祭り 4話
喉を目掛けて放たれた弾を、土方は刀を薙ぐように払う。弾は真っ二つになり、こてんと真選組隊士達の足元に転がった。
その達人技には思わず感服する。仁は目を細めて微笑みながら、素直に手を叩いた。
「お見事」
コルク弾とは言え、命を奪われるのではないかと思ってしまうほどの殺気を含んだ攻撃を回避した土方は、肩で大きく上下に揺らし俯いていた。薙いだ腕を横に向けたまま動かない。しかし、この男から放たれる凶暴な殺気が鬼を怒らせてしまったのだと分からせる。ぞくり、と悪寒がするほどに。
この狭い屋台の中、これ以上の大立ち回りは危険だ。遠くの高杉が見つかってしまうかもしれない。陣営が乱れている隙に、土方が斬りかかる前に、と仁は走り出した。
後ろから土方が待てと叫ぶ声がする。直ぐに聞こえてきたのは、数人が追ってくる足音だった。人の群れを縫うように進みながら、何とか振り返ってみると、先ほどの屋台に高杉の姿はなかった。どうやらどこかに身を潜めたらしい。その場にいないなら、安心だ。
仁は真選組が追って来られるスピードを維持しつつ、高杉の囮となるべく走り続けた。
「ちっ、あのクソ女」
沖田総悟は、暗い空に浮かぶ鳥居を見上げてぼやく。祭りの喧騒から逃れるようにこの神社へ足を運び、数分前から参道の階段に腰掛け油を売っている。
事あるごとに、張り合ってくる神楽と射的、金魚すくい、輪投げを経てそれでも白黒つかなかった事に沖田は腹を立てていた。
そろそろ真選組の陣営に戻らなければならないが、先ほどから足が向かない。何も起こらないはずの将軍の護衛など祭りのゲームよりもつまらない。沖田は深いため息を吐いた。
その時。
——キィイン・・・
高い金属の音が沖田の耳に届いた。それと共に叫ぶ人の声も。この鳥居の先からだ。
沖田はゆっくり立ち上がった。足音を忍ばせ、階段を上っていく。
あの高い音には覚えがある。刀同士をぶつけた音だ。廃刀令のご時世、刀を抜いて戦う必要がどこにある?答えは簡単だ。この先に、不逞の輩がいる。
階段を上るごとに大きくなる男達の叫び声は、聞き慣れた真選組隊士のものだった。一切相手の声が聞こえてこない事が相当の手練れだと予感させる。沖田は刀に手をかけ、走り出した。
一気に階段を上り切り、本堂の前に躍り出た沖田の目に飛び込んできたのは、月明かりを弾き、まさに紫電一閃の一振りを放った男の姿だった。
本堂の前に転がっている数名の隊士の中、最後の一人と思わしきその隊士は、一太刀を腹に受け、男の足元に崩れ落ちる。その体から血が噴き出る事はなかった。
男は月明かりに刀を照らしながら、刀身を確認する素振りを見せた。どうやら沖田の登場に気付いていないらしい。
「沖田隊長・・・」
傍らで腹を抱えて蹲っている隊士が沖田を見上げて呻く。この隊士からも血の匂いがしない。奇妙だと沖田は思う。
隊士が沖田を呼ぶ声に気付いたのか、男が此方を向いた。
「何があったんでぃ」
男はすぐに斬りかかってこない。そいつから目を離さないまま尋ねた。
「奴です・・・“韋駄天の岩倉”ですよ!」
思わずへぇと声を漏らした。その異名には聞き覚えがある。近藤や土方が何度も口にしていた。「お前と同い年くらいの浪士だ」と。
「こんなところでお目にかかれるとは」
いつかやりあってみたいと思っていた男が目の前にいる。沖田の気分は一気に高揚する。岩倉の姿は影って見えない。だが、刀を抜いたままという事から少なからず沖田を警戒しているのだと分かる。
沖田は刀を抜き、構えた。岩倉もそれに倣い、刀を構える。なぜか岩倉は笑っているような気がした。
