二十六章 武器商人アーノルド
「闇の武器商人の話でしたら、わたくしも軍人時代に聞いたことがありますわ。そういった噂は、軍人や傭兵をしていればおのずと耳にするものです。それで問題のアーノルド様のことですが、二十年前は十三歳くらいでしょうか。現実的に考えて、十三歳の子供に勤まるとは思えませんわ。ただ、アーノルドというのが通り名であるのなら、世代交代をして王の秘書殿が継いだ可能性もあるのではないでしょうか」
とはいえ、副業ができるほど王の補佐役は暇ではない。
「ねえ、ダジュール。今ここにいない人のことをどうこう考えてもどうにもならないわ。今はここでできることをしましょう。もう残りの日数も少なくなってきているし、急いだ方がいいと思うの」
「……ああ、そうだな。悪い、変な話をしてしまって」
「ううん、いいの。わたしの方こそごめんね。同席できなくて」
「いや、いい。あんな場所におまえが同席する必要はない」
ダジュールは気持ちをいったんリセットするために、パンッと手を鳴らす。
「よし、じゃあマリアンヌ救出の話を進めようか」
「例のものは用意できておりますわ」
ニコリと微笑むタリア。
「例のものって?」
「えっと、一定時間仮死状態にする薬、かな」
「……はあ? 仮死状態? なに考えてんだ!」
「ちょっと、声が大きい。ちゃんと順序だてて話すから」
ダジュールがいない間に練った作戦をざっくりと話す。
「つまり、霊安室から抜け道を使って脱出ってことか。誰がその抜け道を案内してくれる?」
「本物のカーラ二世よ」
「本物だとしても、味方になるとは限らないだろう」
信じていたアーノルドのことがあったダジュールは簡単に信じることができない。
もう誰がどんな思惑で動いているのか、疑心暗鬼になりかけていた。
それでも協力するため妻になってくれだクラウディアだけは信じられる。
いや、信じたい。
信じなくてはいけないと迷いを振り切っていた。
そんなダジュールの心配をタリアが払拭する。
「大丈夫だと思いますわ。なぜなら、本物のカーラ二世は戦争を好まない平和主義者ですから。彼としてもカルミラ国が滅亡してしまうのは想定外であったと思いますし、なによりマリアンヌ様への仕打ちをよしとなさらないでしょう」
「そう、なのか?」
にわかに信じられないダジュール。
タリアの存在も疑わなくてはいけないのかもしれないと思わずにはいられない。
「いろいろおありで信用できないと思いますが、ここは信じていただくしかありませんわ。もしなにかありましたら、どうぞ遠慮なくわたくしの心臓を貫いてくださいませ」
「……っう、いや、そこまでは」
そこまで言われると逆に疑ってしまっている自分の心の狭さが恥ずかしくなっていく。
すると、クラウディアの手がそっとダジュールの手の甲に触れてきた。
「仕方のないことだよ? いいんだよ、疑っても。でももし信用できる人だと判断したら、それ以降、全力で信じてあげればいいんだから。わたしだって、ダジュールのことを最初から信用したわけじゃないもの。それはあなたも同じでしょう?」
「……はっきり言うな。そりゃ、金チラツかせておけば言うこと聞くだろうくらいだったが。そうか、俺たちのはじめもそんなものか。悪かったな、タリア」
「いいえ。よろしいのですよ。王たる者は支持者半分、反対者半分、そこに殺意を抱く者もおりますので、信じられると思えるまで疑うのも王の宿命ですわ」
「……そうか。そうだな。好かれることばかり考えてもしかたない。裏切られた時は俺にそいつを見る目がなかったってことか」
なぜ裏切った、信じていたのに……と狼狽するよりは、己の未熟さを恨んだ方がいい。
その方が前に歩いていける。
「わかった、タリアの人を見る目を信じてみよう」
「ありがとうございます」
「それだと。先に本物のカーラ二世を救出して説得することになるが、居場所はわかっているのか?」
「はい。おそらくは、クラウディア様が襲われたあの部屋の近くかと思います」
「なぜそう思う?」
「リリシアを奪ってやった。リリシアをめちゃくちゃにしてやった。なにもできずにいる悔しさを与えて悦に浸る趣向がありますので、壁伝いに聞こえるところに閉じこめられていると思います」
「クラウディアはその場所にもう一度行くことはできるか?」
「任せて。一度忍び込んだところは忘れないから。だけど、あの隠し通路、偽のカーラ二世はただ通るだけで道が開き、そして触れることなくわたしの逃げ道を塞いだわ。そのカラクリがわからないと入るのも出るのも無理かもしれない」
「それでしたら心当たりがございます。ひと晩、お時間をください」
「なにをするの?」
「クラウディア様はお忘れですか? わたくしが偽カーラ二世のおそばにいることを強要されている愛人であることを」
「まさか! ダメ、ダメよ! 好きでもない男の人とこれ以上するなんて」
「大丈夫ですわ。感情なんてありませんもの。体を差し上げても心までは差し上げたつもりはありませんから。きっといつか、クラウディア様にもご理解いただける日がくると思いますが、理解くださらなくてもわたくしは大丈夫です。では明日、もう一度。わたくしは下がらせていただきますわね」
