十二章 災難
「なにをされているのですか、あなたは!」
アーノルドがダジュールの部屋に入ると、割れた鏡と血塗れの手をした彼の姿が飛び込んでくる。
クラウディアの状態を気にかけているだろうと察して、その報告にやってきたアーノルドにとって、こちらがこれほど荒れているとは想定外だった。
すぐに医者が駆けつけ手当をする。
鏡の破片が入っていることはなく、また骨にも異常がないことがわかり、安堵するアーノルド。
しばらくは傷口が閉じるまで右手は使わないようにと言われてしまう。
右手が使えないのでは書類へのサインは困難になるだろう。
そのしわ寄せは、新しい王妃へと向かうのは必須で、いろんな意味でキズついたクラウディアを追いつめることにもなる。
「なんと愚かなことをするのですか、あなたは。だから私は最初に申しました。例の件は必ず婚姻の前に話して置くようにと。見届け人である貴族たちを欺く方法はいくらでもありました。準備をする期間もなかったわけではありません。すべては勝手な思いこみが招いたこと。ケイモス殿に殺されても文句は言えませんよ」
「……ああ、わかっている。だが、今はまだ殺されるわけにはいかない。すべてが終わったらこの命、クラウディアたちにくれてやるくらいの覚悟はある」
「……そうですか。それを聞いて安心いたしました」
「で、クラウディアはどうだった?」
「入り口が切れてしまいまして、少し縫ったようです。血は処女膜が破れたことと、入り口が切れたことで思ったより出血したのだろうと。体調的には問題はないようですが、心の方が心配とのことです。なにをやっているんですか。あなたらしくない。もっと女性を気持ちよくさせてからすることくらい、出来るでしょう。女性を楽しませるテクニックは教わっていたでしょうに」
「なにをいってもいいわけにしかならないな」
「そうですね。見られるのはイヤだといったクラウディア様のご意志を尊重されたのでしょうが、それならそれで準備が必要なのですよ。あらかじめ女性の体に気持ちよく感じる薬を塗ったり服用してもらったり……まあ、使用するにしても事前に体調確認なども必要ですが。本当に、どうして大丈夫などと思ったのでしょうね。焦りですか? それともカーラ出身者の協力を得られたという想定外のカードを手に入れ、安心してしまいましたか?」
「どうだろうな。俺にもわからない。ただ、クラウディアのことは生涯かけて大事にしなきゃいけないという覚悟は出来ている」
「愛しているのですか?」
「愛? わからないな。そもそも愛ってなんだよ」
「でしょうね。王族に愛や恋を訪ねた私が間違っておりました。ですが、そのうちあなたにもわかりますよ。愛おしいという感情が。責任から償いをしなくては思うのも大事ですが、そうではない感情で大事に守らなくてはと思うこともあるということを。とりあえず、クラウディア様は薬で眠っておられますので、あなたにできることはありません。あなたももうお休みになってください。明日からは近隣各国から大使がお祝いにやってきます。うまく演じてくださいね」
「……くどい。わかっている。もういい、おまえは下がれ」
「御意」
アーノルドが出て行くのを確認した後、ダジュールは寝室へと入る。
布団を頭からかぶり、体を丸めて寝る姿は、まるで子供のように見える。
※※※
翌朝、メイドが起こしくるよりも前に目が覚めたダジュールは、シャワーを浴び、素肌の上にガウンを羽織った状態でテラスでボーとしていた。
すると、テラスの下から人影がみえ、それがクラウディアであると気づくと、身を乗り出していた。
声をかけようとしたが、その言葉を飲み込む。
クラウディアは介護用の車いすに座り、メイドのひとりがそれを押しながら何かを話していた。
アーノルドは大丈夫だと言っていたはず、なのになぜ車いすなのだろうか。
アーノルドが嘘の報告をしたとは考えにくい。
ひと晩のあいだに悪化したのだろうか。
ガウン姿のまま宮内を歩くのははしたないとされているが、着替えている時間も惜しいと思ったダジュールは、その姿のままアーノルドの部屋を訪ねた。
まだ睡眠中であったアーノルドを叩き起こし部屋に入るなり、
「ク、クラウディアの様態が悪化したのか?」
と問う。
「はい? そのような報告は受けていませんよ」
「じゃあ、なんで車いすなんだ?」
「ああ、そのことですか。あなたって本当は救いようのないヘタレだったんですね」
「はあ?」
「はいはい、そこはあなたが怒っていいところではありませんよ。腰がたたなくなっているのでしょうね。あなたが無理矢理はじめての女性の中に挿入したものですから」
「……っう、俺のせい?」
「あなた以外の誰のせいだと思っているんですか。受け身である女性が男性を受け入れるということは、相当の覚悟か必要なんですよ。まあ人によりますけれど、何度も経験しても行為のあとのけだるさや痛みが伴うという方もいます。女性の体は壊れやすい、意図も簡単に崩壊してしまうこともあると知れただけでも、今回の失態の意味はあったのかもしれませんね。で、ご挨拶と謝罪をされたのですか? 誠意を見せるのは大事ですよ。ったく、私の寝込みを襲うくらいの度胸があるのでしたら、まずはクラウディア様に謝罪なさってください」
とその後も延々と小言が続いたのだった。
