三十四章 霊安室からの脱出
マリアンヌの蘇生が無事に終わり、霊安室からの脱出に舵を切った頃、クラウディアとダジュールはただひたすらまっすぐ、道なりに歩き進めていた。
前方に小さな光の点が視界に入ると、ふたりの足取りが自然と早くなる。
ひとりではないし、相手のことを信用していても、闇の中は恐怖と不安をかき立ててくれる。
その感覚が正しい判断を鈍らせそうで、さらに恐怖が増す。
早くこの闇から出たい、その気持ちの救いのようなものでもあった。
次第に光の点が大きくなると、足早から軽く走る感じになる。
「クラウディア、おまえ、走れるなら先に行け」
荷物を持っているダジュールは思いっきり走りたくても少しそれは厳しい。
「だったらその荷物、わたしも持つ」
「ば~か、いいんだよ。とにかく先に行け。で、そこで待て」
ダジュールは荷物を一旦下におろし、あいた手でクラウディアの背中を押した。
わずかな勢いであったが、クラウディアの足が数歩前に進む。
そうなるともう行くしかない。
「わかった。先に行くね。でもちゃんとすぐに来てよ?」
「当たり前だろう」
薄暗くて相手の表情はわからない。
ただ声色から察するに、やせ我慢ではなく本心からの言葉であるような気がした。
いや、そうであってほしいと思う。
クラウディアはダジュールの本心と信じ、小走りに光の点に向かって走る。
ダジュールは遠のいていく足音を聞き、ホッと胸をなで下ろした。
自分は男で、それなりの訓練は受けている。
剣術もそこらの兵士と比べたらけっこうイケる方だと自負しているが、思っていた以上に自分は非力であったことを痛感していた。
最低限の荷物、ふたり分。
庶民が持つような大きめのカバンふたつ分くらい持って移動できると手渡された時は思ったのだが、実際は違っていた。
両腕にかかる負荷は想像以上、もしここで追っ手に追いつかれたら……と思うと、そんなことは考えたくないと思ってしまう。
ふぅ~と軽く息を吐き、体の筋を伸ばすように背伸びをする。
次に「よしっ」と自分を奮い立たせるような勢いをつけ、再び荷物を持ち、クラウディアの後を追った。
ただし、徒歩で。
小走りに走る気力はもうなかった。
先を行くクラウディアはなかなか聞こえないダジュールの足音が気になり始めていく。
もしかしたらケガをしていたのだろうか。
無理をしてでも自分の荷物は持つべきだったのではないか。
戻ろうと思う反面、ダジュールを信じて前に進む方がいいのではという気持ちが交差する。
ここを抜け出て助けを求めるという手もある。
この先にタリアが用意してくれた仲間がいると信じる方が助かる率があがるのではないか。
次第にその考えが強くなると、止まりかけていた足が前へ前へと動いていた。
光が大きく感じるとその方向から潮の香りがしてくる。
外の風が海の香りを運んでいるのだろう。
この先は港であると確信してもいいと思った時だった。
「その足をそこで止めてこちらの質問に答えてくれ」
人の気配など一切感じなかった。
その声はどこから聞こえてくるのだろうか。
助かると思った気持ちが一気に消えていく。
クラウディアは今危機に面しているのだと悟った。
ところが、
「あ~いや、すまん。怖がらせるつもりはない。俺はここで、この道を通ってくるふたりを待っている。聞こえるのはひとり分の足音だけだ。うひとりはどうした? それとも、おまえは俺が待っているはずの人物ではないのか? だとしたら、おまえは誰だ?」
とクラウディアに問いかけてくる。
はじめは優しい声色だが、語尾はかなり威圧的にも感じる。
声の主の言っていることはクラウディアにも覚えがある。
ここを通って出口の先にある港にいくこと。
ここを通っているのは自分ともうひとり、ダジュールであること。
ふたりで通ってはいるが、自分だけ先行したこと。
さて、どこまで話して大丈夫だろうか。
そもそも、クラウディアは声を発していいのだろうか。
女とわかった時点で相手が豹変しないとも限らない。
停戦中とはいえ、カーラ帝国は敵国であることにはかわりはないのだから。
「あ~、まあそういう反応になるわな。よし、こうしよう。あと数分だけ待つ。その間にもうひとつの足音が聞こえなかったら、おまえはこちらの質問に答える。もし答えなければ、こちらからおまえに近づいて、こういうのは好きじゃないが拘束させてもらう。で、いいか? えっとな、いいなら、一回足をならせ。ダメっていうなら、二回ならす」
相手はクラウディアが警戒していることを察し、提案をもちかけてきた。
ダジュール自身に問題がなければそう時間もかからず追いつくはずである。
クラウディアはその提案に乗る意思を伝えるため、足を一回ならした。
「上等上等。じゃあもうしばらく待つとする。ちなみに、俺が合図を送らないかぎり、ここにいるのは俺だけってことになる。合図の方法はまだ教えられないが、まあ、信じてくれとしか言えね~な」
などと一方的に話す声、声の感じや口調から男であるのは確かだが、素性は察することができない。
若いかそうでないかと言われたら、正直、若くはない。
クラウディアよりかなり年上であると思われるが、養父と比べると少し若いかもしれない。
兵士にも感じない、というのも軍人であるなら軍人独特の威圧的な空気があるのだ。
また職人には職人の、王室なら王室、貴族なら貴族というように、置かれている立場などで纏っているオーラが違う。
怪盗をするようになると、次第にそういったものも見分けられるようになっていた。
