ACT065 『ナラティブの偽装』
朝食を済ませたジュナ・バシュタ少尉を待ち構えていたのは、分厚い装甲を身にまとった、見知らぬシルエットのモビルスーツであった。
あの実験棟の外には、ずいぶんと太めの装甲を身につけたモビルスーツがいた……。
そのモビルスーツを、じーっと見つめていたジュナは近づいて来たブリック・テクラートに対して、文句を述べておくことにした。
「……おい、ブリック・テクラート。私のナラティブガンダムに、妙な追加装甲を着せるんじゃねえよ。これじゃ、ニュージーランドの羊並みだぞ」
「……申し訳ありません。ガンダムタイプのまま、地上を移動するわけにはいきませんからね。それと―――」
「―――それと?」
「ナラティブガンダムは、あくまでもアナハイム・エレクトロニクス社からのレンタル品です。我々は、実験のために、その機体を借り受けただけに過ぎません……」
「……私のために、部品のほとんど全てを交換したというのにか?」
「……ええ。そうだっとしても、ナラティブは、あくまでもアナハイム・エレクトロニクス社の備品です」
「そういうコトにしておかないと、バレた時、危ないのか?」
ガンダムを勝手に製造することは、政治的な対立を招きかねない。そして、ガンダムは連邦軍の象徴でもある。
連邦軍以外が作ることは、厳しく禁じられている―――むろん、連邦軍の依頼を受けた企業であれば問題はないが、今回のナラティブの組み立てについては、ルオ商会が連邦軍の許可を取っているとは、これっぽっちも思えなかった。
「……念には念をということですよ。我々には、慎重であるべき理由は、あまりにも多いのですから」
「……どんなことをしているんだろうね、お前のご主人さまは」
「目下、作戦遂行のために、全力を尽くしながら……日常的な業務もこなしているでしょう」
……穢らわしい行為とも言えますが……会長からの指示であるのならば、全くもって問題はない。処女の血?……アジアの神秘は、どこか野蛮な気がしますがね……。
「……お前にそんな顔をさせるなんてな。ミシェルの日常ってのは、ずいぶんと邪悪さがありそうだ」
「いつか、思い知らされる日も来るかもしれませんよ」
……その言葉に、ジュナ・バシュタ少尉は得体の知れぬ恐怖を覚えていた。気持ちの悪い冷や汗が全身から噴き出している。
「……どういうことだ?」
「いえ。何でもありません。そんなことより」
「そんなことって……」
「……任務を優先しましょう。この作戦には、相手さまがいます。それも二組ほど」
「ん。そうだったな。獲物と……」
「……貴方と組むべき、特殊部隊ですよ。モビルスーツ戦の達人たちから構成されたチームであり、『不死鳥狩り』を公式に実行しているのは、彼らになります」
「……連邦軍の特殊部隊か」
「ええ。『シェザール隊』。それが、貴方の合流するチームになります」
「シェザール隊ね。聞いたコトがない」
「そうでしょうね」
「……どういうことだ?」
「秘密であることを絶対とするチームです。存在がバレると、政治的にややこしくなりかねません。そんな組織です」
「……ミネバ・ザビでも暗殺したがっているのか?」
「……滅多なことは言わないように。彼女は、ビスト財団に身を寄せています。連邦とコロニー側の架け橋となられるために」
「へいへい。小娘には興味があるけど、政治的な存在には萎えちまう」
「政治にも気を使って頂きたい。貴方も、この任務のリスクは、命の危険だけではないということを、理解しておいででしょう?」
「……まあな。だけど……そんなことにまで、気を回してはいられない。私は、今夜、初陣だ。哨戒任務はしていたがな、船舶相手がもっぱらだ。モビルスーツ戦なんて大げさなこと、一般の兵士は、戦時でもなければ、そう経験することはない」
「……そうでしょうね。裏社会では、また事情が異なりますが」
「マフィアと一緒にするなよ。堅気の仕事には、そう殺し合いなんてことは、ないもんだよ」
「……たしかに。私も、一般常識に欠くところがあるようです」
「朱に交わっているから、そうなるんだろうな。とにかく……いいか、ブリック・テクラートよ?」
「なんでしょうか、ジュナ・バシュタ少尉?」
「私は、それなりに緊張しているんだ。政治的なうんぬんについてなど、気にしていられる余裕はない」
「……了解しました。そのあたりの気配りは、私が努力いたしましょう」
「気が利いているな。ミシェルには迷惑をかけられっぱなしで、鍛えられたか」
「……否定はしません。あの方の人生は、かなり厳しいものでしたから。少尉と同じか、ある意味では、それ以上に、『自由』はなかったかもしれません。享楽は、あったでしょうが」
「……不自由で快楽に溺れているのか?……マフィアらしいな」
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