第10話
ナハトはあきれ顔のまま言った。
「もっとよく考えろ。この方法がベストなのは俺様が保証してやるが、故郷を離れることになるんだぞ」
そこまで言って、ナハトはスイから聞いた話を思い出した。《ウィス》であるスイに対する村人たちの反応。そしてスイに両親も兄弟もいないこと。
スイは真剣な目をした。
「連れて行って。聖王都フィラーンへ。足手まといになるかもしれないし、お仕事の邪魔になるかもしれないけど。お願いします」
ナハトに頭をさげた。
ナハトはスイの頭をぽんぽんと二度ほど叩いた。顔を上げたスイの目を、紅玉の瞳でしっかりと見つめて頷く。男らしく簡潔に答えた。
「任せとけ」
聖王都フィラーンへの旅程はたった三日で終わった。どんな駿馬を使ったとしても、パルスから聖王都フィラーンまで最短で五日はかかる。その行程をスイとナハトのコンビはたった三日で走った。
スイとナハトは昼間寝て、夜になるのを待ち、夜の闇に紛れて、巨大な黒い狼になったナハトの背中にスイは乗って駆け抜けたのだ。スイはただ魔法で長くしたナハトの毛を自分の手や足に巻き付けるだけで、揺れもほとんどなく快適だった。
《毛が引っ張れるようで落ち着かない》
と終始不平をもらしていたナハトだったが、揺れを最小限に抑えるようにどんな荒れ地も林も滑るように走り抜けた。
また、スイはこの道中たびたびナハトの超便利な能力の数々を見て、驚いたり、うらやんだり、慌てたりした。
ナハトは狩りが得意で食事のたびにあっという間に野ウサギやキジを捕まえてスイを驚かせた。またナハトは食事をするときに人間形態になって食事してから、狼形態になると狼形態で食事するより食事の量が少なくてもお腹がふくれるらしかった。スイはそれを聞いてうらやんだ。ただし狼形態から人間形態になるときに全裸になるのだけはどうしようもないらしく、食事前にはたいてい一悶着あって、スイはあわてたり赤くなったりした。
そんなこんなで聖王都フィラーンが見えてきたのは旅を続けて三日目の明け方。
《どうする、スイ》
狼の姿のナハトはスイを背中に乗せて林の中を駆けながら聞いた。
林の中に朝の光が差し込みはじめていた。
ナハトはいつもどおり林で休んで夜を待つか、それとももうちょっとだけ飛ばして少し先にある林まで行き、人間の姿になって歩いて、あくまで今日中に聖王都フィラーンに着くことを目指すかどうか聞いたのだ。
スイの返事がないので、ナハトはもう一度聞いてみようとしたとき、スイの歓声が聞こえた。
《うわあ……!》
ナハトは前方の巨大な建造物を見た。
聖王都フィラーンの独特の宮殿のフォルムが朝日を照り返している。ナハトなどは饅頭に串をさしたような形の宮殿だと毒づいてみせたりするが、半分はやっかみだった。魔物たちには造れないような高度に芸術的な宮殿のフォルムに、ナハトは見惚れてしまった時にそうやって毒づいたりするのだ。人間から見たら永遠に近い命をもつ魔物さえいる魔物達の芸術よりも、短い命の人間達の芸術の方が圧倒的に水準が高かった。人が死んでも芸術は残る。永遠への憧れのためだろうか。
最高水準の芸術と建築によって造られた宮殿は、聖王都フィラーンの背後にあるフィラーン山脈の白い峰々によく映えた。聖王都フィラーンの城も城壁も白く、また背後には一年中雪を頂いている高峰が並んでいる。そのフィラーン山脈は遠くから見ると、さながら白い結晶をちりばめた王冠のように見えた。
人工の美と自然の美が調和する大都市、聖王都フィラーン。
スイは美しさに心奪われている。
ふたりの今日のプランは決まった。
ナハトとスイの二人が一路、聖王都フィラーンに向かっているのと同じ頃、聖王都フィラーン城の聖王騎士団団長の執務室でひとりの美青年がため息を吐いた。
白い燕尾服のような聖王騎士団の制服を着ている。背の裾は燕尾服よりもさらに長い。二つに割れていないため燕の尾には見えないが、何かの白い尾のようにも見える。胸には聖王騎士団の記章である白い竜を象った小さなレリーフがあった。
弱い朝日にさえも金剛石のような輝きを放つ金髪。深い色をした青い瞳は沈痛に沈んでいる。
「退屈だ……」
無論、早朝から仕事に励んでいるのだからそれなりに忙しい身ではある。
しかし、彼の仕事の量と重責を考えれば、それなりに忙しいどころか、そのプレッシャーに耐えかねて発狂してもおかしくないほどだった。そもそもこの青年が就いている地位はどちらも兼任できるようなものでは本来ない。しかし、この青年にとっては、それを両方ともこなすのは造作もないことだった。朝日をみつめながら「退屈だ……」などと漏らすほどに。
この美青年の名はアスラム・G・グリムナード。聖王の血を引く子孫であり、この聖王国フィラーンの第一王子である。そして聖王国フィラーンの切り札、聖王騎士団の団長でもあった。