アーノルドがダジュールの部屋に入ると、割れた鏡と血塗れの手をした彼の姿が飛び込んでくる。
クラウディアの状態を気にかけているだろうと察して、その報告にやってきたアーノルドにとって、こちらがこれほど荒れているとは想定外だった。
すぐに医者が駆けつけ手当をする。
鏡の破片が入っていることはなく、また骨にも異常がないことがわかり、安堵するアーノルド。
しばらくは傷口が閉じるまで右手は使わないようにと言われてしまう。
右手が使えないのでは書類へのサインは困難になるだろう。
そのしわ寄せは、新しい王妃へと向かうのは必須で、いろんな意味でキズついたクラウディアを追いつめることにもなる。
「なんと愚かなことをするのですか、あなたは。だから私は最初に申しました。例の件は必ず婚姻の前に話して置くようにと。見届け人である貴族たちを欺く方法はいくらでもありました。準備をする期間もなかったわけではありません。すべては勝手な思いこみが招いたこと。ケイモス殿に殺されても文句は言えませんよ」
「……ああ、わかっている。だが、今はまだ殺されるわけにはいかない。すべてが終わったらこの命、クラウディアたちにくれてやるくらいの覚悟はある」
「……そうですか。それを聞いて安心いたしました」
「で、クラウディアはどうだった?」
「入り口が切れてしまいまして、少し縫ったようです。血は処女膜が破れたことと、入り口が切れたことで思ったより出血したのだろうと。体調的には問題はないようですが、心の方が心配とのことです。なにをやっているんですか。あなたらしくない。もっと女性を気持ちよくさせてからすることくらい、出来るでしょう。女性を楽しませるテクニックは教わっていたでしょうに」
「なにをいってもいいわけにしかならないな」
「そうですね。見られるのはイヤだといったクラウディア様のご意志を尊重されたのでしょうが、それならそれで準備が必要なのですよ。あらかじめ女性の体に気持ちよく感じる薬を塗ったり服用してもらったり……まあ、使用するにしても事前に体調確認なども必要ですが。本当に、どうして大丈夫などと思ったのでしょうね。焦りですか? それともカーラ出身者の協力を得られたという想定外のカードを手に入れ、安心してしまいましたか?」
「どうだろうな。俺にもわからない。ただ、クラウディアのことは生涯かけて大事にしなきゃいけないという覚悟は出来ている」
「愛しているのですか?」
「愛? わからないな。そもそも愛ってなんだよ」
「でしょうね。王族に愛や恋を訪ねた私が間違っておりました。ですが、そのうちあなたにもわかりますよ。愛おしいという感情が。責任から償いをしなくては思うのも大事ですが、そうではない感情で大事に守らなくてはと思うこともあるということを。とりあえず、クラウディア様は薬で眠っておられますので、あなたにできることはありません。あなたももうお休みになってください。明日からは近隣各国から大使がお祝いにやってきます。うまく演じてくださいね」
「……くどい。わかっている。もういい、おまえは下がれ」
「御意」
アーノルドが出て行くのを確認した後、ダジュールは寝室へと入る。
布団を頭からかぶり、体を丸めて寝る姿は、まるで子供のように見える。
※※※
翌朝、メイドが起こしくるよりも前に目が覚めたダジュールは、シャワーを浴び、素肌の上にガウンを羽織った状態でテラスでボーとしていた。
すると、テラスの下から人影がみえ、それがクラウディアであると気づくと、身を乗り出していた。
声をかけようとしたが、その言葉を飲み込む。
クラウディアは介護用の車いすに座り、メイドのひとりがそれを押しながら何かを話していた。
アーノルドは大丈夫だと言っていたはず、なのになぜ車いすなのだろうか。
アーノルドが嘘の報告をしたとは考えにくい。
ひと晩のあいだに悪化したのだろうか。
ガウン姿のまま宮内を歩くのははしたないとされているが、着替えている時間も惜しいと思ったダジュールは、その姿のままアーノルドの部屋を訪ねた。
まだ睡眠中であったアーノルドを叩き起こし部屋に入るなり、
「ク、クラウディアの様態が悪化したのか?」
と問う。
「はい? そのような報告は受けていませんよ」
「じゃあ、なんで車いすなんだ?」
「ああ、そのことですか。あなたって本当は救いようのないヘタレだったんですね」
「はあ?」
「はいはい、そこはあなたが怒っていいところではありませんよ。腰がたたなくなっているのでしょうね。あなたが無理矢理はじめての女性の中に挿入したものですから」
「……っう、俺のせい?」
「あなた以外の誰のせいだと思っているんですか。受け身である女性が男性を受け入れるということは、相当の覚悟か必要なんですよ。まあ人によりますけれど、何度も経験しても行為のあとのけだるさや痛みが伴うという方もいます。女性の体は壊れやすい、意図も簡単に崩壊してしまうこともあると知れただけでも、今回の失態の意味はあったのかもしれませんね。で、ご挨拶と謝罪をされたのですか? 誠意を見せるのは大事ですよ。ったく、私の寝込みを襲うくらいの度胸があるのでしたら、まずはクラウディア様に謝罪なさってください」
とその後も延々と小言が続いたのだった。
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