終章
クラウディアとダジュールが旅立ってから三年の月日が流れた。
カルミラ国は以前ほどとはいえないが暮らすには不自由ないくらいまでの復興と再建が進み、これからの時代は戦いではなく産業が発展していくと賛同する人たちが各国から集まっていた。
それでも枯れた土地では野菜などは育たず、どうしても他国との貿易は欠かせない。
そんな貿易船に積まれ一通の手紙が届けられる。
あて先はルモンド、元はカーラ帝国の帝王であったが今はただの人、そして今はカルミラ王妃の護衛をしている用心棒で、他国から手紙がくるはずもない。
ゆえに届けられてからしばし不可解な顔をして、届けられた封書を眺めていた。
「読まれませんの?」
マリアンヌに聞かれ、どうしたものかと困り顔で返す。
「あら、どうしてですの? お読みになればよいのでは?」
「そなたはそう簡単にいうが、なぜこの差し出し人は余に出す? そなた宛ての間違いではないのか?」
「いいえ、どうみてもルモンド様宛ですわ。それに、わたくしに遠慮されなくてもよいのですよ。母と娘というものは、そういうものですわ」
そう、ルモンドに手紙を出したのはマリアンヌの娘、クラウディア……いや、リリシアだった。
旅立って三年、一か所に長く留まる時は手紙を寄越すのが定番となり、だいたいは養父であるケイモス、そして母であるマリアンヌ宛て。
たまに全員に宛てたものもあれば、司祭に宛てたものもある。
それぞれ彼女が送るのに納得できる相手であるが、なぜ自分なのかと未だに納得できないルモンドが意を決して開封したのは、さらに半日経ってからのことだった。
※※※
「それで、なんて書いてありましたの?」
「アーノルドをカルミラで受け入れることはできないか……と。おそらくは境遇が余と似ているからであろうな。力になってほしいとある」
「それで、どうされますの?」
「断る理由はないゆえ、本人が望めば力になろうとは思う。だが、この日付は一年も前なのだが」
「よくあることではないですか? 急ぎの時は貿易船に頼んだりはしていませんし」
「手紙のことだけでいえばそうなのだが、一年も戻ってこないとなると、途中でなにかあったのではないだろうか」
「え?」
「だから、アーノルドとタリアがこちらに向かっていると記してある。この場所からだとすでにここにいなくてはおかしい。なにかあったのだというのなら、捜索隊を。いや、いったん彼女たちに合流して……」
「まあ、あなたらしくないですわ。落ち着いてくださいな。タリアが一緒なのでしょう? それでしたら安心でしてよ。もともと軍人ですから」
「タリアはそうであろう。だが、武器商人をしていたアーノルドは敵が多いはず」
「だとしても大丈夫ですよ。アーノルドさんは大切な人を悲しませるようなことはしない方ですよ。だって、ダジュールのことを思う気持ちに偽りはありませんでしたもの。それとも、あなたも旅立ちたくなりましたか? でしたらわたくしは止めません。どうぞ、お心のままに」
「ばかな。余はそなたの傍にいて、あの者が戻るまでそなたを守るのが務め。旅はそのあとでもできる」
そういいながら、ルモンドは膝をおり、頭を垂れる。
「どうか余と忠義の誓いを。余はそなたの剣となり盾となり、そなたの身を守ると誓いをたてる」
※※※
その頃、旅先のふたりは……
「あのふたり、無事にカルミラまで帰れたかしら?」
「アーノルドがいるんだ、大丈夫だろう」
「違うわ。そのアーノルドがまったくダメなんじゃない。まさかのまさかよ、タリアに恋しちゃうなんて」
「ああ、そっち。まあ、そうだな。けど、あいつは昔っからその毛はあったぞ? 年上に弱いとか、強い女の尻にひかれたいとか。あいつ、俺のことヘタレヘタレいってっけど、あいつが一番ヘタレだと思うんだよな」
などと、今もどこかで道草しているなど思ってもいない話題で盛り上がっている。
「それより、俺たちは今夜どうする?」
「どうって……ああ、野宿か宿かってことね。ここは節約で野宿でいいわ」
「え? なんでそうなる? そこは宿だろう」
「なんで? 夜空見ながらなんてロマンチックじゃない。ダジュールは女心、わかってないわね」
「いや、おまえの女心がちょっと変なんだよ。とにかく俺は宿がいい」
「だったら最初からそう言えばいいじゃない」
「男の俺から言えるわけないだろう。つまり、宿に泊まるってことは、おまえのこと、一晩中離さないってことだ。意味、さすがにもうわかるだろう?」
「別にわたしは野外でも気にしないけど?」
「え? おまっ、え? そっち? そっちの趣向もありなのか?」
「趣向ってなに? ちょっと一緒に寝るくらいなら外でもいいよってだけでしょ?」
「うわっ、やっぱそうか。なあクラウディア、おまえ、それ知ってて言ってるだろう? はぁ、今夜もお預けかよ……」
がっくりと落ち込むダジュールを見ながらクラウディアはクスッと笑う。
あまりからかうのもかわいそうかな……と思いながらも、やはりこういう会話は楽しい。
少しくらいならいいかな、クラウディアは振り返りダジュールの唇に軽くキスをした。
柔らかい唇の感触から緊張していく過程が伝わってくる。
キスひとつでも緊張してくれるダジュールの誠実さと純情さにいつまでも甘えてはいられないと思うクラウディアは、一度カルミラに戻り、そろそろ気持ちをはっきりさせないといけない、そんなことを思うようになっていた。
完結
