ACT091 『5対6 その2』
―――特殊部隊という存在は、ときおり政治的な思惑に利用されることがある。
そもそも、およそ全ての軍事行動は政治的な理由を大なり小なり秘めてはいるが……国防の領分ではなく、政治屋どもの権力争いに利用されることは、パイロットとして屈辱を覚えなくはない。
自分たちは地球連邦軍所属の軍人であって、政治家や将軍たち……ましてや、大企業の利益を確保するための『殺し屋』なんかじゃない。漆黒のジェスタを乗りこなす名無しのパイロットは、そんなことを考えている。
……この戦闘の理由は知らされてはいないが、まともな軍事作戦ではないことぐらいは分かる。あまりにも開示された情報が少なすぎるし……そもそも目の前にいる『敵』は、一体、どういうことだろう?
偽装されているのかもしれないが、地球連邦軍の正式な認識データを持つ機体だ。
オペレーションシステムの支配度を高めれば、フレンドリー・ファイヤ/友軍誤射を防ぐために、ビームライフルからはビームが放たれることはないだろう。
データの上では、ここにいる誰もが地球連邦軍所属のモビルスーツに搭乗していて、あの見事な戦いから察するに、十数ヶ月以上はジェガンにもジェスタにも乗り続けているハズの連中だった―――そういう連中は、地球連邦軍のモビルスーツ・パイロット以外に存在しない。
ジェスタはジオン側に渡っていない機体のはずだし、そもそも使いこなすには専門のマニュアルがいる。
ジェガンに至っては、ありえない裏テクニックを使用しているかのような動き。マニュアルにないようなマニューバを創り上げるということは、本当に長年、その機体に携わってきたベテランでなければ不可能なことだ。
つまり、結論を言わせてもらうことが許されるのであれば―――。
「―――ヤツらも、我々も、地球連邦軍所属の、ベテラン・パイロットだということだ……我々は、長年の戦友同士だというのに……これから、殺し合わなければならんようだ」
『……ろくでもないわね。でも、『ネームレス1』……私たちは、殺すだけよ』
「……分かっているよ、『ネームレス2』……機密性の高いヨゴレ仕事だってことは……満足することは出来ないけれど……彼らとは、殺し合う定めにある」
『……そういうことよ。雑魚も混じっているみたいだけど、手練れもいる。あの獲物は手傷を負っているけれど、油断することは許されないわ。ジェスタの凄腕と、ジェガンのおかしなヤツ。油断してたら、死ぬのはこちらよ』
「了解。全力で仕留めるぞ、各機、散開!!……雑魚2機から、潰し……数的有利を作って、連携で仕留めて行く!!ジェスタは、私と『ネームレス2』が相手をする!」
『了解!』
『攻撃を、開始いたします!』
……まったく。イヤな戦いだ。地球連邦軍のパイロット同士で、殺し合うハメになるなんてな。
地球連邦軍の腐敗も、酷いものだ……私たちは、どんな欲望のために、利用されているのだろうかな……?
迷いは尽きないが、覚悟は出来ている。
『ネームレス1』も、死にたいというわけではないのだ。家族にも居場所を教えてやれないような仕事ではあるが、それでも彼にもまた戻るべき家はあり、養うべき3才児の女の子もいる。幸せにしなければならない、家族がいるのだ。
……割のいい仕事ではある。並みのパイロットでは、とても稼ぐことの出来ない報酬が、危険と理不尽の代償として手に入るのだ……その金があれば、家族に不自由をさせることはないだろう。
たとえ、スペースノイドとの紛争が再開したって、経済的に豊かで安全な地域というのは、存在する。
経済までは破壊することはないのだ……政治屋は、金のために戦争を利用しているだけなのだから。金さえあれば、利用されるだけのバカな立場から……逃げ出すことが出来る。
家族に自由な人生を保障してくれるだけの金を求めて、『ネームレス1』は部下と共に何故か仲間割れをしていた獲物に向かって黒いジェスタを走らせるのだ。
赤く沈む荒野の夕日……ミノフスキー粒子と、汚染物質が舞い散る、この悲惨なオーストラリアの荒野で、彼の自由を求めた戦いが始まろうとしている―――。
―――『ネームレス2』は、キャノン装備のジェスタの胸の中で……妙な予感を感じていた。
ときおり、戦場に近づくと感じることのあるざわつきだ。自分には、ニュータイプの適性があるのかもしれない。そう言われたこともあるが……あったとしても、高い能力ではないようだ。
ファンネル一つ、動かせやしないほどの小さな能力。そんなものでは、何の役にも立たない。
実験施設で、モルモットにされて……強化人間にされるぐらいならば、『フツーのエースパイロット』で十分だと考えた。
……劣等感はある。
ニュータイプ?……明らかに選ばれた人種だ。
恐ろしく強いモビルスーツ・パイロットたち。
戦場に伝説を築いた、英雄的なパイロットらの多くは、そんな能力の持ち主であるらしいことは周知の事実である―――自分も、それに憧れてはいたが、廃人寸前となっても戦場で酷使されている強化人間を目撃した時……自分は、その力の歪さに気がついた。
今では、大した能力が無かったということを幸せに思っている。
もう少し、大きな力が先天的に備わっていたら?……いや、力に魅入られていたティターンズの支配が、もう少し続いていたら?
私は実験台にされていたかもしれない……『彼女』は悲惨だった。
第二次ネオ・ジオン抗争に参加したとき、見たもの。ノーマルスーツを着込む時の、あの裸体……背骨に沿って走る手術の痕跡……痩せ細った体に、虚ろな青い瞳……それでも、微笑んでいた。
でも、誰も見ていないような視線だった……そのとき目の前にいる私さえも、見えていないようだった。
……私が、もう少し早く生まれていたり、ニューホンコン生まれじゃなかったとすれば……私は、ティターンズに誘拐されて、『彼女』みたいな悲惨な体と心にされて、軍隊のオモチャにされていたのかもしれない……。
……『彼女』は、私を見て……言ったわね。
―――久しぶり。
……ゾッとした。私を見て、私じゃない者を感じていた。そして、そいつに対して久しぶりと微笑みかけた。
大人とは思えないほど、無邪気な笑顔になりながら。私は、あの無邪気さが恐かった。
「……神経が、チリチリする……っ。『彼女』が頭に浮かぶ戦いは、上手く行かないことが多い……集中しろ……ヤツらは、手負いだ。機体性能で大きく上回る私たちが、負けるはずがない」
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。