんできているんだからね」
『ハハハハ。おい、シェザール7……目を閉じているのか、お前!?』
「そうよ。拳から伝わる感触で、敵がどっちに逃げたかぐらい、分かるもんでしょ」
『分からねえって。姉ちゃんも、サイコミュ使いかよ』
『……モビルスーツの動作を、自分の運動感覚野に投影しているという形ですね。まったく、ムチャな動きだ。ムチャな動きですけど、少尉。そのまま、仕留めて下さい!!』
「オーケー!!」
ナラティブは、ますますボクサーの動きへと似通っていき、オーバーコートの装甲の硬度と、重量を武器にして拳の乱打を『ネームレス2』に打ち込んでいく。
オーバーコートの拳部分の装甲がめくれて壊れていくが―――『ネームレス2』の機体にも、同等のダメージが蓄積されていく。
スワンソン大尉が、アドバイスを叫んでいた。
『頭部を狙え!!……オレの機体が、サイコ・ジャックを受けた時……モビルスーツ内の機器は、そいつの頭部から放たれたノイズを記録している!!』
『ノイズ―――それ、感応波の干渉が起こしたモノですよ!!』
「分かった。感応波を放射する場所は、そこってことか!!」
ナラティブが大振りの左フックを放ち、『ネームレス2』の頭部に強い打撃を命中させる!!『ネームレス2』の体が、大きく揺れて……そのまま倒れていく―――。
「―――ん。あれ?……手応えが―――」
ドガアアアアアアンンッッ!!
……しまったッ!!
衝撃を浴びせられながら、ジュナ・バシュタ少尉は顔をしかめていた。
やられた。サイコ・ジャックされて幻覚を見せられていた……頭を狙うために、目を開けて、位置を確認してしまった。
そのとき、私が勝手に誤解した。体からの情報を、サイコスーツからの情報じゃなくて、自分の目を、信じてしまったのね……。
失敗であった。より精度を高めた一撃を与えようとして、ドジを踏んだ。
……コクピットブレイクを狙われたらしい。ジュナを守るナラティブの胸部装甲目掛けて、『ネームレス2』はその膝を叩き込んできたのだ。
威力が違う。ジュナはそのダメージに揺さぶられながら、材質論を頭に浮かべた。
ガンダリウム合金が入っています。ナラティブの強度もかなり高くはありますが、薄いし軽いから、防御の面では貧弱になります。更に、『フェネクス』はフル・サイコフレーム・モビルスーツですよ……。
サイコフレームという物質は、ニュータイプや強化人間の感応波を浴びたとき、その結合を深めて、硬度を増す。それこそ、ガンダリウム合金よりも、その素材としての強さは上回るわけですね。
―――フレームの、骨の硬さの違いってヤツか。重心深くにまで、染みこむみたいにダメージが伝わって来やがったぜ……。
若干の脳震とうを起こしている。マズい。動きが止まっている。衝撃で、分かる。
ナラティブは動けないだろう。そのまま、一撃もらってしまう。その一撃は、かなり鋭くて……ナラティブごと、私を、貫いてしまうぞ……っ。
『死ね!!死ね!!死ね!!死ねえええええええええええええッッッ!!!』
「……イヤだ。まだ、ホンモノのリタに、会ってないッ!!こんなところで、死んでいる場合じゃないんだ、この私はッ!!」
生きるんだ。リタに会うために。あんな機械と脳の一部で作った、冷たいリタ・ベルナルの幻影なんかじゃなくて、ホンモノの……リタ・ベルナルに!!……だから!!だから!!
「このまま、死んでたまるかあああああああああッッッ!!!」
サイコフレームを赤く輝かせて、ジュナ・バシュタ少尉は愛機に命じるのだ。『オーバーコート・フレーム強制離脱』ッ!!
シュパアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッ!!
四方八方に、ナラティブガンダムが着込んでいた、オーバーコートのパーツが吹き飛んでいく!!
追い詰められた時に、強制離脱を行うことで、周囲の敵にもダメージや目くらましを与えることが出来る。エンジニアの説明を信じていた。
宇宙空間じゃあるまいし、そんな装甲のパーツが当たったぐらいで、モビルスーツがバランスを崩したりするのか―――そんな疑問もあったが、エンジニアの熱弁を信じることにした。
そうでなければ、打撃のラッシュを浴びて、終わっていた……下手クソなパンチではあるが、硬くて、速ければ、威力はあるのだから。
吹き飛び、叩きつけられた装甲のカタマリの勢いは、かなりのものであったらしく、『ネームレス2』を怯ませることに成功していた。
ジュナは……ナラティブにマニューバを叩き込んだ。本来の姿になった細身のナラティブは、ビーム・サーベルを抜き放つ。
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