心慌意乱
「だから! なんで何度もうちに来るんだよ」
あれだけ、張り切って出掛けたじゃないか。圭の言い分はもっともである。青筋を立てて、こめかみを押さえている圭の気持ちを考えたことは考えた。でも、盛下がったテンションで過ごせる場所を他に思い出せなかったのも事実だ。もちろん、今までもどこかで過ごしていたハズ。自分が過ごしていたテンション下降時の居場所を、思い出せないくらい、会いたくなっていたのだと思う。だけど、口にだしてはならない。大人のたしなみというやつだ。
「へぇ、貴方があの? 」
アホみたいにキリリと心の中でジェントルマンを気取ったタイミングで声をかけられて心臓がはね上がってしまった。やる気なくてウダウダ。カウンターでのびていたら背後で声がする。やけに良くとおる男後ろにたっていた。なんだ?常連か?
「あ、コラ。こんなでも、いちおお客さまなんだから、そんな背後でいわないよ」
やけに優しい圭の言葉に一瞬ドキリとしたが、俺に向けた言葉じゃない。
「向こうに行ってな?あ、おかわりは?」
ははーん。さては。
「なんだ。彼ピともう仲直りできたん?いいなぁ。幸せ真っ盛りかぁ。んじゃ、俺、邪魔じゃん?」
仲直りのチューしたん?チューしたん?と、中坊みたいに騒いで見せた。そしたら、圭のやつ、だとしたらどうなんだと、いった風に、言外にジロリと睨み付けてくる。そして、よく見たら圭の首筋が赤い。こっちまで伝染してくる、おあついことで。昔は自分が、顔を埋めていたその首筋が、もう他の誰かのものなのだと解ってチクリと胸が痛む。
「いい年したおっさんが彼ピとかいうなよ。気持ち悪い」
「あー、いーけないんだ。いけないんだ。それ、同い年に使ったらいつか自分の首絞めるぞ」
ま、その気持ちめっちゃわかるけど。とぼけたように笑って、コーヒーを飲むと、古ぼけた思い出が、形になって現れた。フワッと優しい甘味が口一杯に広がり、あの頃のような感覚が愛しかった。
「これ」
懐かしい思い出の味だ。駆け出しのあの頃はお互いに忙しくて、ろくに会話が出来なかった。それでも、時々すれ違いざまに用意しておいてくれた小豆ミルクのコーヒー。
「甘いものと食物繊維取って元気だせ」
味方にはなってやらないけど、応援ならいつでもしてやるよ。圭の優しい突き放しが、胸に染みた。思い出の中での圭はいつも泣いてばかりだった。いや、泣かせてばかりだった圭の芯の強さと優しさに、甘えていたのかもしれない。
「キレイになったよなぁ」
思わず、口に出た言葉の問題性に全く気がつかないほど、頭の中は佐藤でいっぱいになっていたのだろうか。ガタンっと慌てたような、椅子の倒れる音がして我に返った。じっと目が座ったまま、こちらを見ている例の彼ピがめちゃ怖い。
「あ、あのね…。彼ピさま?今さら圭のこと、ほら、その、ね。どうこう出来る立場に、ね」
俺はないという……。段々、しどろもどろになって、目も泳ぐのが怪しいと判断されたのか、余計顔色が悪い。ますます、恐ろしい形相になっている。耳元で、わかってますよと囁かれるまでは、真剣に殺されると思ってしまった。
「ちょっとだけ、ちょっとだけです。俺まだ、ベッド以外で名前呼ばせてもらえないから、羨ましくて」
クスリと、いたずらっ子のように笑う、たちの悪さに自分との共通点を見てしまった気がする。相変わらず、男を見る目、ないんだな。泣かせてばっかだったから、もう泣かせないでやって。思わず彼ピに言おうと思ったけど、この言葉は今、俺が言う言葉じゃない。なんだか、圭に関してはそんな気がする。もう、どこにも気持ちを伝える手段なんて残ってないのだ。友情と言っても厚かましい。
「それにしてもさ」
彼ピさまは、欠伸をかみかみ退屈そうに話しかける。
「お二人とも、旧知の仲なんでしょうけど。あんな、イキイキと怒る姿、初めて見ましたよ」
どこか、しょんぼりさせて見せる対人スキルの高さに、ドキッとする。甘え上手なんだな。佐藤とは違う、別のドキドキに落ち着かない。
「そりゃ、まぁ。学生時代から世話焼き女房的な?おかん的な?ま、誰にたいしてもそんな感じだったんだよ。あー、…あいつはさ」
もう、名前呼びはマズイのかな?とか、健気に言い直してみた自分に苦笑する。懐かしい思い出ばかり、抱えてついつい甘えに来るどうしようもない、元カレ。会わない期間が長かったせいか、どうにも落ち着かない。すでに、知人レベル以下のような気も、する。
「あー……、いや、まぁ。そんなことないんじゃないですか?さすがに」
困ったように、口元を押さえている彼ピの様子から、どうやら独り言は漏れていたらしい。
「えっ?あ、なに?マジ?やべ、聞こえてた? 」
カッコ悪。おどけた体で笑って見せて、空しさを誤魔化してみた。なんだろう。この、未練とは違う感情。なんて呼んだらいいんだろう。
「執着、なんじゃねぇの?」
心の中で呟いたつもりの言葉がウッカリ口からこぼれでていたようだ。呆れた顔の圭と思わずっといった感じで吹き出した彼ピさまの様子で、わかってしまった。なんだかんだと、いろんなもの漏らす年になってしまったんだろうか。
【つづけたい】
あれだけ、張り切って出掛けたじゃないか。圭の言い分はもっともである。青筋を立てて、こめかみを押さえている圭の気持ちを考えたことは考えた。でも、盛下がったテンションで過ごせる場所を他に思い出せなかったのも事実だ。もちろん、今までもどこかで過ごしていたハズ。自分が過ごしていたテンション下降時の居場所を、思い出せないくらい、会いたくなっていたのだと思う。だけど、口にだしてはならない。大人のたしなみというやつだ。
「へぇ、貴方があの? 」
アホみたいにキリリと心の中でジェントルマンを気取ったタイミングで声をかけられて心臓がはね上がってしまった。やる気なくてウダウダ。カウンターでのびていたら背後で声がする。やけに良くとおる男後ろにたっていた。なんだ?常連か?