カルミラ国は以前ほどとはいえないが暮らすには不自由ないくらいまでの復興と再建が進み、これからの時代は戦いではなく産業が発展していくと賛同する人たちが各国から集まっていた。
それでも枯れた土地では野菜などは育たず、どうしても他国との貿易は欠かせない。
そんな貿易船に積まれ一通の手紙が届けられる。
あて先はルモンド、元はカーラ帝国の帝王であったが今はただの人、そして今はカルミラ王妃の護衛をしている用心棒で、他国から手紙がくるはずもない。
ゆえに届けられてからしばし不可解な顔をして、届けられた封書を眺めていた。
「読まれませんの?」
マリアンヌに聞かれ、どうしたものかと困り顔で返す。
「あら、どうしてですの? お読みになればよいのでは?」
「そなたはそう簡単にいうが、なぜこの差し出し人は余に出す? そなた宛ての間違いではないのか?」
「いいえ、どうみてもルモンド様宛ですわ。それに、わたくしに遠慮されなくてもよいのですよ。母と娘というものは、そういうものですわ」
そう、ルモンドに手紙を出したのはマリアンヌの娘、クラウディア……いや、リリシアだった。
旅立って三年、一か所に長く留まる時は手紙を寄越すのが定番となり、だいたいは養父であるケイモス、そして母であるマリアンヌ宛て。
たまに全員に宛てたものもあれば、司祭に宛てたものもある。
それぞれ彼女が送るのに納得できる相手であるが、なぜ自分なのかと未だに納得できないルモンドが意を決して開封したのは、さらに半日経ってからのことだった。
※※※
「それで、なんて書いてありましたの?」
「アーノルドをカルミラで受け入れることはできないか……と。おそらくは境遇が余と似ているからであろうな。力になってほしいとある」
「それで、どうされますの?」
「断る理由はないゆえ、本人が望めば力になろうとは思う。だが、この日付は一年も前なのだが」
「よくあることではないですか? 急ぎの時は貿易船に頼んだりはしていませんし」
「手紙のことだけでいえばそうなのだが、一年も戻ってこないとなると、途中でなにかあったのではないだろうか」
「え?」
「だから、アーノルドとタリアがこちらに向かっていると記してある。この場所からだとすでにここにいなくてはおかしい。なにかあったのだというのなら、捜索隊を。いや、いったん彼女たちに合流して……」
「まあ、あなたらしくないですわ。落ち着いてくださいな。タリアが一緒なのでしょう? それでしたら安心でしてよ。もともと軍人ですから」
「タリアはそうであろう。だが、武器商人をしていたアーノルドは敵が多いはず」
「だとしても大丈夫ですよ。アーノルドさんは大切な人を悲しませるようなことはしない方ですよ。だって、ダジュールのことを思う気持ちに偽りはありませんでしたもの。それとも、あなたも旅立ちたくなりましたか? でしたらわたくしは止めません。どうぞ、お心のままに」
「ばかな。余はそなたの傍にいて、あの者が戻るまでそなたを守るのが務め。旅はそのあとでもできる」
そういいながら、ルモンドは膝をおり、頭を垂れる。
「どうか余と忠義の誓いを。余はそなたの剣となり盾となり、そなたの身を守ると誓いをたてる」
※※※
その頃、旅先のふたりは……
「あのふたり、無事にカルミラまで帰れたかしら?」
「アーノルドがいるんだ、大丈夫だろう」
「違うわ。そのアーノルドがまったくダメなんじゃない。まさかのまさかよ、タリアに恋しちゃうなんて」
「ああ、そっち。まあ、そうだな。けど、あいつは昔っからその毛はあったぞ? 年上に弱いとか、強い女の尻にひかれたいとか。あいつ、俺のことヘタレヘタレいってっけど、あいつが一番ヘタレだと思うんだよな」
などと、今もどこかで道草しているなど思ってもいない話題で盛り上がっている。
「それより、俺たちは今夜どうする?」
「どうって……ああ、野宿か宿かってことね。ここは節約で野宿でいいわ」
「え? なんでそうなる? そこは宿だろう」
「なんで? 夜空見ながらなんてロマンチックじゃない。ダジュールは女心、わかってないわね」
「いや、おまえの女心がちょっと変なんだよ。とにかく俺は宿がいい」
「だったら最初からそう言えばいいじゃない」
「男の俺から言えるわけないだろう。つまり、宿に泊まるってことは、おまえのこと、一晩中離さないってことだ。意味、さすがにもうわかるだろう?」
「別にわたしは野外でも気にしないけど?」
「え? おまっ、え? そっち? そっちの趣向もありなのか?」
「趣向ってなに? ちょっと一緒に寝るくらいなら外でもいいよってだけでしょ?」
「うわっ、やっぱそうか。なあクラウディア、おまえ、それ知ってて言ってるだろう? はぁ、今夜もお預けかよ……」
がっくりと落ち込むダジュールを見ながらクラウディアはクスッと笑う。
あまりからかうのもかわいそうかな……と思いながらも、やはりこういう会話は楽しい。
少しくらいならいいかな、クラウディアは振り返りダジュールの唇に軽くキスをした。
柔らかい唇の感触から緊張していく過程が伝わってくる。
キスひとつでも緊張してくれるダジュールの誠実さと純情さにいつまでも甘えてはいられないと思うクラウディアは、一度カルミラに戻り、そろそろ気持ちをはっきりさせないといけない、そんなことを思うようになっていた。
完結
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。