前方に小さな光の点が視界に入ると、ふたりの足取りが自然と早くなる。
ひとりではないし、相手のことを信用していても、闇の中は恐怖と不安をかき立ててくれる。
その感覚が正しい判断を鈍らせそうで、さらに恐怖が増す。
早くこの闇から出たい、その気持ちの救いのようなものでもあった。
次第に光の点が大きくなると、足早から軽く走る感じになる。
「クラウディア、おまえ、走れるなら先に行け」
荷物を持っているダジュールは思いっきり走りたくても少しそれは厳しい。
「だったらその荷物、わたしも持つ」
「ば~か、いいんだよ。とにかく先に行け。で、そこで待て」
ダジュールは荷物を一旦下におろし、あいた手でクラウディアの背中を押した。
わずかな勢いであったが、クラウディアの足が数歩前に進む。
そうなるともう行くしかない。
「わかった。先に行くね。でもちゃんとすぐに来てよ?」
「当たり前だろう」
薄暗くて相手の表情はわからない。
ただ声色から察するに、やせ我慢ではなく本心からの言葉であるような気がした。
いや、そうであってほしいと思う。
クラウディアはダジュールの本心と信じ、小走りに光の点に向かって走る。
ダジュールは遠のいていく足音を聞き、ホッと胸をなで下ろした。
自分は男で、それなりの訓練は受けている。
剣術もそこらの兵士と比べたらけっこうイケる方だと自負しているが、思っていた以上に自分は非力であったことを痛感していた。
最低限の荷物、ふたり分。
庶民が持つような大きめのカバンふたつ分くらい持って移動できると手渡された時は思ったのだが、実際は違っていた。
両腕にかかる負荷は想像以上、もしここで追っ手に追いつかれたら……と思うと、そんなことは考えたくないと思ってしまう。
ふぅ~と軽く息を吐き、体の筋を伸ばすように背伸びをする。
次に「よしっ」と自分を奮い立たせるような勢いをつけ、再び荷物を持ち、クラウディアの後を追った。
ただし、徒歩で。
小走りに走る気力はもうなかった。
先を行くクラウディアはなかなか聞こえないダジュールの足音が気になり始めていく。
もしかしたらケガをしていたのだろうか。
無理をしてでも自分の荷物は持つべきだったのではないか。
戻ろうと思う反面、ダジュールを信じて前に進む方がいいのではという気持ちが交差する。
ここを抜け出て助けを求めるという手もある。
この先にタリアが用意してくれた仲間がいると信じる方が助かる率があがるのではないか。
次第にその考えが強くなると、止まりかけていた足が前へ前へと動いていた。
光が大きく感じるとその方向から潮の香りがしてくる。
外の風が海の香りを運んでいるのだろう。
この先は港であると確信してもいいと思った時だった。
「その足をそこで止めてこちらの質問に答えてくれ」
人の気配など一切感じなかった。
その声はどこから聞こえてくるのだろうか。
助かると思った気持ちが一気に消えていく。
クラウディアは今危機に面しているのだと悟った。
ところが、
「あ~いや、すまん。怖がらせるつもりはない。俺はここで、この道を通ってくるふたりを待っている。聞こえるのはひとり分の足音だけだ。うひとりはどうした? それとも、おまえは俺が待っているはずの人物ではないのか? だとしたら、おまえは誰だ?」
とクラウディアに問いかけてくる。
はじめは優しい声色だが、語尾はかなり威圧的にも感じる。
声の主の言っていることはクラウディアにも覚えがある。
ここを通って出口の先にある港にいくこと。
ここを通っているのは自分ともうひとり、ダジュールであること。
ふたりで通ってはいるが、自分だけ先行したこと。
さて、どこまで話して大丈夫だろうか。
そもそも、クラウディアは声を発していいのだろうか。
女とわかった時点で相手が豹変しないとも限らない。
停戦中とはいえ、カーラ帝国は敵国であることにはかわりはないのだから。
「あ~、まあそういう反応になるわな。よし、こうしよう。あと数分だけ待つ。その間にもうひとつの足音が聞こえなかったら、おまえはこちらの質問に答える。もし答えなければ、こちらからおまえに近づいて、こういうのは好きじゃないが拘束させてもらう。で、いいか? えっとな、いいなら、一回足をならせ。ダメっていうなら、二回ならす」
相手はクラウディアが警戒していることを察し、提案をもちかけてきた。
ダジュール自身に問題がなければそう時間もかからず追いつくはずである。
クラウディアはその提案に乗る意思を伝えるため、足を一回ならした。
「上等上等。じゃあもうしばらく待つとする。ちなみに、俺が合図を送らないかぎり、ここにいるのは俺だけってことになる。合図の方法はまだ教えられないが、まあ、信じてくれとしか言えね~な」
などと一方的に話す声、声の感じや口調から男であるのは確かだが、素性は察することができない。
若いかそうでないかと言われたら、正直、若くはない。
クラウディアよりかなり年上であると思われるが、養父と比べると少し若いかもしれない。
兵士にも感じない、というのも軍人であるなら軍人独特の威圧的な空気があるのだ。
また職人には職人の、王室なら王室、貴族なら貴族というように、置かれている立場などで纏っているオーラが違う。
怪盗をするようになると、次第にそういったものも見分けられるようになっていた。
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