「あ、コラ。こんなでも、いちおお客さまなんだから、そんな背後でいわないよ」
やけに優しい圭の言葉に一瞬ドキリとしたが、俺に向けた言葉じゃない。
「向こうに行ってな?あ、おかわりは?」
ははーん。さては。
「なんだ。彼ピともう仲直りできたん?いいなぁ。幸せ真っ盛りかぁ。んじゃ、俺、邪魔じゃん?」
仲直りのチューしたん?チューしたん?と、中坊みたいに騒いで見せた。そしたら、圭のやつ、だとしたらどうなんだと、いった風に、言外にジロリと睨み付けてくる。そして、よく見たら圭の首筋が赤い。こっちまで伝染してくる、おあついことで。昔は自分が、顔を埋めていたその首筋が、もう他の誰かのものなのだと解ってチクリと胸が痛む。
「いい年したおっさんが彼ピとかいうなよ。気持ち悪い」
「あー、いーけないんだ。いけないんだ。それ、同い年に使ったらいつか自分の首絞めるぞ」
ま、その気持ちめっちゃわかるけど。とぼけたように笑って、コーヒーを飲むと、古ぼけた思い出が、形になって現れた。フワッと優しい甘味が口一杯に広がり、あの頃のような感覚が愛しかった。
「これ」
懐かしい思い出の味だ。駆け出しのあの頃はお互いに忙しくて、ろくに会話が出来なかった。それでも、時々すれ違いざまに用意しておいてくれた小豆ミルクのコーヒー。
「甘いものと食物繊維取って元気だせ」
味方にはなってやらないけど、応援ならいつでもしてやるよ。圭の優しい突き放しが、胸に染みた。思い出の中での圭はいつも泣いてばかりだった。いや、泣かせてばかりだった圭の芯の強さと優しさに、甘えていたのかもしれない。
「キレイになったよなぁ」
思わず、口に出た言葉の問題性に全く気がつかないほど、頭の中は佐藤でいっぱいになっていたのだろうか。ガタンっと慌てたような、椅子の倒れる音がして我に返った。じっと目が座ったまま、こちらを見ている例の彼ピがめちゃ怖い。
「あ、あのね…。彼ピさま?今さら圭のこと、ほら、その、ね。どうこう出来る立場に、ね」
俺はないという……。段々、しどろもどろになって、目も泳ぐのが怪しいと判断されたのか、余計顔色が悪い。ますます、恐ろしい形相になっている。耳元で、わかってますよと囁かれるまでは、真剣に殺されると思ってしまった。
「ちょっとだけ、ちょっとだけです。俺まだ、ベッド以外で名前呼ばせてもらえないから、羨ましくて」
クスリと、いたずらっ子のように笑う、たちの悪さに自分との共通点を見てしまった気がする。相変わらず、男を見る目、ないんだな。泣かせてばっかだったから、もう泣かせないでやって。思わず彼ピに言おうと思ったけど、この言葉は今、俺が言う言葉じゃない。なんだか、圭に関してはそんな気がする。もう、どこにも気持ちを伝える手段なんて残ってないのだ。友情と言っても厚かましい。
「それにしてもさ」
彼ピさまは、欠伸をかみかみ退屈そうに話しかける。
「お二人とも、旧知の仲なんでしょうけど。あんな、イキイキと怒る姿、初めて見ましたよ」
どこか、しょんぼりさせて見せる対人スキルの高さに、ドキッとする。甘え上手なんだな。佐藤とは違う、別のドキドキに落ち着かない。
「そりゃ、まぁ。学生時代から世話焼き女房的な?おかん的な?ま、誰にたいしてもそんな感じだったんだよ。あー、…あいつはさ」
もう、名前呼びはマズイのかな?とか、健気に言い直してみた自分に苦笑する。懐かしい思い出ばかり、抱えてついつい甘えに来るどうしようもない、元カレ。会わない期間が長かったせいか、どうにも落ち着かない。すでに、知人レベル以下のような気も、する。
「あー……、いや、まぁ。そんなことないんじゃないですか?さすがに」
困ったように、口元を押さえている彼ピの様子から、どうやら独り言は漏れていたらしい。
「えっ?あ、なに?マジ?やべ、聞こえてた? 」
カッコ悪。おどけた体で笑って見せて、空しさを誤魔化してみた。なんだろう。この、未練とは違う感情。なんて呼んだらいいんだろう。
「執着、なんじゃねぇの?」
心の中で呟いたつもりの言葉がウッカリ口からこぼれでていたようだ。呆れた顔の圭と思わずっといった感じで吹き出した彼ピさまの様子で、わかってしまった。なんだかんだと、いろんなもの漏らす年になってしまったんだろうか。
【つづけたい】
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