三十八章 カーラの追手?
船室はクラウディアとダジュール、それぞれに用意されていた。
すでに荷物も部屋に運ばれ、またほぼ着の身着のままでやってくることがわかっていたのだろうか、真新しい洋服が数着用意されていた。
クラウディアは汚れた服を脱ぎ、体を濡らした布で拭き、真新しい服に袖を通し終えると、少し固めのベッドに腰を落とした。
潮の香りはまったりと風に運ばれてくるというのに、甲板は騒がしい。
カーラ帝国の軍船が近づいていることへの対応に追われているからだ。
養父の言葉を信じれば、ここはもうカーラ帝国の海域ではないらしい。
停戦協定ののっとり、この場での戦闘行為はできない。
たとえ威嚇であっても手を出せば協定違反になるため、簡単に手出しはしてこないだろうという。
それなのに甲板は緊迫した空気が充満しているのは、カーラ帝国が約束を守るとは思えないと船員たちは思っているからだろう。
クラウディアを見る視線、それはクラウディアの両親を知っているからこそ懐かしむような目で見るのだ。
ということは、この船の船員はカルミラ国出身、もしくはその血縁者なのだろう。
カルミラ国にとってカーラ帝国は裏切り者で統一されていても不思議ではない。
クラウディアの心中に不安が広がっていく。
まだカーラ帝国には生きていると言われた母とその母を連れ合流すると言っていたタリアがいる。
彼女たちがまだあちら側にいるのに対立はしたくない。
不安でクラウディアは膝を抱え、体を丸める。
その姿を黙って見ていたダジュールは見かねて近づいた。
「大丈夫か?」
「……ダジュール? いつからいたの?」
「少し前。ちゃんとノックはしたんだぜ」
「別に、無断で進入したとか言ってない」
「言われる前に先手。と、そんなことをいいたいわけじゃないんだ。心配だな、タリアのこと」
「うん。でも、タリアは絶対約束は守るって信じる」
でも不安。
クラウディアの顔がうなだれる。
その頭をダジュールは優しく抱き寄せた。
「こういう時は夫を利用するものだ。甘えていい、泣いていいんだ、クラウディア」
「イヤよ。泣くのはまだ先。わたしの涙は嬉しい時にしか見せないから」
「……そうだな。どうせなら、俺もそっちの涙がいい」
ダジュールは抱き寄せたクラウディアの頭に軽くキスをした。
それからしばらく、船員のひとりがクラウディアを呼びに来るまで、ふたりは寄り添いよい方向に流れることだけを祈り続けた。
※※※
クラウディアたちが合流地点に着いた頃、タリアたち三人はなんとか乗船に成功し、港を出ようとしていた。
ところが……
「ちょっと、これってカーラの軍船……!」
かしこまったような、ちょっとズレたようなタリア独特の口調が失われるほどの驚きだったようだ。
いや、タリアでなくても乗った船がカーラ軍の船と知れば驚くか恐怖を抱くか、とにかく普通ではいられない。
「すんません。用意できたのがこれで……」
と、ダルダルな雰囲気の口調で弁解する男の声がする。
その声に振り返れば、その男の着ているものがカーラ海軍の軍服だった。
「あ~、えっと、そうビビらないでくださいよ。自分としてもちょっと恥ずかしくて。ええっと、なんていうか、まあ、ぶっちゃけ、手にできたので、こっちの方が疑われないかなと思いまして」
「……いいですわ」
「え?」
「ですから、もうこれでいいですわと申しましたの! こうなりましたら、徹底的に利用してしまいしまょう。そうですわね、ルモンド様、マリアンヌ様」
男の説明をちんたらと聞いている時間が惜しいと思うタリアは、ふたりの許可を得ようと語りかける。
「ふふふ、タリアの好きにしてよいと思いますわ」
「好きにするがいい。余はそなたたちのしたいように従うだけだ」
ふたりはなぜかこの展開を楽しんでいるようにも見えるが、タリアが主導権を握れるのであればもう怖いものはない。
好きなように使い、さっさとこの国と縁を切りたいと強く思う。
こうしてカーラ軍船を奪った一行は出航へと梶を切った。
向かうは待ち合わせをしている海域の外。
軍船であればスピードにも力を入れているだろうし小回りもきくはずである。
「全力でこの海域をでますわ!」
タリアの指示のもと、スピードをあげて海域の外へと向かう。
まさかこの軍船を見てクラウディアを乗せた船、落ち合う場所の船の甲板が緊迫した空気に満ちてしまっっているなど、思いもしていないのだ。
「あの、タリアの姉さん」
「……あ、姉さんって。わたくしのことは……せめて隊長くらいにしていただけません? と、まあ、呼び方を論じている場合ではありませんわね。どうかされまして?」
「はあ、ではタリア隊長。あのですね、なぜかこちら側に大砲が向けられているっぽいんですよね。応戦ですかね、やっぱ」
「応戦って、カーラの軍が追いついたのですか?」
「いんや、向けているのは海域すれすれのところに停泊している船です。あれ、海賊船ですかね」
双眼鏡で言われた方向を確認すれば、確かに砲撃の準備をしているようにも見える。
しかし、その船というのは……
「応戦はしませんわ。乗り換える船があれですもの」
「けど、あっちはやる気満々のようですけどね」
「でも、ダメなものはダメですわ。そうですわ、あちら側に連絡を入れましょう。こちらに戦う意思はないと」
