三十六章 海原へ
クラウディアとダジュールが人間ではなく荷物扱いを受けながら、カーラ帝国の港を出港しようとしていた頃、タリアたち三人は……
「ここは?」
いきなり開けた場所に出たことで、タリアは思わず思ったことが声になって飛び出してしまった。
人工的に作られた空間に、人工的な明かりが灯されている。
人の気配はないが、なにやらとても物騒なものがその場にある。
まだ完成には至っていないようだが、それをみたルモンドは複雑な表情を浮かべる。
彼的にはまったく予想していなかったことなのか、予想はしていたがここまでとは思わなかったのか、とにかく想定外のことなのだろう。
しかしルモンドは自分の感情よりもタリアの質問を優先した。
「ここは以前、小型船の乗りつけ場であったところだろうな。それをさらに手を加え戦艦ドッグ、造船場、そのようなものに作り替えたのだろう」
作りかけの鉄の塊が戦艦であることは明白である。
「軍力など持ったところで未来はないというのに、なぜわからぬのか。マリアンヌを他国に嫁がせたのは、このようなことをさせるためではない」
工業の発展、職人の育成などに梶をきりたがっていたルモンドが一番したかったのは、それらに長けていたカルミラ国とのさらなる結び、そして情報の共有であったのだろう。
だからこそ、信じられる年頃の女性を嫁がせる必要があった。
それが自身が唯一大事にしていた女性であったとしても。
「ここは軍の管轄下ということですわね。想定外なのでしょうか?」
ルモンドの心境も察したいが、今はそれよりも優先したいことがある。
タリアはしばしの間を置いてから話を戻した。
「いや、そうでもない。この先は港に続いている。慎重に泳ぎ進めば問題はないだろう。マリアンヌ、そなた、平気か?」
長い間の拘束ですっかり筋力が落ちた中の遠泳がつらかった記憶は新しい。
ルモンドは大切な宝石を愛でるように育てられたマリアンヌを気遣う。
彼女にしてみたら、このような経験ははじめてのことだろう。
ところが、
「ご心配には及びませんわ、ルモンド様。わたくしは以前のように飼われて愛でられるだけの存在ではありませんもの」
痺れがとれ、滑らかに言葉を発するマリアンヌの表情からは、簡単には屈しないと言う強い意思がにじみ出ていた。
「強い女になったな。それだけかの王に愛され大事にされたということか」
できるなら自分の手でそのような女にしたかったという悲しい、残念な気持ちもあるが、意思を持ち前に進もうとする女になったことを素直に喜ばしいとも思う。
「それは違いましてよ、ルモンド様。人は大切なものを守るために強くなるのですわ。守ってくださいとお願いするのは違います。しかし、民を守りきれなかった王と王妃ですから、なにを言っても戯言にしか聞こえませんわね」
「いいえ、それは違います、王妃様!」
「タリア?」
「民はひとりとして王と王妃を非難致しませんわ。民にとって王族の誰かが生き残っていれば、もう一度再建できると信じているからですわ。愛国心は簡単に折れたりはしないものですわよ?」
「ふっ、ならば生きねばならぬな、マリアンヌ。なぜなら、今目の前にそなたの民が生き残っているのだから」
「……そうですわね、ルモンド様。わたくしは生き抜かねばなりませんわね。では先を急ぎましょう」
マリアンヌの意思表示で、三人は再び泳ぎ始めた。
正直、水は冷たく体の体温を容赦なく奪っていく。
三人の中で一番恵まれた環境にいたのはタリアかもしれない。
そのタリアでさえあとどれくらい力が残っているだろうか。
男性の帝王は別にして、体力的なことなど皆無で生きてきたマリアンヌにとってはもう気力だけが頼りといってもいいだろう。
そこからしばらく泳ぐと、人の気配がする。
水音をなるべく出さないように潜るが、マリアンヌの息が続かなくなる。
タリアはあとでお叱りを受ける覚悟で、自分の酸素を口移しで分け与えた。
マリアンヌは驚きで手足をバタつかせたが、ルモンドが静かにというジェスチャーをしたことで落ち着いていく。
人の気配が完全に遠のいたところで水面に顔を出し、タリアは大きく息をして、マリアンヌは咳こんだ。
「マリアンヌ様、申し訳ございません」
「……っ、よ、よいのです。わたくしの体力がないばかりに、タリアには迷惑をかけますね」
もしタリアが機転を利かせなければどうなっていただろうか。
兵士に見つかるか、ルモンドが口移しをしていたかもしれない。
マリアンヌにとって、それだけはしたくないことだった。
幾度となく兵士をやり過ごしながら、ようやく港まで泳いで出ることに成功する。
「タリア、この先はどういう計画なのだ?」
「人と待ち合わせをしております。わたくしたちをこの領域から出してくれる方です」
ところが港は騒然となっていた。
「騒がしいな」
陸にあがり身を潜めていると何度も兵士たちが行き来しては武器を手に誰かの指示を受け行動をしている。
「わたくしたちがいないことにでも気づいたのでしょう」
これくらいは想定内だという態度をとるタリア。
「誰がいないことに気づいたかが問題ではあるな」
「そうですわね。マリアンヌ様かわたくしであればよいのですが」
「ふむ、例のふたりだと厄介だな。では余が囮になるゆえ、そなたたちは待ち人と合流せよ」
「待ってください、帝王。あなたの救出も作戦のうちなのです。勝手をされては困ります。合流した時、ひとりでも欠けていたら、あの方が悲しまれます」
