第12話
「紅茶、お召し上がりになりますか?」
「もちろん。なにせ聖王国フィラーンの誇る聖王騎士団二番隊隊長の淹れてくれるお茶だものね」
「アスラム様、あまり人をからかうものではありませんわ」
「くく……」とアスラム王子はおかしそうに笑った。
エスカリテの小言が楽しくて仕方ないのだ。王子に忠言する人間など宰相モームを含めてもほんの数人しかいない。
「なんだか、エスカリテは婆やみたいだ」
うら若き乙女であるエスカリテは、さすがに老婆扱いされていい顔をしなかったが、婆や呼ばわりされたこと自体については怒らなかった。
アスラム王子のさっき言った「婆や」とは、去年亡くなったアスラム王子の侍女頭のことだ。アスラム王子に忠言というか、小言を言う珍しい人物だった。アスラム王子はその人のことをとても重用していたし、その婆やが亡くなったとき泣きこそしなかったもののひどい落胆をしていた。その姿をつい昨日のことのようにエスカリテは思い出した。
アスラム王子は白い小さなテーブルについた。紅茶を淹れているエスカリテに笑いかける。
「少々お休みになられては、だってさ。彼に健康を気遣われるとはね。とっても長生きできそうだ」
「そうですね……」
無表情にエスカリテは紅茶を淹れている。
アスラム王子はおかしそうに話している。
「それに、今年は魔歴が終わったのと同じ一九二年だが、心配するなだってさ。彼が言うと信憑性があるねえ」
「さようで」
お茶の準備を整えたエスカリテはアスラム王子のそばに控えた。
アスラム王子はエスカリテが小言を言わないのをつまらなく思ったらしい。
二人とも王宮の水面下でよくない動きがあることを十二分に理解していた。
「どうせならせっかく聖歴一九二年なんだし、大きな……」
「アスラム王子!」
エスカリテはたしなめた。アスラム王子が聖王国フィラーンの平和を守る者としてあるまじきことを口にしそうになったからだ。無論、アスラム王子がそんな冗談を口にするそぶりを見せたのはわざとだ。エスカリテはアスラム王子に「王子」といちいち付けなくて良いと言われていたが、今でもとっさの時はアスラム王子と呼んでしまうことがある。
「冗談だよ、エスカリテ。ところでさ、僕直属の側近として働いてみない?」
「えっ?」
エスカリテの青い瞳が驚きにまん丸になった。そして次第に頬が紅潮した。エスカリテは自分のどきどきする胸を隠すように、手で胸をおさえた。
アスラム王子はたっぷり間を置いてから、
「うちの婆やとして」
と付け足した。
エスカリテはうつむいたまま動かなくなった。
何も言い返してこないので、アスラム王子がめずらしく不安そうな顔をしはじめたときだった。
「アスラム様!」
エスカリテが怒鳴った。王子に向かって。
その顔は真っ赤だったし、目の端にちょっと涙がにじんでいた。幸いというべきか不幸にもというべきか、アスラム王子はエスカリテの涙には気づかなかった。
「そ、そんな、真っ赤になって怒らなくても……」
アスラム王子は、まあまあ、とエスカリテをなだめた。何をそんなにムキになって怒っているのかわからない。というか、エスカリテがこれほどまで怒ることはそうそうないので、アスラム王子は慌てた。
「まあまあ、落ち着いてお茶でも飲んで」
アスラム王子はエスカリテに紅茶をソーサーごと差し出す。
大貴族の令嬢にして聖王騎士団隊長エスカリテ・S・フリードは、淑女にあるまじき一気飲みをした。ぐいっと飲んで、カップをソーサーに置こうとした。が、ソーサーに勢いよく置いたカップは滑って、ソーサーから落ちた。
あっ、という顔をしたアスラム王子の横で、稲妻の閃きのごとく素早く鞭が走った。
そして、ピシッ、という小気味よい音がした。
エスカリテが腰に巻いて携帯していた鞭を使って、カップを一瞬で掴んだのだ。
アスラム王子は笑って、パチパチと拍手する。
「よっ。さすが我が聖王騎士団隊長、すばやいねー」
「からかわないで下さい」
エスカリテはひゅんと鞭をふるって、カップを自分の手の中に落とした。
そのカップは手に取った瞬間ぱっかりと二つに割れた。さきほどピシッという音がしたときに割れたのだ。
「う」
エスカリテが頬を赤らめた。
アスラム王子は腹をかかえて笑い出した。
エスカリテが本気で怒り出したので、アスラム王子は執務室から逃げるように退室した。貴重な小言がいっぱい聞けたので十分満足だった。
いい一日になりそうだとアスラム王子は思った。ひさしぶりの休日だが、退屈しなくてすみそうな予感がする。
アスラム王子はひさしぶりに聖王騎士団の直轄地である「聖王の森」に行くことにした。
スイは聖王都まで歩いているときは眠そうだったのに、着いた途端に目をぱっちり開けた。
あれはあれは? これはこれは? なになになになに、と立て続けにスイに聞かれて、彼独自の紳士的な振る舞いをするナハトでさえもげっそりと言った。ナハトはもちろん人間の姿になっている。