月光に照らされた沖田が、あまりに無邪気な顔で笑うものだから、射的で遊んでいた彼を思い出し、仁は笑ってしまった。刀を抜いて対峙しているというのに。
近藤や土方とは何度か刀を交わした事があったのだが、沖田とは今初めて相対する。自分と年の近い剣士をあまり見てこなかった仁にとって、この出会いは嬉しい事だった。
「——っ、おっと」
沖田が前触れもなく、間合いを詰めた。振り被った剣が月の光を弾くのが見える。仁はその一刀を避け、背後をとる。だが取ったと思った矢先、身を翻した沖田の横の一閃が喉元に放たれた。沖田の背に斬りかかろうと構えていた剣で、その一太刀を受ける。受けたと同時に沖田の足を払うつもりだったのだが、その太刀があまりに重く、仁は少し呻いた。押された体を支える両の足が参道を削って、ざりっと音を立てた。
横目でこちらを見る沖田は嬉々としていて、まだ無邪気な子どもの目だ。だが、赤い瞳はどこか相手を怯えさせる力を持っているかのよう。仁は唾を呑んだ。
「思ったより遅いな。韋駄天の名が泣くぜィ」
「うぅん・・・それを言われると耳が痛いな」
間近に迫る沖田の瞳を正面から受け、仁は笑って見せた。
だが、ここまで動きを見切られるとは思わなかった。並みの剣士なら、背に一太刀を受けて倒れているところだ。真選組随一と言われる剣豪は伊達じゃない。
その時、二人の頭上で花火が上がる。
大きな太鼓のような音を轟かせながら、仁の視界を色とりどりに光らせる。
——あかん。
仁の胸の内に焦りが込み上げる。高杉の話では、花火を合図に将軍の首をとるという算段だった筈だ。とくに何かをする必要はないと言われたが、それでも体を空けておくに越した事はない。
さて、目の前の剣豪を相手にどうズラかればいい?
その達人技には思わず感服する。仁は目を細めて微笑みながら、素直に手を叩いた。
「お見事」
コルク弾とは言え、命を奪われるのではないかと思ってしまうほどの殺気を含んだ攻撃を回避した土方は、肩で大きく上下に揺らし俯いていた。薙いだ腕を横に向けたまま動かない。しかし、この男から放たれる凶暴な殺気が鬼を怒らせてしまったのだと分からせる。ぞくり、と悪寒がするほどに。
この狭い屋台の中、これ以上の大立ち回りは危険だ。遠くの高杉が見つかってしまうかもしれない。陣営が乱れている隙に、土方が斬りかかる前に、と仁は走り出した。
後ろから土方が待てと叫ぶ声がする。直ぐに聞こえてきたのは、数人が追ってくる足音だった。人の群れを縫うように進みながら、何とか振り返ってみると、先ほどの屋台に高杉の姿はなかった。どうやらどこかに身を潜めたらしい。その場にいないなら、安心だ。
仁は真選組が追って来られるスピードを維持しつつ、高杉の囮となるべく走り続けた。
「ちっ、あのクソ女」
沖田総悟は、暗い空に浮かぶ鳥居を見上げてぼやく。祭りの喧騒から逃れるようにこの神社へ足を運び、数分前から参道の階段に腰掛け油を売っている。
事あるごとに、張り合ってくる神楽と射的、金魚すくい、輪投げを経てそれでも白黒つかなかった事に沖田は腹を立てていた。
そろそろ真選組の陣営に戻らなければならないが、先ほどから足が向かない。何も起こらないはずの将軍の護衛など祭りのゲームよりもつまらない。沖田は深いため息を吐いた。
その時。
——キィイン・・・
高い金属の音が沖田の耳に届いた。それと共に叫ぶ人の声も。この鳥居の先からだ。
沖田はゆっくり立ち上がった。足音を忍ばせ、階段を上っていく。
