居酒屋にて
世界に平穏が訪れて数年経ったある日。木ノ葉の里で慰労会が行われることになった。
会の発起人はシカマルだった。ふだんは自宅でゆっくりと時間をかけて少々の酒を楽しむシカマルだったが、想像以上の多忙ゆえ、パーッと飲んで、ギャハハと笑って、蓄積しかかっている鬱憤やらストレスやらを晴らしたかったのだ。
しかし、一番初めに声がけした相手が悪かった。ナルトである。
交友関係の広いナルトは、見境なしに参加者を募った。結果、会当日には大人数が集まり、当初予定していたこぢんまりした店から二階建ての居酒屋に店替えしなければならなかった。
「シカマル!聞いてくれってばよー」
「あ? なんだ?」
「チョウジったら、俺らのテーブルに食いモン回してくんねーんだ」
「……おいチョウジ、チョウジ、チョウジ!みんなにもちっとは分けてやれよったく」
溜息を吐き出した隣では、アスマが「相変わらずだな」と煙をくゆらせている。
「あれ、アスマ、紅先生は?」
「あとであんこと来るみたいだ」
シカマルはうれしい。こうしてアスマと酒を飲める日が来たことに。
ずっと憧れていた大人の男が、今、肩の温度を感じられるほど近い。
アルコールとは別の成分で、シカマルの顔は紅潮していた。
「アスマ、あの」
アスマがシカマルに視線を流した瞬間、二階へとつながる階段から誰か落ちてきた。
「ちょっと大丈夫?」
「リーさん!ケガは!?」
酒癖の悪いリーに、サクラとテンテンが気を配っていたが「水と間違えてひと口だけ飲んじゃったんだってー」と、いのがあきれ返っている。
「サクラさんは僕が守ります!ガイ先生!」
「……そういやガイ先生は? ネジもいない」
テンテンが店内を見回すと、広い一階フロアの一角だけ、異様なオーラが漂っていることに気付いた。
「さ、サクラちゃあああん」
「どうしたのナルト?」
「あいつ、うるせーんだ」
「あいつ?」
ナルトが指さした方角では「踊れ、もっと踊れないのか!」とマダラが興奮している。その目前で、ネジが八卦掌回天をやっている。
「マダラのやつ、誰が呼んだんだよ!」
「オレだ」
「……サ、サスケェ」
里から離れているサスケを、ナルトが今日のために必死の思いで連れ帰った。
「お、お前、遅れてくるって」
「さっきからここにいた、そんなことにも気づかないのかウスラトンカチが早くそこの醤油取れ」
相変わらずの亭主関白っぷりに、サクラたちは色めきだち、ナルトは下腹を熱くした。
「おお皆の衆!待たせたな!」
「ちーっとばかり遅れてしまったのぉ」
「自来也!お前がくだらん本など立ち読みしているからだ!」
「綱よ、そう怒るでない、男子たるもの、健全を保つためには……」
「おじい様まで!」
店内に怒声の如く会話が響き渡る。
「柱間!」
愛する友の登場に興奮度マックスのマダラが破顔し、勢いよく椅子から立ち上がるが「ナルト久しいのぉ!」「エロ仙人!」などと師弟愛が繰り広げられたため、届かなかった。
「ハハハ!これぞ青春だ!なあカカシぃ!」
「あ!カカシ先生!遅いってばよ!」
「すまない、いろいろ立て込んでてね」
現火影とそのライバルである英雄たちの登場に、場が一層盛り上がる。ガイはさっそくリーの介抱を、カカシはオビトの隣に着席した。
各々が好きずきに杯を重ねるなか、カブトがマイクを手に、くどい口上を述べたあと、歌い始めた。
♪さがしものは、なんですか~♪
「カブト、わたしも歌うわ」
大蛇丸までマイクを握り、周囲が凍り付いたところに「遅くなってすみません」と声をそろえてヤマトとイルカがやってきた。
「イルカ先生ぇぇヤマト隊長ぉぉ待ってたってばよぉぉ」
ふたりの到着を感知していたナルトがふたりの間めがけて抱きついた。見事な瞬身の術だった。
「おいナルトとっとと離れてそこのソース取れ」
サスケはイライラしていた。
「うっせサスケ!」
「おいおい」
「まあまあ」
ヤマトとイルカが同じトーンで止めに入った。店内にはイタチの十八番『兄弟船』が鳴り響いていた。