「……っう」
「ここは?」
いきなり開けた場所に出たことで、タリアは思わず思ったことが声になって飛び出してしまった。
人工的に作られた空間に、人工的な明かりが灯されている。
人の気配はないが、なにやらとても物騒なものがその場にある。
まだ完成には至っていないようだが、それをみたルモンドは複雑な表情を浮かべる。
彼的にはまったく予想していなかったことなのか、予想はしていたがここまでとは思わなかったのか、とにかく想定外のことなのだろう。
しかしルモンドは自分の感情よりもタリアの質問を優先した。
「ここは以前、小型船の乗りつけ場であったところだろうな。それをさらに手を加え戦艦ドッグ、造船場、そのようなものに作り替えたのだろう」
作りかけの鉄の塊が戦艦であることは明白である。
「軍力など持ったところで未来はないというのに、なぜわからぬのか。マリアンヌを他国に嫁がせたのは、このようなことをさせるためではない」
工業の発展、職人の育成などに梶をきりたがっていたルモンドが一番したかったのは、それらに長けていたカルミラ国とのさらなる結び、そして情報の共有であったのだろう。
だからこそ、信じられる年頃の女性を嫁がせる必要があった。
それが自身が唯一大事にしていた女性であったとしても。
「ここは軍の管轄下ということですわね。想定外なのでしょうか?」
ルモンドの心境も察したいが、今はそれよりも優先したいことがある。
タリアはしばしの間を置いてから話を戻した。
「いや、そうでもない。この先は港に続いている。慎重に泳ぎ進めば問題はないだろう。マリアンヌ、そなた、平気か?」
長い間の拘束ですっかり筋力が落ちた中の遠泳がつらかった記憶は新しい。
ルモンドは大切な宝石を愛でるように育てられたマリアンヌを気遣う。
彼女にしてみたら、このような経験ははじめてのことだろう。
ところが、
「ご心配には及びませんわ、ルモンド様。わたくしは以前のように飼われて愛でられるだけの存在ではありませんもの」
痺れがとれ、滑らかに言葉を発するマリアンヌの表情からは、簡単には屈しないと言う強い意思がにじみ出ていた。
「強い女になったな。それだけかの王に愛され大事にされたということか」
できるなら自分の手でそのような女にしたかったという悲しい、残念な気持ちもあるが、意思を持ち前に進もうとする女になったことを素直に喜ばしいとも思う。
「それは違いましてよ、ルモンド様。人は大切なものを守るために強くなるのですわ。守ってくださいとお願いするのは違います。しかし、民を守りきれなかった王と王妃ですから、なにを言っても戯言にしか聞こえませんわね」
「いいえ、それは違います、王妃様!」
「タリア?」
「民はひとりとして王と王妃を非難致しませんわ。民にとって王族の誰かが生き残っていれば、もう一度再建できると信じているからですわ。愛国心は簡単に折れたりはしないものですわよ?」
「ふっ、ならば生きねばならぬな、マリアンヌ。なぜなら、今目の前にそなたの民が生き残っているのだから」
「……そうですわね、ルモンド様。わたくしは生き抜かねばなりませんわね。では先を急ぎましょう」
マリアンヌの意思表示で、三人は再び泳ぎ始めた。
正直、水は冷たく体の体温を容赦なく奪っていく。
三人の中で一番恵まれた環境にいたのはタリアかもしれない。
そのタリアでさえあとどれくらい力が残っているだろうか。
男性の帝王は別にして、体力的なことなど皆無で生きてきたマリアンヌにとってはもう気力だけが頼りといってもいいだろう。
そこからしばらく泳ぐと、人の気配がする。
水音をなるべく出さないように潜るが、マリアンヌの息が続かなくなる。
タリアはあとでお叱りを受ける覚悟で、自分の酸素を口移しで分け与えた。
マリアンヌは驚きで手足をバタつかせたが、ルモンドが静かにというジェスチャーをしたことで落ち着いていく。
人の気配が完全に遠のいたところで水面に顔を出し、タリアは大きく息をして、マリアンヌは咳こんだ。
「マリアンヌ様、申し訳ございません」
「……っ、よ、よいのです。わたくしの体力がないばかりに、タリアには迷惑をかけますね」
もしタリアが機転を利かせなければどうなっていただろうか。
兵士に見つかるか、ルモンドが口移しをしていたかもしれない。
マリアンヌにとって、それだけはしたくないことだった。
幾度となく兵士をやり過ごしながら、ようやく港まで泳いで出ることに成功する。
「タリア、この先はどういう計画なのだ?」
「人と待ち合わせをしております。わたくしたちをこの領域から出してくれる方です」
ところが港は騒然となっていた。
「騒がしいな」
陸にあがり身を潜めていると何度も兵士たちが行き来しては武器を手に誰かの指示を受け行動をしている。
「わたくしたちがいないことにでも気づいたのでしょう」
これくらいは想定内だという態度をとるタリア。
「誰がいないことに気づいたかが問題ではあるな」
「そうですわね。マリアンヌ様かわたくしであればよいのですが」
「ふむ、例のふたりだと厄介だな。では余が囮になるゆえ、そなたたちは待ち人と合流せよ」
「待ってください、帝王。あなたの救出も作戦のうちなのです。勝手をされては困ります。合流した時、ひとりでも欠けていたら、あの方が悲しまれます」
「……っう」
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