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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第1話

 世界の終わりが始まって、町のあちこちに〝空白地帯〟とおれが呼んでいる場所ができた。かっこよく〝エアポケット〟と呼んでもいい。おれがそう名づけた。ようは自動車もバイクも通らない、歩行者さえほとんど見かけない場所のこと。
 こういう場所はたいてい事故によって四方がふさがれ、そして襲うべき商店がない場所にできる。いまでは国道も高速もバイパスもすべてが、玉突き事故や横転事故なんかの事故現場の展示場と化し、それを動かすレッカー車さえも追突されて横転しているようなありさまだ。
 そんな狂躁状態が半月続いている。
「人類は終了しますよー」
 といった内容のふざけた放送が、紅白歌合戦の代わりに流れた。結局、紅白は流れなかった。もちろん番組表どおりでなかったのは、どの裏番組もどこの地元ローカルもすべて同じ。全部その臨時ニュースに変わった。
 ふざけた、といったが、別にアナウンサーがニヤニヤ笑いながらくだけた口調でいったとかそういう意味じゃない。きちんとした番組だったが、その内容がふざけているとしか思えなかったのだ。
 地球の日本列島に向けて、巨大隕石が衝突(確定)という事態になり、臨時国会? だったかが召集されて、テレビではその国会中継も生放送で流れた。
 けど、議事堂はがらんがらん。
 申しわけ程度に、まるで逃げ遅れた人々みたいに不安そうな顔をした議員たちが数名座っているだけ。
 CGだと騒ぎだすネットの住人どももいたが、もっと深刻なのはそんなマイノリティーのネット掲示板への書き込みではなく、大衆の行動だった。彼らは、この事態を知るとすぐさま旅行代理店、スーパーマーケット、コンビニなどに駆けこんだ。ようは日本脱出と食料調達のため。
 事態が極めて深刻だというのは、日本以外の世界中の国々でも、似たような放送が流れたことからも充分伝わってきた。アマチュア天文学者たちもこの事実を知っていたらしい。箝口令というのか? そういうのが敷かれていて、しゃべれなかったらしかった。
 およそ二年前には〝打つ手なし〟とわかっていたという。たぶん、隕石が地球をキャッチャーミットに見立てて剛速球となって飛んでくることは、もっと以前にわかっていたことだろう。

   *

 それからの半月間。おれがどうしたかというと、なにもしなかった。
 食料の買い占めにも走らなかったし、航空機の予約もしなかったし、最愛の恋人(そんなものいない)とベッドで愛を確かめあったりもしなかったし、喧嘩別れした親友(そんなやつもいない)と和解しようとしたりもしなかった。
 嘆いたり、喚いたり、八つ当たりしたり、商店を襲ったりとかもしなかった(嘆かわしいことに、この手の事件は多発した。最初こそ大きな事件――たとえば暴徒と化した民衆同士がぶつかって数十人の死傷者が出た――とかだと、カメラマンなどが駆けつけてきたものだが、いまではその程度では誰も駆けつけてきたりはしない)。
 あと余談だが、食料は手に入ったり入らなかったりする。おれはビデオ屋の店員だが、この地球滅亡のカウントダウン三十一日間が始まってからも、先月組まれたシフト表どおりに出勤している。店のガラスが割られたり、ケースを破壊して商品が盗まれたりするようになったが、普通に仕事している。いつもどおり無気力に。
 うまくいえないけど、日本人の大多数は、〝日本は跡形もなく消滅します〟と聞いて逃げるのを諦めた。日本が直撃だとして――日本の裏側はブラジルだったっけ? そんなことも調べないほど、おれもどうでもいいと思っている――他国に逃げてどうするんだ、と大勢の日本人は思ったようだ。もうすでに隕石のキャッチャーミットと化す日本から離れた国々には、旅行者とも難民ともつかない人々が世界中から集まっているそうだ。ひどいことになっているという。そんなところに多くの日本人は行きたくないと思い、だったら残りの人生を謳歌しようと考えたらしい。日頃の鬱憤を晴らすかのように。
 まあそんなこんなで、おれは圧倒的に品数の少なくなったスーパーやコンビニでその日の分だけの食料を買い、飯を食い、バイトに行き、再放送・再々放送・再々々放送の報道番組などを観たりしていた。
 ここはわりと平穏だった。
 その理由のひとつは、おれの住む築うん十年のボロアパートが、さっきいったエアポケット(道はあるのに事故のせいで車では侵入できなくなった空白地帯)にあったことも影響しているだろう。ここまでやってくる暴漢はまずいない。
 もうひとつの理由は、誰かを襲いたいと思うなら、人の多そうなところに行く必要があるということ。ついでにいえば、暴漢や暴徒だらけになっても、〝ひとりは嫌〟と考える人が大勢いるようだった。殺され、殴られ、犯され、そんなふうに扱われると予想しても。

 そんなエアポケットの二車線の交差点。ただし車は一台も通らないし、おそらくもうこの車道が使われることは二度とないだろうという静かな交差点で、おれはひとりの幼女に出会った。
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