「いい声だなあ」
「まったくです」
ヤマトとイルカがうんうんうなずいていると、ナルトがふたりの腕をとった。
「イルカ先生、隊長こっちこっち!」
ナルトがはしゃぐ。その姿は子どものままだった。ふたりが導かれたのは意外な席だった。
「あんたがナルトの……」
「あ、はい、初めまして、オビトさんのお話はナルトから……」
「僕もカカシ先輩から聞いてます」
「ま、挨拶もそこそこに、飲みましょうよ、ナルト、グラスちょうだい」
宴もたけなわ。誰がどこにいるのかがあやふやになり、あっちこっちから奇声が聞こえはじめた頃、ナルトが先輩たちのエサになっていた。
「ナルト、お前はそういう年頃なんだから、ちゃんとしなきゃだめだぞ」
「なんだよイルカ先生」
「まったくもう。きみはイルカ先生の話がわからないのかい?」
「だーかーらー!なんの話だってばよ!」
「……はあ……」
「どうしたのオビト」
「オレも早くリンと結ばれたい」
うっとりしたオビトを横目に、返す言葉を探していたカカシだったが、思わぬ助け舟が入った。
《……カカシ……》
「……!? その声は、九尾」
《お前に話がある、こっちに座れ》
ニヤニヤするナルトをイルカが不思議そうに眺めた。しかし「イルカ先生見てみてー」とすっかり酔っぱらったヤマトが自家製の一生升を見せつけてきたのでそちらに気をうつしたのだった。
《カカシ、よく聞け》
「……」
カカシが九尾に話しかけられたのは初めてではなかったが、改まった様子に身を固くした。
《イルカだ》
「……ん?」
《ナルトの中からお前を見てきたからわかる。だがお前はわかっていない。お前にはな、イルカの力が必要だ》
「なぜ、オレに?」
《あとは自分で考えろ》
「きゅっ、」
「カカシ先生、こっからは俺が話す」
九尾がナルトと入れ替わった。カカシは困惑したままだった。
「くらまの奴、イルカ先生に謝ったんだ」
「……え?」
「先生の父ちゃん母ちゃんのこと、悪かったって」
「……ああ、たしかご両親が」
「うん。そん時、俺ってば、イルカ先生の返しを聞いて大泣きしちまった」
「……なんて?」
「オレを……ナルトを守ってくれて、みんなを守ってくれてありがとうって」
「……」
ナルトはうっすら涙を浮かべた。
「そっからかな、何かにつけて『イルカイルカ』ってうっせーんだよ、くらまの奴ってば」
「……そうか」
「くらまだけじゃない。ビーのおっちゃんもはっつぁんも、イルカ先生が大好きみたいなんだ、あとヤマト隊長も」
「……え?」
またしてもマダラが「踊れ踊れ」と叫んだ。うちは伝統の神楽を舞い始めたサスケにナルトは意識を飛ばしてしまって、大切なはずの会話は終わってしまった。
マダラの音頭でオビトやイタチも「そいやそいや」と舞っている。その様子を見るともなしに、カカシは考え込んだ。
(……やっぱりオレはあの人が気になっているんだろうか)
「飲んでますかせんぱーい」
絡んできたヤマトにカカシはすごんだ。それはヤマトが知る限り、もっとも強烈な殺気だった。
「んじゃみんなーめんどくせーけど、そろそろお開きっつーことで」
シカマルの声に、参加者がへべれけになりぞろぞろと移動し始めた。
「イルカ、先生」
「なんです? 六代目」
「いやいや、これまで通りに呼んでくださいよ」
「なら、カカシさん」
イルカの笑顔がいつも以上にまぶしい。
カカシは己の心臓の高鳴りを自覚した。
「あの……」
「はい?」
「こ、このあと、よろしければ」
♪イルカはいるかー♪
「ビーさん!」
♪おまえ素敵、俺やる気ー イエー♪
「ライバルは多ければ多いほど燃えるってものだ。なあ、オビトよ」
「はあ? 何言ってんだよバカカシ」
親友の余りの言いようにカカシはうなだれた。
カカシはまだ知る由もなかった。もちろんイルカも。彼ら二人がこれから突き進むのは、かつて経験したことのないほど険しく、そして大変いやらしい道になるのであった。
