宿命の魔女
柳洞寺と呼ばれる大霊地が冬木には存在する。夜。今セイバーは1人で、寺へと続く石段を登っていた。
士郎の姿はない。ぐっすりと眠る姿を確認していた。
ちょっとだけ、寝ている彼の頭を撫でてみたり。キスしようとして、結局出来なかったり。
「我ながららしくない」
呟きながらも楽しそうな顔。完全に色ボケであった。
「…さて。ここら辺で活躍しておかないといけませんね」
とても良いマスターと巡り会えた。だからこそ、彼女もまた張り切って戦いに挑んでいる。
思えば認められる事なんてない生涯だった。望まれず生まれ、反逆し燃え尽きた。何もかも残せなかった。子供のように、理不尽に怒りを残していられたならば楽だったろうけど。
「喚んでくれたシロウの為にも、幼子ではいられません」
今の彼女は違う。マスターの影響で、成熟した精神で現れている。
「抱える罪の重みは忘れない。もう逃げませんよ」
胸に突き刺さるのは王国の最後だった。彼女が壊した国。騎士王に突き刺した剣の感触を、今でも覚えている。忘れられるわけがない。
そう。だから気づけた。――酷く懐かしい匂いを感じたんだ。
石段を登り切って、門番の居ない入り口を超える。内部へと入ってみれば、神殿が構築されていた。キャスターの拠点であろうよ。
「ふん。隠蔽していたんだろうがな」
何の異変も感じさせていなかったんだ。セイバーも、直感と魔術の知識がなければ判断出来なかった。
何より、ここを構築した英霊との血縁がある。
紫色の煙がゆらゆらと揺れている。踏みしめる地面は泥にまみれていた。
甘ったるい匂いを感じる。足下があやふやになっていく錯覚が、脳髄を融かしてしまいそうだ。凄まじい幻惑の力を感じる。
「なあ、久しぶりだな糞ババア。悪いが死んでくれや」
「――あらあら」
呼びかけに応えて、虚空より現れしは妖艶なる美女。
男を惑わす蠱惑的な黒い衣服が、豊満な肢体をより艶やかに彩っている。腰まで伸ばされた銀髪が月光の様だ。
左右の瞳の色が異なっている。黄金と湖の色を宿している。卓越した魔術師にして、ブリテンの加護により人を超越した妖姫。三身の異なる在り方を持つ者。
アーサー王伝説に語られし稀代の妖姫・モルガンが現れた。
「うふふ。相変わらず口が悪いのね。可愛い可愛い、私のお人形」
妖精の様に無邪気な声で、甘ったるい言葉を紡ぎ上げていく。声だけで魅了する。当然だが、セイバーには通用していない。
対魔力は関係ない。目の前の怪物の在り方を熟知している。
「けっ! 反吐が出るぜくっだらねえ。テメエの手口は理解している」
堕落と腐敗。下劣にして、徹底的に弱みを抉り込むその性格だ。
「糞汚え泥水みてえな魔女め」
そこに容赦や加減はない。大河を人質に取るだろう。誰しもが大切にしているモノを、躊躇なく壊せるタイプの外道である。
そうなれば、士郎は完成してしまう。己が幸せなんて望めなくなってしまう。そんなのは嫌だ。照れくさそうに笑う彼が好きだ。
騎士として守る。守り切ってみせる。
バーサーカーとは種別の違う強敵を前にして、滾る騎士がここにいる。
「生憎、オレの大切なマスターを巻き込ませたくねえんでな」
「…へえ。大事なのね」
夢見心地の甘い声は消えて、興味深そうにセイバーを見ている。
「悲しい程にな。オレみてえな外道が仕えるには、掲げる理想が眩しいんだよ」
胸にしまいこむ罪の重いが痛む。彼女は士郎と共に笑い合えない。
幸せになってほしいと思えた。見守ろうと思ったんだ。それでも罪人だから、子を成せない身の上だから。
いつか士郎は誰かと愛し合ってしまう。ならば騎士として、その幸せを守れる者でありたい。
「あ~あ相変わらずなのね。貴女はいっつも引っ込み屋さん」
見透かすようなキャスタ-の言葉を受けて、セイバーの怒りが上がっていく。
「テメエがオレを創ったんだろうが」
「あらら私のせい? 貴女が背負った罪でしょう」
勝手に愛を諦めているのは自業自得だと。妖艶に魔女は笑っていた。
「相変わらず気にくわねえ」
「反抗期ね。もうすぐお父さんと合わせてあげるから」
蠱惑的な言葉は、遂にセイバーの憤怒を爆発させた。
「――その上、父上まで利用しようとしてるのか」
静かに燃える激怒の雷。紅の魔力が弾けている。今にも爆発しそうな様子であった。冷静さは既に残っていない。
「私の全てですもの。騎士王の在り方から、あの子を解放する」
その願いの言葉は、不可思議な真摯さを感じたけれど。願いを叶えるために、彼女はどこまでも外道に堕ちるだろう。
ならば許せない。大切なマスターがいる。騎士と認めてくれた人がいるんだ。反逆の騎士と謳われようが、彼女はどこまでも戦い続ける。
「やっぱりテメエは生きてちゃいけねえ」
「お互い様でしょう」
「はっ! 否定出来ねえよ笑っちまうぜ」
こきりと首を鳴らして、完全に戦闘態勢が整った。
「…だから、同種のゲス同士。喰らい合って殺し合おうぜ…!!」
白銀の剣を引き抜いて、キャスターとの戦闘が始まった。
