第二十二話 『屋根裏部屋の思い出』
城ヶ崎シャーロットのアイデアにより、三人は食堂の窓の近くで、舞い散る桜の花片を見つめながらサンドイッチを食べ始める。
まだ11時を少し過ぎたところだが……早起きして弁当を作ったから、お腹が空いてはいるのだ。それに、蓮もまだ成長期だった。モルガナは、肉球で卵サンドを器用に押さえて、モグモグとそれをむさぼる。
『……もぐもぐ。ああ、美味いぜ、蓮』
「もぐもぐ!……あー。おいしい!!レンレン、ゴハン作るの上手だなー……これってさー、もしかしてー?……パンを、少し焼いてるところがコツだったりしちゃうのかなー?」
「ああ。バターをたっぷりと塗って、軽く焼くんだ。そうすることで、野菜や具の水気をパンが吸いにくくなる」
「スゴーい!!お料理博士さんだね、レンレンっ!!」
『フフフ。ルブランでしっかりと仕込まれた成果が出ているじゃないか。喫茶店の技術だな。きっと、マスターもよろこんでいるさ』
「誰かに教わったの?」
「……そうだ」
「誰から?」
「東京の喫茶店でな」
「おお。喫茶店っ。オサレーな響きだー。レンレン、そこでバイトしていたの?」
「いいや。屋根裏に住んでた」
「んぐッ!?」
『お、おい!!蓮、城ヶ崎がノドにサンドイッチを詰まらせたみたいだ!!早く、水筒のコーヒーを飲ませろ!!』
「ほら。城ヶ崎、コーヒーだ」
「ん。ん。んん…………っ」
ゴクゴク。城ヶ崎シャーロットの白くて細いノドがゴクゴクと鳴って、コーヒーを勢いよく飲み込んでいった。ノドに引っかかったサンドイッチは、無事、収まるべきところに収まったらしい……。
『ふー。ホント、慌ただしい子だなあ、城ヶ崎って?……こんなドジを連発しちゃう子なのに、まったく、よくここまで無事に成長したもんだなぁ……』
「……はあ、はあ、はあ。お、美味しいサンドイッチで死んじゃうところだったよう」
「生きてて良かった」
「そ、そーだけどさ。今のは、レンレンもちょっと悪いと思いまーすっ!!」
「どうしてだ?」
「だって、屋根裏に住んでたとか言い出すから。驚くよ!?なにその、魔女の宅急便みたいなライフスタイル!!あるいは、江戸川乱歩先生的な発想じゃないの!?」
『……『屋根裏の散歩者』か。城ヶ崎のヤツ、意外と読書家なのかもしれないな。読書量は、ドジを直すことはなかったようだが……』
モルガナは古典に造詣が深いのかもしれない城ヶ崎シャーロットに、少し敬意を覚えようとしている。読書のときは、もしかして眼鏡とかかけるのだろうか?
……なんか、美少女が知的な眼鏡をかけて古典文学に触れていると、ワクワクする……じゃなくて、偉いと思う。
『とにかく、意外と偉い子だぞ、城ヶ崎!』
モルガナはやけに感心していた。蓮は、そのことを伝えてやることにした。
「江戸川乱歩を知っているなんて偉いぞと、モルガナが言っている」
「え。そりゃそうだよ。だって、有名漫画と『同名キャラ』なんだよ?……覚えるよ、私、マンガ・オタクなんだからね!!クール・ジャパンの毒牙にかかった子なんだから!!」
『……毒牙て。なんか良いイメージがないから使わないで欲しいな。それに、同名キャラっていうか、名前の元ネタだぜ……ああ……こういうのだ。我が輩の頭のなかに生まれかけていた、『隠れ知的美少女モード』の城ヶ崎が、瓦解しちまうなあ』
「どーして、私を褒めてくれたばかりのモルガナは、頭と尻尾をうなだれて、まるで失望しているみたいなモードをしているの……?ねえ、レンレン、ちゃんと猫語翻訳してる?」
「翻訳しているぞ」
「そーなんだ。猫さんは気分屋だから、気持ちの変化が早いのかなぁ……?」
「そうかもしれないな」
モルガナは感情が豊かな猫型生物だということは確かだ。無口な自分に比べれば、ずいぶんと社交的でもあるし、明るいヤツだと蓮は考えている。
「それで、レンレン。ハナシは戻るんだけど」
「何のハナシだったっけ?」
サンドイッチに噛みついた後で、蓮は首を傾げる。
「あれだよ。喫茶店の屋根裏に住んでいたって、どういうことなの?」
「佐倉惣治郎という保護司の元に、例の事件のせいで預けられた。惣治郎は喫茶店をしていて、そこのマスターだった」
「ふむふむ。なるほどなるほど?」
「その喫茶店の屋根裏には、物置みたいなスペースがあった。惣治郎は、そこをオレのための部屋として提供してくれたんだよ」
「そうなんだ。屋根裏が、レンレンのお部屋だったんだね……」
「城ヶ崎、見ろ。オレの部屋だ」
自分のスマホを城ヶ崎シャーロットに差し出した。城ヶ崎シャーロットはサンドイッチを持たない右手で、スマホを受け取る……その表情はちょっとだけ緊張しているようだ。悲惨なイメージをしているのかもしれない……。
だが、スマホの画面を見ると、その表情が、またたく間にパーッと明るくなるのが見て取れた。
「スゴーい!!なんか、レトロな感じで、楽しそうっ!!お土産みたいなの、一杯飾ってあるし……ファミコンあるし、ファミコン!!レトロゲーム過ぎるよ。屋根裏にあったの?」
「いいや。ゲーム屋で買った」
「なんか観葉植物とかも置いてあるし……良さげな雰囲気だなあ……男の子の部屋って、初めて見たんだけどさ。こんな感じなのかな?」
「どうかな。屋根裏部屋は、少し独特だと思うぞ」
「そーだよねー。なんだか、ファンタジーとノスタルジーを感じるっていうかさ。温かい感じ。レンレンは、きっと、この部屋にいい思い出がたくさんありそうだよ」
「……そうだな。いい思い出が、たくさんある」
眼鏡の下にある瞳を細めながら、蓮は楽しげな記憶に思いを馳せる……。
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