「もっとよく考えろ。この方法がベストなのは俺様が保証してやるが、故郷を離れることになるんだぞ」
そこまで言って、ナハトはスイから聞いた話を思い出した。《ウィス》であるスイに対する村人たちの反応。そしてスイに両親も兄弟もいないこと。
スイは真剣な目をした。
「連れて行って。聖王都フィラーンへ。足手まといになるかもしれないし、お仕事の邪魔になるかもしれないけど。お願いします」
ナハトに頭をさげた。
ナハトはスイの頭をぽんぽんと二度ほど叩いた。顔を上げたスイの目を、紅玉の瞳でしっかりと見つめて頷く。男らしく簡潔に答えた。
「任せとけ」
聖王都フィラーンへの旅程はたった三日で終わった。どんな駿馬を使ったとしても、パルスから聖王都フィラーンまで最短で五日はかかる。その行程をスイとナハトのコンビはたった三日で走った。
スイとナハトは昼間寝て、夜になるのを待ち、夜の闇に紛れて、巨大な黒い狼になったナハトの背中にスイは乗って駆け抜けたのだ。スイはただ魔法で長くしたナハトの毛を自分の手や足に巻き付けるだけで、揺れもほとんどなく快適だった。
《毛が引っ張れるようで落ち着かない》
と終始不平をもらしていたナハトだったが、揺れを最小限に抑えるようにどんな荒れ地も林も滑るように走り抜けた。
また、スイはこの道中たびたびナハトの超便利な能力の数々を見て、驚いたり、うらやんだり、慌てたりした。
ナハトは狩りが得意で食事のたびにあっという間に野ウサギやキジを捕まえてスイを驚かせた。またナハトは食事をするときに人間形態になって食事してから、狼形態になると狼形態で食事するより食事の量が少なくてもお腹がふくれるらしかった。スイはそれを聞いてうらやんだ。ただし狼形態から人間形態になるときに全裸になるのだけはどうしようもないらしく、食事前にはたいてい一悶着あって、スイはあわてたり赤くなったりした。
そんなこんなで聖王都フィラーンが見えてきたのは旅を続けて三日目の明け方。
《どうする、スイ》
狼の姿のナハトはスイを背中に乗せて林の中を駆けながら聞いた。
林の中に朝の光が差し込みはじめていた。
ナハトはいつもどおり林で休んで夜を待つか、それとももうちょっとだけ飛ばして少し先にある林まで行き、人間の姿になって歩いて、あくまで今日中に聖王都フィラーンに着くことを目指すかどうか聞いたのだ。
スイの返事がないので、ナハトはもう一度聞いてみようとしたとき、スイの歓声が聞こえた。
《うわあ……!》
ナハトは前方の巨大な建造物を見た。
聖王都フィラーンの独特の宮殿のフォルムが朝日を照り返している。ナハトなどは饅頭に串をさしたような形の宮殿だと毒づいてみせたりするが、半分はやっかみだった。魔物たちには造れないような高度に芸術的な宮殿のフォルムに、ナハトは見惚れてしまった時にそうやって毒づいたりするのだ。人間から見たら永遠に近い命をもつ魔物さえいる魔物達の芸術よりも、短い命の人間達の芸術の方が圧倒的に水準が高かった。人が死んでも芸術は残る。永遠への憧れのためだろうか。
最高水準の芸術と建築によって造られた宮殿は、聖王都フィラーンの背後にあるフィラーン山脈の白い峰々によく映えた。聖王都フィラーンの城も城壁も白く、また背後には一年中雪を頂いている高峰が並んでいる。そのフィラーン山脈は遠くから見ると、さながら白い結晶をちりばめた王冠のように見えた。
人工の美と自然の美が調和する大都市、聖王都フィラーン。
スイは美しさに心奪われている。
ふたりの今日のプランは決まった。
ナハトとスイの二人が一路、聖王都フィラーンに向かっているのと同じ頃、聖王都フィラーン城の聖王騎士団団長の執務室でひとりの美青年がため息を吐いた。
白い燕尾服のような聖王騎士団の制服を着ている。背の裾は燕尾服よりもさらに長い。二つに割れていないため燕の尾には見えないが、何かの白い尾のようにも見える。胸には聖王騎士団の記章である白い竜を象った小さなレリーフがあった。
弱い朝日にさえも金剛石のような輝きを放つ金髪。深い色をした青い瞳は沈痛に沈んでいる。
「退屈だ……」
無論、早朝から仕事に励んでいるのだからそれなりに忙しい身ではある。
しかし、彼の仕事の量と重責を考えれば、それなりに忙しいどころか、そのプレッシャーに耐えかねて発狂してもおかしくないほどだった。そもそもこの青年が就いている地位はどちらも兼任できるようなものでは本来ない。しかし、この青年にとっては、それを両方ともこなすのは造作もないことだった。朝日をみつめながら「退屈だ……」などと漏らすほどに。
この美青年の名はアスラム・G・グリムナード。聖王の血を引く子孫であり、この聖王国フィラーンの第一王子である。そして聖王国フィラーンの切り札、聖王騎士団の団長でもあった。
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