ACT100 『魔女』
スワンソンはその敵の異質性に気がついていた。戦う程に強くなっていく……成長?
いいや、目の前にいる黒いジェスタは、パイロットの技量に由来する切れ味ではなくて、機体そのものが別の存在にでもなっていくかのように、速くなっていた。
そもそも、考えてみてくれ。コイツは、砲戦仕様なんだぞ?……260ミリの大型キャノン砲を二門も両肩に装備されていて、シェザール隊仕様のジェスタとスピードで互角以上に動けるなんてことは、おかしなことだ。
OSに実装されている制御ソフトの差だとか、地上戦への適性の差だとか、色々とこうなる結果を考えてはみたが。それだけじゃ説明がつかない。
全くもって不条理だ。テクニック由来の差じゃない……コイツは、この機体は、そもそもジェスタではないのかもしれない。
スワンソン大尉の疑問は、正解していた。
『ネームレス2』は、『ネームレス1』と同様にサイコミュによる操縦システムを実装している。
感応波による、機体の操縦補正。それは手動によるマニューバの入力を、はるかに超越したスピードを機体に与えるものだ。
そして……それだけではない。『ネームレス2』は、搭乗パイロットにさえ秘密裏にされたシステムが存在している。
彼女の、微弱ながらもニュータイプとしての適性は、彼女が想像していたよりも強い影響を彼女の人生に与えていた。
『ラプラス事変』において、2機のユニコーンガンダムが見せた未知の能力は、地球連邦軍の一部に、ニュータイプを研究しなければという強迫観念を与えてもいる。
人類の可能性を見たと解釈する意見よりも、未知の脅威と遭遇してしまったという畏怖の方が強い。軍としては、それとの交戦を考える必要が急浮上した。その感情は、サイコフレームの研究を封印しただけでは拭い切れない。
かつてからありはした考え方の一つが求心力を得ていた。『ニュータイプ/強すぎる個体』は、『安全保障上の脅威になり得る』。そんな風に判断されるに至ってしまったのだ……ミネバ・ザビの願いとは裏腹に。
『ニュータイプ・キラー』とも言える、いくつかの計画に対する資本は、秘密裏にではあるが凍結状態から脱して、流動性を取り戻しているのだ。
そんな研究を主導する者たちからすれば、最適な個体が幾つか存在していた。
『ネームレス2』という希有な素材を、対ニュータイプ搭乗モビルスーツ開発の『実験材料』に選ぶことは……たしかに、理想的な選択とも言えた。
極めて機密性の高いミッションを行う特殊部隊が持つ、秘匿性。
そこに存在する、ニュータイプの片鱗を示したことのある女性パイロット。秘密の実験の被験者に選ぶには、彼女はどこまでも好都合な人材であった。
彼女のような……『ニュータイプもどき』は連邦軍には何人かいるが、それらを強化人間のように破滅的な改造処置を使わなくとも、強化人間並みの戦力に変えることが出来たなら?
……彼女は、対ニュータイプ戦闘の母として、地球連邦軍に貢献するモルモットになるかもしれない。
かつて、彼女が拒絶して、そして遠ざかろうとしていた行いは、彼女が知らぬ間に、すっかりと彼女を取り込んでいた。
パイロットに対する手術を使わない強化人間育成計画。端的に言えば……彼女は、連邦軍が抱える邪悪な秘密実験のモルモットの一人である。
『ネームレス2』に搭載されている秘密の機能は二つあった。サイコミュによる操縦補正と……オーガスタ研究所の『遺産』の一つだ。
グリプス戦役後、ティターンズの戦争犯罪人の一人として糾弾された、オーガスタ研究所のマルガ上級研究員。
彼女の非人道的な実験の数々は、戦争犯罪と呼ぶに相応しいものであり―――とくに後期の研究は暴走じみていた。
劣勢を感じたティターンズの上層部からは、強化人間の量産を促されていたが、戦場で暴走せずにモビルスーツ・パイロットとして使える強化人間の生産ペースは決して上がらなかったからだ。
オルガ上級研究員は、要求される研究結果を提出することが出来ずに苦悩していたが、実際に苦しんだのは彼女の実験材料であった、ニュータイプの資質を持つとして集められたオーガスタ研究所の子供たちである。
彼女はニュータイプが持つ脳内の固有機能の特定……というテーマで研究を進める人物であったが、ニュータイプの脳内にある器質的な変異は見つからないままだった。
ニュータイプ能力は、先天的な『進化』という現象ではないのかもしれない……。
……強化人間は神経の反射速度を向上させて作り出す。
脳を構成する神経の回路の感受性を、薬物で無理やりに向上させることで製造していた。薬物に大きく依存するが、人工的なニュータイプと言えなくはない。
だが。それは……進化というよりも、どちらかと言えば『退化』の結果ではないかとオルガは考えていくようになった。
製造して、一定の能力を出せた強化人間たちは、大脳皮質における高次の精神活動など、特別に行われていないのだ。
アレらは、たんに感情的で衝動的なのだ。
『恐怖』による敵の素早い察知、『怒り』による敵への容赦ない攻撃……『生存本能』による強い依存に……『記憶を持たないこと』による迷いの無さ。
神経の反応速度こそ上がり、それらの特製はモビルスーツを操る上では十分に有効ではあるものの……人格として評価すれば、強化人間どもは実に幼く、不安定で、理性に欠き、あまりにも感情的である。
どれだけの実験体が、自殺衝動を抑えきれずに死んで来たことやら?
……せっかく、最適な処置をしてあげても、自由を与えれば、自ずと死んでしまうのだから……やはり、あの被検体たちからは、自由を剥奪した方が効果的だったはずなのに。
腕も脚も切り落とせばいい。
そうすれば逃げることも出来ない、自殺を選ぶことも不可能だ。
いや、もっと、切除すれば効率化する。肉体を制御することは、そもそも脳への負担となっている。
肉体を制御するための神経も、その神経が接続している筋肉も……可能な限り除去すれば、脳への負担は減る。脳への負担が減れば、実験のために脳を休ませるための時間も減るわ。
そうよ。
内臓だっていらないわ。内臓も外してしまえばいい。内臓を司る自律神経系だって、脳へのムダな入出力を行っている。
腕も脚も、全身の筋肉も、内臓も、骨格も……全てを削ぎ落として、脳だけにしておけば、研究は進む。
肉体がもたらす薬品への拒絶が、最小限に抑えられるんだから。そうなれば、研究のペースは上がるはずだった。
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