あの高い音には覚えがある。刀同士をぶつけた音だ。廃刀令のご時世、刀を抜いて戦う必要がどこにある?答えは簡単だ。この先に、不逞の輩がいる。
階段を上るごとに大きくなる男達の叫び声は、聞き慣れた真選組隊士のものだった。一切相手の声が聞こえてこない事が相当の手練れだと予感させる。沖田は刀に手をかけ、走り出した。
一気に階段を上り切り、本堂の前に躍り出た沖田の目に飛び込んできたのは、月明かりを弾き、まさに紫電一閃の一振りを放った男の姿だった。
本堂の前に転がっている数名の隊士の中、最後の一人と思わしきその隊士は、一太刀を腹に受け、男の足元に崩れ落ちる。その体から血が噴き出る事はなかった。
男は月明かりに刀を照らしながら、刀身を確認する素振りを見せた。どうやら沖田の登場に気付いていないらしい。
「沖田隊長・・・」
傍らで腹を抱えて蹲っている隊士が沖田を見上げて呻く。この隊士からも血の匂いがしない。奇妙だと沖田は思う。
隊士が沖田を呼ぶ声に気付いたのか、男が此方を向いた。
「何があったんでぃ」
男はすぐに斬りかかってこない。そいつから目を離さないまま尋ねた。
「奴です・・・“韋駄天の岩倉”ですよ!」
思わずへぇと声を漏らした。その異名には聞き覚えがある。近藤や土方が何度も口にしていた。「お前と同い年くらいの浪士だ」と。
「こんなところでお目にかかれるとは」
いつかやりあってみたいと思っていた男が目の前にいる。沖田の気分は一気に高揚する。岩倉の姿は影って見えない。だが、刀を抜いたままという事から少なからず沖田を警戒しているのだと分かる。
沖田は刀を抜き、構えた。岩倉もそれに倣い、刀を構える。なぜか岩倉は笑っているような気がした。
月光に照らされた沖田が、あまりに無邪気な顔で笑うものだから、射的で遊んでいた彼を思い出し、仁は笑ってしまった。刀を抜いて対峙しているというのに。
近藤や土方とは何度か刀を交わした事があったのだが、沖田とは今初めて相対する。自分と年の近い剣士をあまり見てこなかった仁にとって、この出会いは嬉しい事だった。
「——っ、おっと」
沖田が前触れもなく、間合いを詰めた。振り被った剣が月の光を弾くのが見える。仁はその一刀を避け、背後をとる。だが取ったと思った矢先、身を翻した沖田の横の一閃が喉元に放たれた。沖田の背に斬りかかろうと構えていた剣で、その一太刀を受ける。受けたと同時に沖田の足を払うつもりだったのだが、その太刀があまりに重く、仁は少し呻いた。押された体を支える両の足が参道を削って、ざりっと音を立てた。
横目でこちらを見る沖田は嬉々としていて、まだ無邪気な子どもの目だ。だが、赤い瞳はどこか相手を怯えさせる力を持っているかのよう。仁は唾を呑んだ。
「思ったより遅いな。韋駄天の名が泣くぜィ」
「うぅん・・・それを言われると耳が痛いな」
間近に迫る沖田の瞳を正面から受け、仁は笑って見せた。
だが、ここまで動きを見切られるとは思わなかった。並みの剣士なら、背に一太刀を受けて倒れているところだ。真選組随一と言われる剣豪は伊達じゃない。
その時、二人の頭上で花火が上がる。
大きな太鼓のような音を轟かせながら、仁の視界を色とりどりに光らせる。
——あかん。
仁の胸の内に焦りが込み上げる。高杉の話では、花火を合図に将軍の首をとるという算段だった筈だ。とくに何かをする必要はないと言われたが、それでも体を空けておくに越した事はない。
さて、目の前の剣豪を相手にどうズラかればいい?
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