三章 利害の一致
美術館の裏口から外に出ると、そこには一台の車が停まっていた。
レイバラル大国では、移動手段として一番主流になっているのは徒歩と汽車。
陸路を車で移動できるのは、裕福な家庭に限られていた。
ランプで生活している地方の人たちの移動は、汽車でも厳しいと思われる。
発展しつつある国にはつきものの、貧富の差があり、その差の溝を埋められるほどの発展には至っていない。
なぜ庶民の暮らしに差があるのか、それは国の財政のほとんどが軍に投資しているからだろう。
かつてレイバラル大国はカーラ帝国と幾度となく戦争を繰り返してきた。
勝率のほどはわからないが、おそらくカーラ帝国に勝ててはいないはず。
ギリギリのところで停戦、軍事力の底上げが成功すると再び挑むというのを繰り返していたと考えられる。
今は停戦中で、ここ数十年は大きな戦争もなかったはずなので、これから貧富の差が埋まる政治をしてほしいものである。
クラウディアは車に乗るように促され、自分を捕らえた男がかなりの身分であることを悟った。
また男を迎えにきた男もまた、無表情で神経質っぽい雰囲気がある。
なにやら面倒ごとに巻き込まれていそうな気配があった。
「あなた、お金持ちなのね」
クラウディアは車が走り出すと唐突にそう呟いた。
「そういうおまえも、車に乗ったことがありそうだな」
「……?」
「普通、乗り慣れないものに乗れと言われたら躊躇するものだ」
「お金持ちのくだりは否定しないのね」
「おまえだって、はじめて乗ったあたりのくだりを聞き流している。否定しないってことは経験があるってことだ。おまえ、何者だ?」
「そっくりその質問を返すわ」
聞かれてホイホイ話すほど気を許したわけではない。
交渉成立とはいえ、相手を信用したわけではない。
互いの視線がぶつかりあい、火花が散る。
その様子を運転している男、クラウディアが神経質っぽいと感じた男がバックミラーごしに割って入ってきた。
「あなたのことはすぐに素性を知ることができる。が、調べられるより、自分の口から話した方が早いのではありませんか?」
確かに、根ほり葉ほり調べられるよりは、ある程度打ち明けてその裏付け程度の確認で済んだ方がいいだろう。
それに、養父にこの事態を知らせる為にも、こちらから保護者がいることを告げた方がいい。
「それもそうね」
クラウディアは相手の提案を受けることにした。
その反応が意外だったようで、男の方が驚きを見せた。
「なんでそうなる? 俺には敵意むき出しで、なんでアーノルドの提案には素直なんだ」
運転している神経質っぽい男はアーノルドというらしい。
「はあ。これだからあなたという方は。お嬢さんの方から打ち明けてくれるとなったというのに、こちら側を先に知らせてどうするんです、ダジュール」
「え? うわっ、おまっ、なんで俺の名前まで!」
焦る男を見てクラウディアはあるひとつの答えを導き出した。
この国にいる者なら、ダジュールという名前を知っている。
その名をいえば、現国王のことを指すからだ。
「あなた、ダジュール=レイバラル? 現国王がなぜ?」
「……っう……」
図星らしい、ダジュールらしい男は悔しそうに舌打ちをした。
「ああ、そうだよ。こっちは名乗った。おまえは誰だ?」
「わたしはクラウディア。養父は鍛冶職人。旅をしていたのだけど数年前この国に来て定住したのよ。これでいい?」
「異国か! どうりでこの国ではなかなか見ない金色の髪をしていると思った」
レイバラル大国のほとんどは黒髪・黒い瞳をしている。
黒い瞳といえばクラウディアもそうだが、彼女ほど見事な金髪の者はいない。
明るい髪色というなら黒い髪の色素を少し抜いたような茶色や赤茶色。
ダジュールが国民と違い灰色の髪に冷たい青い瞳をしているのは、王族は常に傘下国から妻を選び、友好関係を保っているところがある。
自分の血縁者が王族にいるのだから、反旗を翻すなと脅しているようなもの。
何代もいろんな国の血が混ざり合い、国民とは違う髪と瞳を持つようになった。
「クラウディアはどの国の生まれだ?」
「さあ?」
「さあ……って、自分のことだろう。隠したって調べればわかることだ」
「じゃあ、調べれば?」
「はあ? おまえ、国王に対しなんだ、その態度は」
「わたし、国王と交渉したつもりはないもの。わたしを捕まえたひとりの男とよ。わたしに手伝ってほしいことがあるんでしょう? だったら権力者じゃなく、ひとりの人としてあるべきじゃないの?」
「おまっ……」
「ひとつ取られましたね、ダジュール王。ここはそのお嬢さんの言っていることが正しいでしょう。クラウディアさん、詳しい話はある場所に着いてからでよいでしょうか?」
「側近のあなたの方が話が通じそうね。いいわ、それで」
納得いかないとふてくされるダジュールを無視、クラウディアはこれ以上話すことはないと口を閉ざす。
アーノルドはミラーごしにふたりの様子を伺いながら、目的地まで車を走らせた。