なにか言いたそうなクラウディアの前から、タリアは優雅に去っていった。
とはいえ、副業ができるほど王の補佐役は暇ではない。
「ねえ、ダジュール。今ここにいない人のことをどうこう考えてもどうにもならないわ。今はここでできることをしましょう。もう残りの日数も少なくなってきているし、急いだ方がいいと思うの」
「……ああ、そうだな。悪い、変な話をしてしまって」
「ううん、いいの。わたしの方こそごめんね。同席できなくて」
「いや、いい。あんな場所におまえが同席する必要はない」
ダジュールは気持ちをいったんリセットするために、パンッと手を鳴らす。
「よし、じゃあマリアンヌ救出の話を進めようか」
「例のものは用意できておりますわ」
ニコリと微笑むタリア。
「例のものって?」
「えっと、一定時間仮死状態にする薬、かな」
「……はあ? 仮死状態? なに考えてんだ!」
「ちょっと、声が大きい。ちゃんと順序だてて話すから」
ダジュールがいない間に練った作戦をざっくりと話す。
「つまり、霊安室から抜け道を使って脱出ってことか。誰がその抜け道を案内してくれる?」
「本物のカーラ二世よ」
「本物だとしても、味方になるとは限らないだろう」
信じていたアーノルドのことがあったダジュールは簡単に信じることができない。
もう誰がどんな思惑で動いているのか、疑心暗鬼になりかけていた。
それでも協力するため妻になってくれだクラウディアだけは信じられる。
いや、信じたい。
信じなくてはいけないと迷いを振り切っていた。
そんなダジュールの心配をタリアが払拭する。
「大丈夫だと思いますわ。なぜなら、本物のカーラ二世は戦争を好まない平和主義者ですから。彼としてもカルミラ国が滅亡してしまうのは想定外であったと思いますし、なによりマリアンヌ様への仕打ちをよしとなさらないでしょう」
「そう、なのか?」
にわかに信じられないダジュール。
タリアの存在も疑わなくてはいけないのかもしれないと思わずにはいられない。
「いろいろおありで信用できないと思いますが、ここは信じていただくしかありませんわ。もしなにかありましたら、どうぞ遠慮なくわたくしの心臓を貫いてくださいませ」
「……っう、いや、そこまでは」
そこまで言われると逆に疑ってしまっている自分の心の狭さが恥ずかしくなっていく。
すると、クラウディアの手がそっとダジュールの手の甲に触れてきた。
「仕方のないことだよ? いいんだよ、疑っても。でももし信用できる人だと判断したら、それ以降、全力で信じてあげればいいんだから。わたしだって、ダジュールのことを最初から信用したわけじゃないもの。それはあなたも同じでしょう?」
「……はっきり言うな。そりゃ、金チラツかせておけば言うこと聞くだろうくらいだったが。そうか、俺たちのはじめもそんなものか。悪かったな、タリア」
「いいえ。よろしいのですよ。王たる者は支持者半分、反対者半分、そこに殺意を抱く者もおりますので、信じられると思えるまで疑うのも王の宿命ですわ」
「……そうか。そうだな。好かれることばかり考えてもしかたない。裏切られた時は俺にそいつを見る目がなかったってことか」
なぜ裏切った、信じていたのに……と狼狽するよりは、己の未熟さを恨んだ方がいい。
その方が前に歩いていける。
「わかった、タリアの人を見る目を信じてみよう」
「ありがとうございます」
「それだと。先に本物のカーラ二世を救出して説得することになるが、居場所はわかっているのか?」
「はい。おそらくは、クラウディア様が襲われたあの部屋の近くかと思います」
「なぜそう思う?」
「リリシアを奪ってやった。リリシアをめちゃくちゃにしてやった。なにもできずにいる悔しさを与えて悦に浸る趣向がありますので、壁伝いに聞こえるところに閉じこめられていると思います」
「クラウディアはその場所にもう一度行くことはできるか?」
「任せて。一度忍び込んだところは忘れないから。だけど、あの隠し通路、偽のカーラ二世はただ通るだけで道が開き、そして触れることなくわたしの逃げ道を塞いだわ。そのカラクリがわからないと入るのも出るのも無理かもしれない」
「それでしたら心当たりがございます。ひと晩、お時間をください」
「なにをするの?」
「クラウディア様はお忘れですか? わたくしが偽カーラ二世のおそばにいることを強要されている愛人であることを」
「まさか! ダメ、ダメよ! 好きでもない男の人とこれ以上するなんて」
「大丈夫ですわ。感情なんてありませんもの。体を差し上げても心までは差し上げたつもりはありませんから。きっといつか、クラウディア様にもご理解いただける日がくると思いますが、理解くださらなくてもわたくしは大丈夫です。では明日、もう一度。わたくしは下がらせていただきますわね」
なにか言いたそうなクラウディアの前から、タリアは優雅に去っていった。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。