士郎の姿はない。ぐっすりと眠る姿を確認していた。
ちょっとだけ、寝ている彼の頭を撫でてみたり。キスしようとして、結局出来なかったり。
「我ながららしくない」
呟きながらも楽しそうな顔。完全に色ボケであった。
「…さて。ここら辺で活躍しておかないといけませんね」
とても良いマスターと巡り会えた。だからこそ、彼女もまた張り切って戦いに挑んでいる。
思えば認められる事なんてない生涯だった。望まれず生まれ、反逆し燃え尽きた。何もかも残せなかった。子供のように、理不尽に怒りを残していられたならば楽だったろうけど。
「喚んでくれたシロウの為にも、幼子ではいられません」
今の彼女は違う。マスターの影響で、成熟した精神で現れている。
「抱える罪の重みは忘れない。もう逃げませんよ」
胸に突き刺さるのは王国の最後だった。彼女が壊した国。騎士王に突き刺した剣の感触を、今でも覚えている。忘れられるわけがない。
そう。だから気づけた。――酷く懐かしい匂いを感じたんだ。
石段を登り切って、門番の居ない入り口を超える。内部へと入ってみれば、神殿が構築されていた。キャスターの拠点であろうよ。
「ふん。隠蔽していたんだろうがな」
何の異変も感じさせていなかったんだ。セイバーも、直感と魔術の知識がなければ判断出来なかった。
何より、ここを構築した英霊との血縁がある。
紫色の煙がゆらゆらと揺れている。踏みしめる地面は泥にまみれていた。
甘ったるい匂いを感じる。足下があやふやになっていく錯覚が、脳髄を融かしてしまいそうだ。凄まじい幻惑の力を感じる。
「なあ、久しぶりだな糞ババア。悪いが死んでくれや」
「――あらあら」
呼びかけに応えて、虚空より現れしは妖艶なる美女。
男を惑わす蠱惑的な黒い衣服が、豊満な肢体をより艶やかに彩っている。腰まで伸ばされた銀髪が月光の様だ。
左右の瞳の色が異なっている。黄金と湖の色を宿している。卓越した魔術師にして、ブリテンの加護により人を超越した妖姫。三身の異なる在り方を持つ者。
アーサー王伝説に語られし稀代の妖姫・モルガンが現れた。
「うふふ。相変わらず口が悪いのね。可愛い可愛い、私のお人形」
妖精の様に無邪気な声で、甘ったるい言葉を紡ぎ上げていく。声だけで魅了する。当然だが、セイバーには通用していない。
対魔力は関係ない。目の前の怪物の在り方を熟知している。
「けっ! 反吐が出るぜくっだらねえ。テメエの手口は理解している」
堕落と腐敗。下劣にして、徹底的に弱みを抉り込むその性格だ。
「糞汚え泥水みてえな魔女め」
そこに容赦や加減はない。大河を人質に取るだろう。誰しもが大切にしているモノを、躊躇なく壊せるタイプの外道である。
そうなれば、士郎は完成してしまう。己が幸せなんて望めなくなってしまう。そんなのは嫌だ。照れくさそうに笑う彼が好きだ。
騎士として守る。守り切ってみせる。
バーサーカーとは種別の違う強敵を前にして、滾る騎士がここにいる。
「生憎、オレの大切なマスターを巻き込ませたくねえんでな」
「…へえ。大事なのね」
夢見心地の甘い声は消えて、興味深そうにセイバーを見ている。
「悲しい程にな。オレみてえな外道が仕えるには、掲げる理想が眩しいんだよ」
胸にしまいこむ罪の重いが痛む。彼女は士郎と共に笑い合えない。
幸せになってほしいと思えた。見守ろうと思ったんだ。それでも罪人だから、子を成せない身の上だから。
いつか士郎は誰かと愛し合ってしまう。ならば騎士として、その幸せを守れる者でありたい。
「あ~あ相変わらずなのね。貴女はいっつも引っ込み屋さん」
見透かすようなキャスタ-の言葉を受けて、セイバーの怒りが上がっていく。
「テメエがオレを創ったんだろうが」
「あらら私のせい? 貴女が背負った罪でしょう」
勝手に愛を諦めているのは自業自得だと。妖艶に魔女は笑っていた。
「相変わらず気にくわねえ」
「反抗期ね。もうすぐお父さんと合わせてあげるから」
蠱惑的な言葉は、遂にセイバーの憤怒を爆発させた。
「――その上、父上まで利用しようとしてるのか」
静かに燃える激怒の雷。紅の魔力が弾けている。今にも爆発しそうな様子であった。冷静さは既に残っていない。
「私の全てですもの。騎士王の在り方から、あの子を解放する」
その願いの言葉は、不可思議な真摯さを感じたけれど。願いを叶えるために、彼女はどこまでも外道に堕ちるだろう。
ならば許せない。大切なマスターがいる。騎士と認めてくれた人がいるんだ。反逆の騎士と謳われようが、彼女はどこまでも戦い続ける。
「やっぱりテメエは生きてちゃいけねえ」
「お互い様でしょう」
「はっ! 否定出来ねえよ笑っちまうぜ」
こきりと首を鳴らして、完全に戦闘態勢が整った。
「…だから、同種のゲス同士。喰らい合って殺し合おうぜ…!!」
白銀の剣を引き抜いて、キャスターとの戦闘が始まった。
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