第四十七話 紳士の道は騎士の道
とにかく城ヶ崎シャーロットの『救出』を完了せねばならない。ジョーカーは、モナを抱きしめている少女のもとにしゃがみ込み、手を差し出した。
「……ほら、行くぞ、城ヶ崎」
「んー……モルガナとお話し出来るの、楽しいのになー」
「モルガナの声を一度、認識したからな。おそらく、今後は普段でも喋れるようになると思うぞ」
「ホント!?」
「ああ。多分な……それよりも、ここから出るぞ。ここは……何だか物騒な場所なんだ」
「……そういえば……何て言うか、殺風景だよね……ここ、どこ?」
『誰かが作った異世界だ。おそらく、昼間の七不思議に関係がある存在だろう』
「七不思議……?」
『そうだ。いいか、城ヶ崎。お前、そこの十字架に縛られて、マンションの屋上から突き落とされるところだったみたいだぞ?』
「ふええええええっ!?な、なにそれ、怖いっ!?」
「……縛られた記憶は無いのか?」
「う、うん。私、寝付きといい方で、ちょっとしたイタズラとかされても、あんまり起きちゃわないし……」
『異世界で、ずっと寝たままだったのかよ!?……大した根性というか、何だか大物っぽい気がしてくるぜ……』
「モルガナに褒められた!」
『あんまし、褒めてねーよ』
「あう。モルガナ、けっこう辛口なコメントするー」
『城ヶ崎がツッコミどころが多すぎるだけだ。こんな邪悪な気配が漂っていたところで、よくもまあ、グースカ眠っていられるもんだぜ……』
「寝付きが良い子なんだもの」
「……とにかく、ここから脱出しよう」
『そうだな……異世界からの脱出か……ここだと……ん。おい、見てみろジョーカー』
城ヶ崎シャーロットの腕の中を抜けて、モナは走る。そして小さな指を使って、『それ』を示していた。
『あの螺旋階段は……非常階段だぞ!……見ろよ。あそこだけ、やけに壊れていない。おそらく、このマンションの『主』の認識の中でも、狂いがないんだ』
「つまり、安全に脱出することが出来るということか」
『そういうことだ。ここは幽霊の作り出した世界なのかもしれないが、認識のなかにある概念は有効だ。非常階段は安全。そういった考えが、『主』にはあるんだろう』
「……むー。モルガナ、難しいコト言ってて、よく分からないなぁ……シャーさん、猫さんよりおバカなんだね……」
『状況を把握していないから、混乱もする。とにかく、我が輩たちの指示に従って、この場所から撤退を―――――っ!?』
「ッ!!」
「……あれ、いきなり、暗くなっちゃった……」
赤い月の光が、遮られていた。空の月に迫るほどに巨大な存在によって。『それ』は、ずっとこの場所の近くにいたという事実に、ジョーカーとモナは気がついていた。
不覚と言えるかもしれない。その気配が乏しい巨大なシャドウは、この巨大化したマンションの外壁に張りついていたのだ。そうすることで、屋上にいる自分たちからは死角となる……。
『隠れていやがったのか……ッ』
「……チッ」
『それ』は、あまりにも大きな骨だった。肉の削げ落ちた巨大な白骨が、空に浮かぶ月からの光を遮るようにして、立ち上がっていた。ビルの外壁をよじ登り、この場所へとやって来たのである。
身長8メートルほどの、白骨だ。その頭蓋骨は、赤い仮面が張りついている。
「……あわわ……でっかい、骨の……巨人さんだ……っ。あ、あれ……知ってる……七不思議だよ。校舎裏にあった昔の霊園が、崖崩れで全壊した時、一人だけご遺体が見つからなかったって……そ、それが……見つけて欲しくて……お、大きくなって、校舎を徘徊するって……」
城ヶ崎シャーロットがジョーカーに抱きつき、そして体をガタガタと震わせながらそう語っていた。
「ね、ねえ。レンレン……これ、夢だよね……あ、あんなお化け、ほ、本当にこの世にいないよね……っ!?」
正直に答えてやるべきなのか。それとも、この場をしのぐためのやさしい嘘を使うべきなのか……ジョーカーには判断がつかない。だが、どんな状況であったとしても、すべきことは、とっくの昔に決まっていた。
「モナ、城ヶ崎が逃げるまでの時間を稼ぐぞ!!」
『そうだな!!そうするしかないよなッ!!フフフ!!久しぶりに、怪盗の血が騒ぐぜ!!』
「か、怪盗……それって、もしかして、去年の……?」
「城ヶ崎、立てるか?……とにかく、非常階段に向かって、走れ。オレとモナで、あのデカブツの注意を引きつけておいてやる」
「う、うん……っ。でも……大丈夫?……レンレンも、モルガナも……し、死んじゃったりしないかな?いくら、夢の中でも、あんなのに踏みつけられたら、ぺしゃんこだよう……っ」
『大丈夫だ。我が輩たちを、誰だと思っているんだ?』
「レンレンとモルガナ……」
『そうだけど。いいか、城ヶ崎、我が輩たちの『本職』は、怪盗だ!!悪人の心を盗み、改心させる……『心の怪盗団』、『ザ・ファントム』とは我が輩たちのことだ!!』
「聞いたことあるヤツだ!!」
『ああ!!ちょっとした有名人だろ?』
「……とにかく、今は、あそこに避難しておけ。あの骨を……オレたちが倒すまでな」
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