会の発起人はシカマルだった。ふだんは自宅でゆっくりと時間をかけて少々の酒を楽しむシカマルだったが、想像以上の多忙ゆえ、パーッと飲んで、ギャハハと笑って、蓄積しかかっている鬱憤やらストレスやらを晴らしたかったのだ。
しかし、一番初めに声がけした相手が悪かった。ナルトである。
交友関係の広いナルトは、見境なしに参加者を募った。結果、会当日には大人数が集まり、当初予定していたこぢんまりした店から二階建ての居酒屋に店替えしなければならなかった。
「シカマル!聞いてくれってばよー」
「あ? なんだ?」
「チョウジったら、俺らのテーブルに食いモン回してくんねーんだ」
「……おいチョウジ、チョウジ、チョウジ!みんなにもちっとは分けてやれよったく」
溜息を吐き出した隣では、アスマが「相変わらずだな」と煙をくゆらせている。
「あれ、アスマ、紅先生は?」
「あとであんこと来るみたいだ」
シカマルはうれしい。こうしてアスマと酒を飲める日が来たことに。
ずっと憧れていた大人の男が、今、肩の温度を感じられるほど近い。
アルコールとは別の成分で、シカマルの顔は紅潮していた。
「アスマ、あの」
アスマがシカマルに視線を流した瞬間、二階へとつながる階段から誰か落ちてきた。
「ちょっと大丈夫?」
「リーさん!ケガは!?」
酒癖の悪いリーに、サクラとテンテンが気を配っていたが「水と間違えてひと口だけ飲んじゃったんだってー」と、いのがあきれ返っている。
「サクラさんは僕が守ります!ガイ先生!」
「……そういやガイ先生は? ネジもいない」
テンテンが店内を見回すと、広い一階フロアの一角だけ、異様なオーラが漂っていることに気付いた。
「さ、サクラちゃあああん」
「どうしたのナルト?」
「あいつ、うるせーんだ」
「あいつ?」
ナルトが指さした方角では「踊れ、もっと踊れないのか!」とマダラが興奮している。その目前で、ネジが八卦掌回天をやっている。
「マダラのやつ、誰が呼んだんだよ!」
「オレだ」
「……サ、サスケェ」
里から離れているサスケを、ナルトが今日のために必死の思いで連れ帰った。
「お、お前、遅れてくるって」
「さっきからここにいた、そんなことにも気づかないのかウスラトンカチが早くそこの醤油取れ」
相変わらずの亭主関白っぷりに、サクラたちは色めきだち、ナルトは下腹を熱くした。
「おお皆の衆!待たせたな!」
「ちーっとばかり遅れてしまったのぉ」
「自来也!お前がくだらん本など立ち読みしているからだ!」
「綱よ、そう怒るでない、男子たるもの、健全を保つためには……」
「おじい様まで!」
店内に怒声の如く会話が響き渡る。
「柱間!」
愛する友の登場に興奮度マックスのマダラが破顔し、勢いよく椅子から立ち上がるが「ナルト久しいのぉ!」「エロ仙人!」などと師弟愛が繰り広げられたため、届かなかった。
「ハハハ!これぞ青春だ!なあカカシぃ!」
「あ!カカシ先生!遅いってばよ!」
「すまない、いろいろ立て込んでてね」
現火影とそのライバルである英雄たちの登場に、場が一層盛り上がる。ガイはさっそくリーの介抱を、カカシはオビトの隣に着席した。
各々が好きずきに杯を重ねるなか、カブトがマイクを手に、くどい口上を述べたあと、歌い始めた。
♪さがしものは、なんですか~♪
「カブト、わたしも歌うわ」
大蛇丸までマイクを握り、周囲が凍り付いたところに「遅くなってすみません」と声をそろえてヤマトとイルカがやってきた。
「イルカ先生ぇぇヤマト隊長ぉぉ待ってたってばよぉぉ」
ふたりの到着を感知していたナルトがふたりの間めがけて抱きついた。見事な瞬身の術だった。
「おいナルトとっとと離れてそこのソース取れ」
サスケはイライラしていた。
「うっせサスケ!」
「おいおい」
「まあまあ」
ヤマトとイルカが同じトーンで止めに入った。店内にはイタチの十八番『兄弟船』が鳴り響いていた。
「いい声だなあ」
「まったくです」