すでに荷物も部屋に運ばれ、またほぼ着の身着のままでやってくることがわかっていたのだろうか、真新しい洋服が数着用意されていた。
クラウディアは汚れた服を脱ぎ、体を濡らした布で拭き、真新しい服に袖を通し終えると、少し固めのベッドに腰を落とした。
潮の香りはまったりと風に運ばれてくるというのに、甲板は騒がしい。
カーラ帝国の軍船が近づいていることへの対応に追われているからだ。
養父の言葉を信じれば、ここはもうカーラ帝国の海域ではないらしい。
停戦協定ののっとり、この場での戦闘行為はできない。
たとえ威嚇であっても手を出せば協定違反になるため、簡単に手出しはしてこないだろうという。
それなのに甲板は緊迫した空気が充満しているのは、カーラ帝国が約束を守るとは思えないと船員たちは思っているからだろう。
クラウディアを見る視線、それはクラウディアの両親を知っているからこそ懐かしむような目で見るのだ。
ということは、この船の船員はカルミラ国出身、もしくはその血縁者なのだろう。
カルミラ国にとってカーラ帝国は裏切り者で統一されていても不思議ではない。
クラウディアの心中に不安が広がっていく。
まだカーラ帝国には生きていると言われた母とその母を連れ合流すると言っていたタリアがいる。
彼女たちがまだあちら側にいるのに対立はしたくない。
不安でクラウディアは膝を抱え、体を丸める。
その姿を黙って見ていたダジュールは見かねて近づいた。
「大丈夫か?」
「……ダジュール? いつからいたの?」
「少し前。ちゃんとノックはしたんだぜ」
「別に、無断で進入したとか言ってない」
「言われる前に先手。と、そんなことをいいたいわけじゃないんだ。心配だな、タリアのこと」
「うん。でも、タリアは絶対約束は守るって信じる」
でも不安。
クラウディアの顔がうなだれる。
その頭をダジュールは優しく抱き寄せた。
「こういう時は夫を利用するものだ。甘えていい、泣いていいんだ、クラウディア」
「イヤよ。泣くのはまだ先。わたしの涙は嬉しい時にしか見せないから」
「……そうだな。どうせなら、俺もそっちの涙がいい」
ダジュールは抱き寄せたクラウディアの頭に軽くキスをした。
それからしばらく、船員のひとりがクラウディアを呼びに来るまで、ふたりは寄り添いよい方向に流れることだけを祈り続けた。
※※※
クラウディアたちが合流地点に着いた頃、タリアたち三人はなんとか乗船に成功し、港を出ようとしていた。
ところが……
「ちょっと、これってカーラの軍船……!」
かしこまったような、ちょっとズレたようなタリア独特の口調が失われるほどの驚きだったようだ。
いや、タリアでなくても乗った船がカーラ軍の船と知れば驚くか恐怖を抱くか、とにかく普通ではいられない。
「すんません。用意できたのがこれで……」
と、ダルダルな雰囲気の口調で弁解する男の声がする。
その声に振り返れば、その男の着ているものがカーラ海軍の軍服だった。
「あ~、えっと、そうビビらないでくださいよ。自分としてもちょっと恥ずかしくて。ええっと、なんていうか、まあ、ぶっちゃけ、手にできたので、こっちの方が疑われないかなと思いまして」
「……いいですわ」
「え?」
「ですから、もうこれでいいですわと申しましたの! こうなりましたら、徹底的に利用してしまいしまょう。そうですわね、ルモンド様、マリアンヌ様」
男の説明をちんたらと聞いている時間が惜しいと思うタリアは、ふたりの許可を得ようと語りかける。
「ふふふ、タリアの好きにしてよいと思いますわ」
「好きにするがいい。余はそなたたちのしたいように従うだけだ」
ふたりはなぜかこの展開を楽しんでいるようにも見えるが、タリアが主導権を握れるのであればもう怖いものはない。
好きなように使い、さっさとこの国と縁を切りたいと強く思う。
こうしてカーラ軍船を奪った一行は出航へと梶を切った。
向かうは待ち合わせをしている海域の外。
軍船であればスピードにも力を入れているだろうし小回りもきくはずである。
「全力でこの海域をでますわ!」
タリアの指示のもと、スピードをあげて海域の外へと向かう。
まさかこの軍船を見てクラウディアを乗せた船、落ち合う場所の船の甲板が緊迫した空気に満ちてしまっっているなど、思いもしていないのだ。
「あの、タリアの姉さん」
「……あ、姉さんって。わたくしのことは……せめて隊長くらいにしていただけません? と、まあ、呼び方を論じている場合ではありませんわね。どうかされまして?」
「はあ、ではタリア隊長。あのですね、なぜかこちら側に大砲が向けられているっぽいんですよね。応戦ですかね、やっぱ」
「応戦って、カーラの軍が追いついたのですか?」
「いんや、向けているのは海域すれすれのところに停泊している船です。あれ、海賊船ですかね」
双眼鏡で言われた方向を確認すれば、確かに砲撃の準備をしているようにも見える。
しかし、その船というのは……
「応戦はしませんわ。乗り換える船があれですもの」
「けど、あっちはやる気満々のようですけどね」
「でも、ダメなものはダメですわ。そうですわ、あちら側に連絡を入れましょう。こちらに戦う意思はないと」
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