「もちろん。なにせ聖王国フィラーンの誇る聖王騎士団二番隊隊長の淹れてくれるお茶だものね」
「アスラム様、あまり人をからかうものではありませんわ」
「くく……」とアスラム王子はおかしそうに笑った。
エスカリテの小言が楽しくて仕方ないのだ。王子に忠言する人間など宰相モームを含めてもほんの数人しかいない。
「なんだか、エスカリテは婆やみたいだ」
うら若き乙女であるエスカリテは、さすがに老婆扱いされていい顔をしなかったが、婆や呼ばわりされたこと自体については怒らなかった。
アスラム王子のさっき言った「婆や」とは、去年亡くなったアスラム王子の侍女頭のことだ。アスラム王子に忠言というか、小言を言う珍しい人物だった。アスラム王子はその人のことをとても重用していたし、その婆やが亡くなったとき泣きこそしなかったもののひどい落胆をしていた。その姿をつい昨日のことのようにエスカリテは思い出した。
アスラム王子は白い小さなテーブルについた。紅茶を淹れているエスカリテに笑いかける。
「少々お休みになられては、だってさ。彼に健康を気遣われるとはね。とっても長生きできそうだ」
「そうですね……」
無表情にエスカリテは紅茶を淹れている。
アスラム王子はおかしそうに話している。
「それに、今年は魔歴が終わったのと同じ一九二年だが、心配するなだってさ。彼が言うと信憑性があるねえ」
「さようで」
お茶の準備を整えたエスカリテはアスラム王子のそばに控えた。
アスラム王子はエスカリテが小言を言わないのをつまらなく思ったらしい。
二人とも王宮の水面下でよくない動きがあることを十二分に理解していた。
「どうせならせっかく聖歴一九二年なんだし、大きな……」
「アスラム王子!」
エスカリテはたしなめた。アスラム王子が聖王国フィラーンの平和を守る者としてあるまじきことを口にしそうになったからだ。無論、アスラム王子がそんな冗談を口にするそぶりを見せたのはわざとだ。エスカリテはアスラム王子に「王子」といちいち付けなくて良いと言われていたが、今でもとっさの時はアスラム王子と呼んでしまうことがある。
「冗談だよ、エスカリテ。ところでさ、僕直属の側近として働いてみない?」
「えっ?」
エスカリテの青い瞳が驚きにまん丸になった。そして次第に頬が紅潮した。エスカリテは自分のどきどきする胸を隠すように、手で胸をおさえた。
アスラム王子はたっぷり間を置いてから、
「うちの婆やとして」
と付け足した。
エスカリテはうつむいたまま動かなくなった。
何も言い返してこないので、アスラム王子がめずらしく不安そうな顔をしはじめたときだった。
「アスラム様!」
エスカリテが怒鳴った。王子に向かって。
その顔は真っ赤だったし、目の端にちょっと涙がにじんでいた。幸いというべきか不幸にもというべきか、アスラム王子はエスカリテの涙には気づかなかった。
「そ、そんな、真っ赤になって怒らなくても……」
アスラム王子は、まあまあ、とエスカリテをなだめた。何をそんなにムキになって怒っているのかわからない。というか、エスカリテがこれほどまで怒ることはそうそうないので、アスラム王子は慌てた。
「まあまあ、落ち着いてお茶でも飲んで」
アスラム王子はエスカリテに紅茶をソーサーごと差し出す。
大貴族の令嬢にして聖王騎士団隊長エスカリテ・S・フリードは、淑女にあるまじき一気飲みをした。ぐいっと飲んで、カップをソーサーに置こうとした。が、ソーサーに勢いよく置いたカップは滑って、ソーサーから落ちた。
あっ、という顔をしたアスラム王子の横で、稲妻の閃きのごとく素早く鞭が走った。
そして、ピシッ、という小気味よい音がした。
エスカリテが腰に巻いて携帯していた鞭を使って、カップを一瞬で掴んだのだ。
アスラム王子は笑って、パチパチと拍手する。
「よっ。さすが我が聖王騎士団隊長、すばやいねー」
「からかわないで下さい」
エスカリテはひゅんと鞭をふるって、カップを自分の手の中に落とした。
そのカップは手に取った瞬間ぱっかりと二つに割れた。さきほどピシッという音がしたときに割れたのだ。
「う」
エスカリテが頬を赤らめた。
アスラム王子は腹をかかえて笑い出した。
エスカリテが本気で怒り出したので、アスラム王子は執務室から逃げるように退室した。貴重な小言がいっぱい聞けたので十分満足だった。
いい一日になりそうだとアスラム王子は思った。ひさしぶりの休日だが、退屈しなくてすみそうな予感がする。
アスラム王子はひさしぶりに聖王騎士団の直轄地である「聖王の森」に行くことにした。
スイは聖王都まで歩いているときは眠そうだったのに、着いた途端に目をぱっちり開けた。
あれはあれは? これはこれは? なになになになに、と立て続けにスイに聞かれて、彼独自の紳士的な振る舞いをするナハトでさえもげっそりと言った。ナハトはもちろん人間の姿になっている。
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