ヤマトとイルカがうんうんうなずいていると、ナルトがふたりの腕をとった。
「イルカ先生、隊長こっちこっち!」
ナルトがはしゃぐ。その姿は子どものままだった。ふたりが導かれたのは意外な席だった。
「あんたがナルトの……」
「あ、はい、初めまして、オビトさんのお話はナルトから……」
「僕もカカシ先輩から聞いてます」
「ま、挨拶もそこそこに、飲みましょうよ、ナルト、グラスちょうだい」
宴もたけなわ。誰がどこにいるのかがあやふやになり、あっちこっちから奇声が聞こえはじめた頃、ナルトが先輩たちのエサになっていた。
「ナルト、お前はそういう年頃なんだから、ちゃんとしなきゃだめだぞ」
「なんだよイルカ先生」
「まったくもう。きみはイルカ先生の話がわからないのかい?」
「だーかーらー!なんの話だってばよ!」
「……はあ……」
「どうしたのオビト」
「オレも早くリンと結ばれたい」
うっとりしたオビトを横目に、返す言葉を探していたカカシだったが、思わぬ助け舟が入った。
《……カカシ……》
「……!? その声は、九尾」
《お前に話がある、こっちに座れ》
ニヤニヤするナルトをイルカが不思議そうに眺めた。しかし「イルカ先生見てみてー」とすっかり酔っぱらったヤマトが自家製の一生升を見せつけてきたのでそちらに気をうつしたのだった。
《カカシ、よく聞け》
「……」
カカシが九尾に話しかけられたのは初めてではなかったが、改まった様子に身を固くした。
《イルカだ》
「……ん?」
《ナルトの中からお前を見てきたからわかる。だがお前はわかっていない。お前にはな、イルカの力が必要だ》
「なぜ、オレに?」
《あとは自分で考えろ》
「きゅっ、」
「カカシ先生、こっからは俺が話す」
九尾がナルトと入れ替わった。カカシは困惑したままだった。
「くらまの奴、イルカ先生に謝ったんだ」
「……え?」
「先生の父ちゃん母ちゃんのこと、悪かったって」
「……ああ、たしかご両親が」
「うん。そん時、俺ってば、イルカ先生の返しを聞いて大泣きしちまった」
「……なんて?」
「オレを……ナルトを守ってくれて、みんなを守ってくれてありがとうって」
「……」
ナルトはうっすら涙を浮かべた。
「そっからかな、何かにつけて『イルカイルカ』ってうっせーんだよ、くらまの奴ってば」
「……そうか」
「くらまだけじゃない。ビーのおっちゃんもはっつぁんも、イルカ先生が大好きみたいなんだ、あとヤマト隊長も」
「……え?」
またしてもマダラが「踊れ踊れ」と叫んだ。うちは伝統の神楽を舞い始めたサスケにナルトは意識を飛ばしてしまって、大切なはずの会話は終わってしまった。
マダラの音頭でオビトやイタチも「そいやそいや」と舞っている。その様子を見るともなしに、カカシは考え込んだ。
(……やっぱりオレはあの人が気になっているんだろうか)
「飲んでますかせんぱーい」
絡んできたヤマトにカカシはすごんだ。それはヤマトが知る限り、もっとも強烈な殺気だった。
「んじゃみんなーめんどくせーけど、そろそろお開きっつーことで」
シカマルの声に、参加者がへべれけになりぞろぞろと移動し始めた。
「イルカ、先生」
「なんです? 六代目」
「いやいや、これまで通りに呼んでくださいよ」
「なら、カカシさん」
イルカの笑顔がいつも以上にまぶしい。
カカシは己の心臓の高鳴りを自覚した。
「あの……」
「はい?」
「こ、このあと、よろしければ」
♪イルカはいるかー♪
「ビーさん!」
♪おまえ素敵、俺やる気ー イエー♪
「ライバルは多ければ多いほど燃えるってものだ。なあ、オビトよ」
「はあ? 何言ってんだよバカカシ」
親友の余りの言いようにカカシはうなだれた。
カカシはまだ知る由もなかった。もちろんイルカも。彼ら二人がこれから突き進むのは、かつて経験したことのないほど険しく、そして大変いやらしい道になるのであった。
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