レイバラル大国では、移動手段として一番主流になっているのは徒歩と汽車。
陸路を車で移動できるのは、裕福な家庭に限られていた。
ランプで生活している地方の人たちの移動は、汽車でも厳しいと思われる。
発展しつつある国にはつきものの、貧富の差があり、その差の溝を埋められるほどの発展には至っていない。
なぜ庶民の暮らしに差があるのか、それは国の財政のほとんどが軍に投資しているからだろう。
かつてレイバラル大国はカーラ帝国と幾度となく戦争を繰り返してきた。
勝率のほどはわからないが、おそらくカーラ帝国に勝ててはいないはず。
ギリギリのところで停戦、軍事力の底上げが成功すると再び挑むというのを繰り返していたと考えられる。
今は停戦中で、ここ数十年は大きな戦争もなかったはずなので、これから貧富の差が埋まる政治をしてほしいものである。
クラウディアは車に乗るように促され、自分を捕らえた男がかなりの身分であることを悟った。
また男を迎えにきた男もまた、無表情で神経質っぽい雰囲気がある。
なにやら面倒ごとに巻き込まれていそうな気配があった。
「あなた、お金持ちなのね」
クラウディアは車が走り出すと唐突にそう呟いた。
「そういうおまえも、車に乗ったことがありそうだな」
「……?」
「普通、乗り慣れないものに乗れと言われたら躊躇するものだ」
「お金持ちのくだりは否定しないのね」
「おまえだって、はじめて乗ったあたりのくだりを聞き流している。否定しないってことは経験があるってことだ。おまえ、何者だ?」
「そっくりその質問を返すわ」
聞かれてホイホイ話すほど気を許したわけではない。
交渉成立とはいえ、相手を信用したわけではない。
互いの視線がぶつかりあい、火花が散る。
その様子を運転している男、クラウディアが神経質っぽいと感じた男がバックミラーごしに割って入ってきた。
「あなたのことはすぐに素性を知ることができる。が、調べられるより、自分の口から話した方が早いのではありませんか?」
確かに、根ほり葉ほり調べられるよりは、ある程度打ち明けてその裏付け程度の確認で済んだ方がいいだろう。
それに、養父にこの事態を知らせる為にも、こちらから保護者がいることを告げた方がいい。
「それもそうね」
クラウディアは相手の提案を受けることにした。
その反応が意外だったようで、男の方が驚きを見せた。
「なんでそうなる? 俺には敵意むき出しで、なんでアーノルドの提案には素直なんだ」
運転している神経質っぽい男はアーノルドというらしい。
「はあ。これだからあなたという方は。お嬢さんの方から打ち明けてくれるとなったというのに、こちら側を先に知らせてどうするんです、ダジュール」
「え? うわっ、おまっ、なんで俺の名前まで!」
焦る男を見てクラウディアはあるひとつの答えを導き出した。
この国にいる者なら、ダジュールという名前を知っている。
その名をいえば、現国王のことを指すからだ。
「あなた、ダジュール=レイバラル? 現国王がなぜ?」
「……っう……」
図星らしい、ダジュールらしい男は悔しそうに舌打ちをした。
「ああ、そうだよ。こっちは名乗った。おまえは誰だ?」
「わたしはクラウディア。養父は鍛冶職人。旅をしていたのだけど数年前この国に来て定住したのよ。これでいい?」
「異国か! どうりでこの国ではなかなか見ない金色の髪をしていると思った」
レイバラル大国のほとんどは黒髪・黒い瞳をしている。
黒い瞳といえばクラウディアもそうだが、彼女ほど見事な金髪の者はいない。
明るい髪色というなら黒い髪の色素を少し抜いたような茶色や赤茶色。
ダジュールが国民と違い灰色の髪に冷たい青い瞳をしているのは、王族は常に傘下国から妻を選び、友好関係を保っているところがある。
自分の血縁者が王族にいるのだから、反旗を翻すなと脅しているようなもの。
何代もいろんな国の血が混ざり合い、国民とは違う髪と瞳を持つようになった。
「クラウディアはどの国の生まれだ?」
「さあ?」
「さあ……って、自分のことだろう。隠したって調べればわかることだ」
「じゃあ、調べれば?」
「はあ? おまえ、国王に対しなんだ、その態度は」
「わたし、国王と交渉したつもりはないもの。わたしを捕まえたひとりの男とよ。わたしに手伝ってほしいことがあるんでしょう? だったら権力者じゃなく、ひとりの人としてあるべきじゃないの?」
「おまっ……」
「ひとつ取られましたね、ダジュール王。ここはそのお嬢さんの言っていることが正しいでしょう。クラウディアさん、詳しい話はある場所に着いてからでよいでしょうか?」
「側近のあなたの方が話が通じそうね。いいわ、それで」
納得いかないとふてくされるダジュールを無視、クラウディアはこれ以上話すことはないと口を閉ざす。
アーノルドはミラーごしにふたりの様子を伺いながら、目的地まで車を走らせた。
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